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謎解きはシャワーのあとで

 次の日、夕方前に目が覚めた俺は昨日入り損ねたお風呂に入ることにした。

 吸血鬼になると必然的に夜型の生活になってしまう。

 これは体質上仕方のない事で、人間だった頃は早起きだった俺も現に日が沈んでからの起床となった。

 部屋に用意されていた来客用の着替えとタオルを手に持ち、俺は部屋の外へと出る。


 廊下に出ると濡れた髪をタオルで乾かしながら歩く銀髪の少女が目に入った。


「ニーナさん、おはようございます」

「あら? 坊やは早起きなのね」


 シースルーのワンピースを身にまとったニーナさんはにっこりとこちらに笑いかける。

 ローラの妹のはずなのに姉よりもかなり大人びて見える彼女は、俺の隣の部屋の住人だ。

 姉のローラには自然体で接することができるのに、目の前のこのセクシーな少女相手には不思議と敬語になってしまう。


「ニーナさんほど早起きじゃないっすよ。ニーナさんはいつもこの時間にお風呂に入るんですか?」

「そうよ、私は朝風呂派なの。といっても夕方なんだけどね」


 ニーナさんはそう言うと、ひらひらと手を振ってから自室へと戻っていった。

 彼女が通り過ぎた後はほんのりとシャンプーのいい香りが漂っていた。

 俺はそのシャンプーの香りを辿るようにして風呂へと向かう。

 

 風呂に着くと、昨日のローラような間違いを起こさないようにまず入り口の扉をノックして声をかけた。


「誰か入ってるかー?」


 ……待ってみたが返事はなかったので俺は脱衣所へと入った。

 町の公衆浴場なみの大きさの脱衣所で服を脱ぐと、それらを各個人別となっている洗濯機へと入れる。

 この館では食事と共同で使う場所の掃除以外の家事は各人がそれぞれ行うことになっているからだ。

 服を脱いだ俺は昨日入ることができなかった風呂の扉を開けた。


「やっぱりでかいな」


 ある程度予想はしていたが、思わず声に出てしまうほど風呂は広かった。

 洗い場から浴槽まですべて大理石でつくられており、壁にはなぜか滝もある。

 ちょっとしたプールほどのサイズをした巨大な浴槽を目の前にして、俺はある疑問が浮かんだ。

 

 吸血鬼ってシャワーとか大丈夫なのか?

 お話の通りだと吸血鬼は流水を渡れないはず。

 実際に渡ったらどうなるのかは分からないが、シャワーってもろ流水じゃねーか。

 疑問の答えはすぐに分かった。

 

 内心ビビりながら試しにシャワーをひねってみると意外にすんなりと浴びることができた。

 しかし、そのシャワーを横にして上をまたごうとすると俺の中の本能が警告を告げる。

 どうやら流水を”渡る”こと自体がアウトで、流水そのものは触っても大丈夫らしい。

 第一そもそもシャワーがダメだったら吸血鬼しかいないこの館にあるわけがないじゃないか。

 安心した俺はシャワーを跨ごうとしたりくぐろうとしたりしてチキンゲームのような遊びを楽しんだ後、体を洗い湯船に浸かった。


 鼻歌交じりに風呂を満喫していると、すりガラスとなっている風呂の入口の扉の前に誰かの気配を感じる。


「おーい! そこにいる人、俺が今風呂に入ってるぞー!」


 風呂の中から呼びかけたが返事はなく、そのまま扉は開かれた。

 そこに立っていたのは気だるそうな顔をした鮮やかな金髪の幼い少女だ。

 少女は体に何も身に着けておらず、左手にタオルをだらっと垂らしている。


「おいアナ! 今は俺が入っているって言ったじゃないか」

「んー。ローラとは……いつも一緒に入っている」

「俺とローラを一緒にするなって。俺は男なんだぞ」

「だから……?」


 目の前のこの少女は羞恥心とか常識といったものは持ち合わせていないらしい。

 アナちゃんは我関せずといった感じで洗い場の椅子にちょこんと座ると、体を洗い始める。

 俺は浴槽から出ようと思ったが、立ち上がる手前でアナちゃんに静止される。


「待って……。私……自分で頭洗えないの」

「はあ?」


 おそらくいつもはローラが洗ってくれていたのだろう。

 いつの間に装備したのかシャンプーハットを付けたアナちゃんは俺の方をじっと見つめる。


「ったく仕方がないな。洗ってやるよ」

「ありがとう……」


 腰にタオルを巻いた俺は目をぎゅっとつぶっているアナちゃんの後ろへと回る。

 俺は手にシャンプーを付けると、少女の鮮やかな金髪へと手を伸ばした。


「ンッ……気持ちいい。上手……」


 少女はされるがままになりながら時折甘い声を出す。

 俺は余計なことはなるべく考えないように集中して髪を洗いあげた。


「ありがとう……。ローラと同じくらい上手だった」

「それはどうも」


 髪を洗い終えた俺はこれ以上この場にいると冷静さを保てなさそうな感じがしたので、脱衣所へと戻ろうとした。

 すると、扉に手をかけた方と反対の左手にアナちゃんがしがみ付いてくる。

 柔らかい少女の肌の感触が直に腕に伝わってくる。


「一緒に……入ろう?」


 上目遣いで見つめてくる少女に逆らえず、俺は再び湯船へと戻った。

 広い湯船だし離れた位置なら平気だろうと俺は隅の方に浸かったが、アナちゃんが膝の上に座ってきた。 

 柔らかいお尻の感触や洗い立てのシャンプーと石鹸の香りが俺を刺激する。 


「せっかく広いんだし、もっと離れて入らないか?」

「いや。ここが落ち着く……」


 そう言いながら少女はふるふると首を横に振る。

 アナちゃんを引き離そうと説得してみたが、少女の意思は固そうだ。


「アナちゃんは男と一緒にお風呂に入って気にならないのか?」

「なんで……? 別に大丈夫だよ……」

「そっか……」


 生まれてこの方、女の子と裸でここまで急接近したことのない俺は膝の上の少女にかける言葉が浮かばない。

 アナちゃんは自分から積極的に話すタイプではないので、二人の間に気まずい沈黙が流れる。

 

 ……何分無言のままこの体勢で過ごしただろうか、突然アナちゃんが顔を見上げてこちらを覗いてきた。


「ねぇ……吸血鬼になって良かった?」

「え? ああもちろん。後悔はしてないよ」

「そう……よかった」


 アナちゃんは優しく微笑んだ後、ザバァと音を立ててお湯から立ち上がった。


「お先に……しつれい」


 少女は心なしか嬉しそうな足取りで風呂から出ていった。

 一体何だったのだろうか。

 俺は着替え中のアナちゃんと鉢合わせするのを避けるために少し時間を空けてから風呂からあがった。


 着替えた後、部屋に戻る途中の階段で黒髪の少女に出会った。


「あら? お兄さんお風呂上り?」

「ようローラ、大きくていいお風呂だったよ」

「それはよかった。ところでアナ見てない? さっき一緒にお風呂に入ろうと誘おうとしたのだけれど、部屋にいなくて……」

「アナちゃんなら俺と一緒に入ったぞ」

「え? あの人見知りのアナが?」

「吸血鬼になって良かったか、とか聞かれたけど」


 俺がそう言うとローラは我が子が成長した姿を見守る母親のような表情をして、しきりに嬉しそうにうなづいた。


「あの子も気を使っているのね。お兄さん、これからもアナと仲良くしてあげてね」

「それはもちろん、同居人だし向こうさえ良ければ仲良くするぞ」

「ふふふ、それもそうね」


 ローラは意味深な笑みを浮かべると、ステップを踏むような軽い足取りで去っていった。

閲覧ありがとうございます!

次話は3月22日に更新する予定です。

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