2.良心が僕の邪魔をしている
変な女は、想像以上に変な女でした。
ていうか、明らかに一般人じゃない。そんな変に変を重ねたような女と俺はなぜか、ベンチで一緒に座っていました。
「はぁ……甘味最高。この世には甘いもの以外いらない、むしろ塩とか消去して全部砂糖にしちゃえばいいとか思わない?」
北海道の雪とか某アイスクリーム大福のような真っ白い髪を揺らし、自販機で買ったミルクティーを飲んで悦にひたりながら世界の料理人や主婦を困らせるソルト撲滅大作戦を計画するこの娘の目線を見ないように、俺は舞い散る桜を眺める。早めに外に出たからまだ遅刻しないとは思うが、いつになったら開放されるのだろうか。
「ねぇ、貴方って耳が遠いの? ふつー、話し掛けられたら返事するのが人間の基本なんじゃないの?」
それを言われると確かにそうなのだが、是非ともこの子には察して欲しいものである。あんな恐ろしいものを見せられた一般人は、普通これぐらい距離と言うものが出来てしまうということを。特に、俺のようにこういう事象に中途半端に関わっているとなおのことだ。
「もっとないの? わぁ! なんて綺麗な具現透晶剣とか、貴方様からはなんか輝かしいオーラ的なのが感じる、とか」
少女は自分の手を組みながら演技するように話す。なんかコイツちょっと馬鹿かも。
「ねぇ、そういうのってないの? そういうの」
少女はこちらに近づいて顔を近づけてくる。俺は顔を背けて少し遠ざかる。勿論無言。
「……少しぐらいは、返答してもいいんじゃないの?」
……声に少し弱弱しさを感じる。けれど、ここで大きく関わってしまったらいけないってことを俺は経験上知っている。異形に懐かれること、それ即ち異形の道に入ると同意。という奴だ。これ以上そんな部類の奴と関わるわけにはいかない、ノーと言えなくても無視は出来るのが日本人。
「ほら、ミルクティーあげるからちょっとはお話しない?」
物で釣ろうとしてくるその稚拙さに少し罪悪感を感じてしまう。いやしかし、こういう甘い感情が俺を面倒ごとに引っ張っていくということは重々承知の事実。鬼だ、心を鬼にするのだ。面倒は 避けて生きるぞ わがじんせい。字余り。
そうやって顔を背けていると、いきなり立ち上がり始める。そして、左の方へと歩いていく。ようやく諦めてくれたか。
ホッと息を吐き出して少女の後ろ姿を見る。その姿は、非常に分かりやすいぐらいに肩を落として落ち込んでいた。ごめんな、悪いことしたって思ってるけど生憎そういうのとは縁を切りたいんだ。俺は気だるく自堕落に、怠け者人生を送っていくために。
そう思って、この場から去ろうとした俺なわけなのですが。――なぜか、あの酷く落ち込んでる少女から目を離せなかった。
いや、だからその甘さが命取りって言ってるじゃないか俺。なんだ、捨て猫を見つけたら拾いたくなる少年か俺は。さぁ学校行くぞ、誰もいない教室でのんびり寝こけて授業を待つんだ。
そう思って、俺は立ち上がる。
「ち……ちょっと待った」
あれ。
「話ぐらいは聞く。だからまぁ、座ろうじゃないか。俺が悪かったから」
……何を言ってるんだ俺は。馬鹿か? 今せっかく関わらないように取り繕ったのに馬鹿なのか俺。
内心で自虐モードに入りきろうとしていた俺の方を振り向いて少女は言った。
「ほんっ……! コホンッ。ま……まったく、仕方ないわね。無視するからお話嫌いの微妙人間なのかなって思った私が馬鹿みたいじゃない。お話してくれるなら早く言ってよね、だから人間って嫌いなのよ。でもその改めた態度は評価してあげる、だから人間って嫌いになれないっていうか、やっぱり人間って馬鹿っていうか」
などと、嬉しいのを隠しきれてないこの少女を見て、俺は確信した。
ああ、これを悲しませるのは流石にやりづらいに決まってるか。と。
正直自分の甘さを無理矢理正当化させているだけではなどとも思うが、もう考えるのは止めよう。どうあがいたって俺が悪いって結論しか出てこない気がするし。
少女は表情を明るくさせてニコニコとベンチに座りなおす。何がそんなに嬉しいのか、そもそも微妙人間と言いながら俺に近づくのは一体。聞いてみるとしようか。
「えっと……率直に聞くけど、君は何なのさ」
「私? 勿論、異端とか、怪物って呼ばれる類の者よ?」
やっぱりか。つうかさっきの聞き方からしてわかっていた。人間の能力者とかではなく、普通に人間みたいな怪物なんだなってわかっていたよ。
俺は全くそういうオカルトチックなものと関わる機会はないはずなのだが、必要以上なまでにそんなものと出会う機会が多かった。そしてその度に増えていく、インチキみたいな力を持ったお知り合い。
それは能力者と呼ばれる、念動力や発火現象などを起こす特殊な能力をもつ存在。
それは魔法使いと呼ばれる、何もないところからあらゆる有り得ないを可能にする存在。
それは特異者と呼ばれる、身体的に神秘や呪われた力を持ったりしている、前者二つとはまた違った存在。――そんな連中と、俺はなぜかお知り合いになってしまっていることが多かった。
そしたら次はついに人外とコミュニケーション。見事なまでにばらけすぎだ。まるで先行初手のノーヒントの神経衰弱で上手い具合に取れているような気分だ。そう考えると昔、声を出すワニっぽいのが主役のカセットゲームで運悪くそんな展開になったようなのを思い出した。あれは腹だたしかった……じゃない。この話題から離れて怪物少女と話さねば。
「……で、その人間の敵であるはずの怪物さんがなぜ俺みたいな自堕落ボーイに興味を示してるんですかね」
「人間が敵、かぁ。別に私はそんなことないと思うわよ、私って人間そっくりだし、むしろ私が素敵に生きるには人間って重要だし……あ、私が貴方に興味を持った理由だっけ?」
「ん、別にどっちを先に言っても構わない。両方ともやや気になるし」
「ややって……でも素敵かも、そういう貴方の部分は」
少女はなんかうっとりした表情でこちらを見つめてくる。あれ、なんでそういう目で見つめてくるんですかねこの娘。
「って、違う! 違うからね! 人間なんかに私は負けないんだから!」
などと言って少女は頬をパシパシ叩く。頬が赤くなってる気がするが、今叩いたせいだからだろうか。そう思いたい。
「じ、じゃあ私が貴方に近づいた理由、教えてあげるわね。それは――その、貴方が、甘くて、あまくて、仕方ないから」
「……はい?」
言っている意味が全くわからない。俺が甘い? 俺は別に香水も何も……。……いや、甘いという単語について俺は知っているじゃないか。いや、でもそんな。
嫌な予感がバリバリしてるなか、少女は顔を紅潮させている。俺は多分蒼白だけど。
「だから! 自分にも他人にも甘い、ちょっと変な力も持ってる貴方が気にいっちゃったのよ!」
そして、勇気を持って打ち明ける迷い子のように叫んで俺に伝えてくれた。――俺の、駄目っぷりを。