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14.獣の狩人

「っ!」


 急に放たれて来た拳を後ろに倒れて回避する。ああくそ、びびったぁ! なんなんだよいきなり!


「なんとぉー。獲物がヒューマンになったら一撃で仕留められないだなんて、これはこれは実にヤバクないですか私。武器以外は動物以下の生き物に、よけられちゃうなんて案外大ショックだよー」


 などと言いつつもケラケラ笑っている眼前のキャップ女。とりあえず、尻餅ついたままってのはちょっとかっこわるいんで、少し離れながら警戒しつつ立ち上がる。


「いきなり何すんですかアンタ。警察呼びますよ」

「ありゃ、思いのほかすっごい冷静だね君。もしかしてこういう事態は慣れっこ系?」


 ……しまった。レイリアの時にも似たこと言われたのに、なんて迂闊だ。どうしてこう、一般人的行動を取らずに対峙しようとしてしまうかな俺は。いや、でもただのパンチ一発程度で人呼ぶなんてのもなんか良識的じゃない気がする。ということで今の俺の行動は普通だ。ザ・ノーマル。


「でもでも、それは何よりだぁー! ただの人間に避けられたなんて、狩人の名に恥じちゃうもんねー! あっはっはっは!」


 最高潮テンションを維持するキャップ女。狩人だのなんだの、何を言ってるんだコイツ。もしかして酔っ払いの類か? 夕方からの酔っ払いだなんて、物凄く珍しいな。


「……えーっと、おねえさん? 酔っ払ってんならタクシー呼びましょうか?」

「あー、失敬だねー君。私はまだ未成年ですよ? 君よりちょっぴり上なだけ。アダルトなでぃーぶいでぃーも借りれちゃうんですよー!」


 あっはっは、と何が面白いのか分からないぐらいに大笑いする変人キャップ。あー、もう変なのに関わっちまったな。ここはすみやかに退散するとしようかね。


「それだったら、俺家帰って課題終わらせないといけないんでここで……」

「逃げる、なんて考えは捨てた方がいいよ少年?」


 ――グッと、雰囲気が途端と重くなる。

 景色に変わりはない。眼前のキャップ女の声色も変わった様子は無い。だが、コイツの雰囲気が、俺の知る嫌な感じと同列のものになっている。


「もう君は、狩られるまでは逃げられない。でもでも、ラッキーかなぁ私は。君を狩れば、私は大抵の人間はあっさりと殺せるって自信がついちゃいそうだ!」

「……さっきから狩るとかなんだのさ、一体何者なんだよ、アンタ」


 キャップ女の口元の黒子が、表情と合わせて動く。ああ、この気持ちの悪い狂喜の笑み。すごく嫌な予感しかしない。


「――私はね、人ならざる獣。狩るべきことが私であって、私であることが狩人よ。心配しないで、すぐに貴方を食べてあげるから、狼として、ね」


 キャップ女の長い前髪で隠れた目の奥が光る。そして、先ほど拳で殴りかかられたと思ったが訂正。アレは、そんな生易しいもんじゃなかったようだ。

 自慢の一品を掲げるように、人間には不釣合いな――獣の手を、言葉とともに俺に見せ付けていた。


「じゃあ始めましょ、私対人間の、最初の狩猟をね……!」


 ああ、ほらな――嫌な予感は、よく当たるんだ。


++++++


 風が吹く、砂利が舞う。神社の入り口から出口まで繋がる石造りの道の上で、俺はキャップ女と対峙している。さてと、どう対処するか。逃げるだけなら、あの邪犬と違って叶いそうではあるのだが。

 見たところ、気にかけるべきはあの銀色の獣の右手のみ。邪犬のような手をさせている。着けているパーカーを剥ぎ取れば、そこには右腕全てが獣の可能性も無きに非ずな訳だが、今はどうでもいいお話。


 三つ指を密着させて魔力生成。黄の刃を三つ指に纏わせる。あの獣の爪を払うには邪犬同様、これが一番のはず。何度も青の障壁を使えるほど俺の体力は多くもない。


「何それ? 君のフィンガーがキラキラピッカピカしてるんだけど! あっははー! 実はマジシャンなのかな君ぃー!」

「んじゃあ、アンタのその手は仮装パーティー帰りの外し忘れた着ぐるみの手ですかね」


 むしろ、そうであるのならば素敵だ。人生愛してると神様に言い放ってやりたいぐらいだ。


「そんな訳ないでしょー、君ってにぶちんだねー。これはも・の・ほ・ん。本物の獣の腕だよ」


 ですよね。そうに決まってるよな。やっぱ神様大嫌い、ツンデレって言うのがこういうことを言うのならば、俺は素直な神様が大好きなので元に戻って欲しいと申告してやりたい。

 気分が重くなってきそうな俺であるが、真逆と言っていいほどにこのキャップ女は笑い出す。何がそんなにおかしいんですかね。


「あー! もうたのしー! 死人に口無しって言うけどさ、だからこそ色々といえるのはすこぶるいいよね! 死人は語らないから、恥ずかしい自分の秘密や言いたいことをペラペラ喋れるし! いっそ、スリーサイズだって教えてもいいかも! きゃーっ! 私って大胆でハレンチ!」


 両手を頬に当ててくねくねしているキャップ女。もうコイツの思考回路が理解出来ない。けれど、俺を生かして帰させてはくれないってことだけは、今の変態発言からも分かる。油断している今のうちに、赤色を撃ちはなってやろうか……? 人間相手になら、死にはしないだろうし。

 けれど、魔力変換を行う前にキャップ女はこちらを見る。くそっ、勘のいいって言うか、感がいいって言うか。


「おっと。何かしようとしてるね少年? それは私、私がやるべきことだ。君は獲物で私は狩人、君は猪のように猛突するだけでいいの。ケンカって、頭使わずベアナックルで殴り合いでっしょ?」

「ケンカで済むなら俺もそれでいいよ。でも済まさないってアンタのその右手が言ってるんだけど?」


 俺の発言に、キャップ女のにやけた口が締まる。


「……君ほんと何者? そんな冷静でいられるって言うのは、私の実力を軽んじている? それとも女相手ならどうとでもなるってやつ? 後はこの腕が偽物だとかおめでたいこと考えてる?」

「さあね。軽んじられるなら軽んじるし、どうとでもなってくれるならそうなって欲しい、偽物だったらほんとにおめでたい。そんなバカになれる高校生は相手にする価値もないって逃がしてくれるかよ?」

「いいや? 何度も言うけど逃がさないよ。ねこちゃんとかわんちゃんとか、切り裂くのは一日で飽き飽きしてきちゃったしね」


 ――そうか。コイツが一平やクラスの女子が言っていた猫を殺した犯人か。引き裂いた、というあの女子の言葉からしても間違ってはいないはず。あの右手の獣の爪ならば、あっさりと裂けるだろう。


「本当はさー、この神社の土をねこちゃんたちの血で染めちゃおうと考えて来たんだけどね、一人ぼっちの男の子がさー、そういう狩猟的なこと考えてるときに姿を見せてくれちゃったら、殺しちゃうしかないでしょー?」

「……知らねー。殺人に長けたような人に聞けよ、そういう極悪なお話は」

「残念ながら現代ってそういう人を嫌って隔離するおかげで簡単に出会えないんだよね。これって差別だと思わない? 君達も生き物を殺して生きているのにーってね!」

「ああ、そうかもな。でも、その意見が肯定されたからと言ってさ――自分と他人が同類とか思うなよ、殺し狂い」


「――言ってくれるね、少年」


 クツクツと、キャップ女は笑う。その笑みから向けられる殺気は、残念ながら俺には笑えるものじゃない。二日続いてなんて、どれだけ悪いものに憑かれてるのか俺は。……いや、今回はまごうことなき自業自得か。


「さぁ、人間らしいお話も終わったことだし……狩りを、はじめぇるよー」


 途端。キャップ女の姿がぶれる。


「っ!」


 俺はキャップ女の姿を捉えきれないと思ったと同時に後ろに跳んだ。それは大正解。俺が今居た場所の目の前にキャップ女がおり、危険な右手を振り切っていた。


「おやや、躱された? 今度は完璧と思ったのになー、ちゃんと正面見て動いて裂かなきゃ駄目――きゃっ!?」


 ちっ。避けられたか。

 何かモゴモゴと喋っていたキャップ女の頬目掛けて、右足からのハイキックを放ってみたが、結果は避けられ空振り。油断してくれる相手じゃないって奴かよ。


「女の子相手にあっさり蹴ってくるとか、君も中々正気じゃないんじゃない――のっ!」


 身体を捻らせ右から蹴りを放ってくるキャップ女。けれど、これぐらいなら両手の交差で十分防げる。

 そして予想通り攻撃を防げた。防げた、のだが。


「っつぅ!」


 軋むような音が腕から聞こえて思わず声を漏らす。なんて蹴りだ、見た目以上――っていうか予想なんか出来ないほどの強力な蹴り。下手すりゃ両腕ごとへし折られるところだった。イカレた性能のキックである。


「獣の脚力、侮るべからずって言うっしょー!」


 それから続く、強力な蹴りと獣の手の連続。

 躱した音から聞こえる風を切り裂く暴風音。払うことすら許されない速度。なんてこった、間髪入れない分、邪犬より俺にとっちゃ厄介この上ない。


 障壁を作り出して攻撃を弾き、隙をついて蹴り込むか? いいや、そもそも近接戦闘じゃ障壁の効果は薄い。あくまで、遠くから近距離に向けられる時の障壁としてが有効だ。


「ほらほら、攻撃しないんじゃ死んじゃうよー?」


 まるでスポーツを楽しむかのように、一撃で天へ墜とすような蹴りを繰り出しながら笑うキャップ女。避けれているだけでも大健闘とか思ってくれないかねこの野郎。

 瞬間。足を踏み外したような感覚。あ、これやばっ……。


「もーらいっ!」


 爪の兇器が顔面に襲いかかる。後ろに跳ぶことなんか出来るはずもない。――いやいや、死んでも死に切れんでしょこれは!

 歯を食いしばりながら首を目一杯引いて、極限まで曲げて――ギリギリ回避。地獄に連れてく爪は、目と鼻の先でギリギリセーフ。


「うっそぉ! 君、ありえないんだけど!」


 驚愕と歓喜混じりの声が聞こえてくる。崩れた体勢を即座に直す。貴方の方こそ、ありえないんだけど!


 地面を蹴って、距離を取る。さっきみたいに道から足を外さないように、砂利の上に立つ。

 こりゃあ参った、本気で殺される。力量って言うか、身体のスペックからしてモノが違う。理性を持ちながらあんな動けるってのは反則だ。それをわかっているからだろう、キャップ女は動こうともせずに口の形を食べやすく切り分けたメロンのようにしている。これじゃあ、防衛戦にもなりきれない。

 だったら、もう一個の戦い方でやってやるよこんにゃろう。


 警戒しつつ、三つ指に纏う刃を解除する。


「あれ? そのピカピカ消しちゃうんだ」

「ああ、アンタ相手じゃ使いづらいからな」

「ふーん。じゃあ、どうするのかな君は」


 ニヤニヤと、口を変えずに聞いてくる。どうするも何も、こう――。


「――――燃やすんですよ、炎でね」


 俺でもない、キャップ女でもない。第三者の声が聞こえた。それと同時、キャップ女の付近で爆発が起きる。なんだ!?

 砂や埃が飛んでくる。両腕で出来るだけ爆発の風から目をかすませながらも前を見据える。すると、誰かが俺の前に降り立つ。


 それと同じくして、キャップ女は爆発を避けたのか俺から距離を先程より離れて上から降り立つ。なんつう脚力。


「はいはい、もー誰ですかぁ!」


 苛立つように喋るキャップ女。眼前に立つ長身の男は、


「町を守りたい、とある組織の炎の化身――とでも、言わせて貰います、お嬢さん」


遠神とおがみ 深炎みえんは、いつものようにすかした口調で、煙の中から姿を現した。

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