13.見え隠れする悪意
「いってきまーす」
飯も食い終わり、ボロじゃない方の制服にも着替えて準備万端になった俺はウミと犬虎の二人よりも先に家から出た。姉ちゃんは俺よりも先に家に出たらしい。高校は俺と違う場所だし一緒に出る必要もないんだけどな。
家を出てから、そろそろ代わり映えがないと思える頃になりそうな通学路をのらりくらりと歩いていく。今日は家を早く出てないので、学生が登校する姿がちょくちょく見える。
昨日と違い実にあっさりと教室へ到着。着席と同時に姿を現すキャップを被る男、一平。
「いよぉ、おはようトリウマ」
「おー、おはよう。裏切りの結果はどうだったよ」
「裏切り? ああ、昨日のことか。失敗だよ」
想像以上にあっさりと失敗とか言い切る一平。いつもならば嘆いてる姿が見られるのだが。
「なんだ、もうフラレ耐性でも出来たのか?」
「いいや、違う。いいかトリウマくん、昨日も言ったがこの学校には可愛い、美人の女子が多い。昔の人は言った、急がば回れとな。だから俺は焦らない。ゆっくりと、時間をかけて一人ひとり声をかけていくのがいいのだとわかったのさ」
悟ったような顔で言い切る腐れ縁幼なじみ。最早羨ましさすら感じるほどに恋に生きている。しかし、それが通用するのはまだ先のことのような気がする。
「だけどな、お前が巳辰さんを紹介してくれるというのならば、喜んで今の気持ちを投げ捨てる自信はあるぞトリウマ」
「いやー姉ちゃんは無理だ、お前の手に負えるような人じゃないよ。ていうか友人が兄とか死んでも御免被るな」
「じゃあウミちゃんが高一……いや中三になったらお前をお義兄さんと呼んでも」
「やめろ、怖気しかしない」
一平に毎度お義兄さんと呼ばれるとか本気で冗談じゃない。そもそもウミが中三になったらお前二十歳ぐらいだろうに。
「じゃあわかったよ、お前の母さんと婚約をさせてもらっていいか?」
「冗談でも止めとけ、お前が死ぬぞ」
「あっはっは、そうだな。お前の親父さんに殴られちまうし、お前の母さん、ああ見えて中々肝っ玉据わってるもんなぁ」
肝っ玉据わってるどころじゃない図太い神経の持ち主なんだけどな、あの母上殿。あと父さんはそんな強くないと思うぞ。ていうかウチの女性陣なら誰でもいいのかお前。ウミ以外は見る目無さ過ぎるぞ。
「ねー、見た? 今日学校向かってる時さー、なんか猫の死体を何匹も見ちゃったんだけど」
「あ、私も見たー。なんか引き裂かれたみたいな感じで、可哀想だったよねー」
「うん、ひどいよねー」
呆れた視線を一平にぶつけていると、少し離れた場所からクラスの女子のそんな会話が聞こえてくる。一平にもその会話が聞こえていたのだろう。先ほどまでのお気楽な表情から苦々しい顔になっている。猫の死体か……。
「お前も見たのか?」
そう問うと、一平は苦々しい顔から更にうんざりした表情をする。
「ああ、見たよ、まさかここに来るまでで三匹も見ることになるとは思わなかった。お前は見なかったのか?」
「見なかった。少なくとも、俺が通る道じゃあさ」
「そうか。でもなんかこう、不吉な感じしちまうよなぁ。三年前の殺人事件といい、誰か何かが殺されてるなんてことあったら、どうにもまたなんか起きてしまうとかそう思っちまいかねない」
ばつの悪そうな顔をする一平。確かに、三年前なんてつい最近の話だ。なのにこんなことがあれば連想してしまうのも仕方が無いのだろう。俺だって、なんかの前触れじゃないのかと思ってしまいそうだ。けれど。
「そんな頻繁になんか起こすほど、人間って変わりもんばかりじゃないと思うぜ俺は。そんなんならとっくに人類は死屍累々でさよならしてますってな」
「……はははっ、そうだな。まぁ、そういうもんだよな。朝からしめっぽい話しちまいそうになるとは、俺の明るいマジもてまくり紳士的イメージが消え去ってしまうところだったぜ、しかし、このギャップによって女性のハートを優しく撫でるように掴んでしまう俺はやはり罪な男……」
いつものバカな口調に戻る一平。ちなみに周りの女子は一切聞いていないと思われる。ギャップも何もあったもんじゃないのだった。
それにしても、猫を何匹も殺すやつか。怪物だったら猫とかだって食うだろうだろうし、誰かがただの気晴らしに殺したってのが妥当だろう。怖い話である。
まぁ、そんな重い会話はすぐさま終了し、ホームルームが始まるまで適当な雑談をするのであった。
++++++
「そんな怖い話が、人になってしまったらもっと怖くなってしまうよなー、猫達」
学校が終わり、俺は家から近めの大きめの神社に来ていた。見守名神社と看板には書いてあったがそこに人の姿は見えない。いるのは、沢山の野良猫どもだけ。ここが使われるのは祭りごとの時だけだ。俺も何回か行ったことあるし。
なんとーなく神社に来ては見たが、何も誰もいないし、いたとしたら神主さんぐらいだろう。そもそも神主自体この公園の広場のようにだだっ広い神社にいるかすらわからない。
小学生時代に俺とよく戦っていた猫共は別に何もされていないし、不機嫌そうな目で俺を見ているだけだ。相変わらずかわいげねー。
「はぁ……何をしてんだろうか、俺は」
もしかしたら、異端の仕業かもとか思ってしまって猫の多いこの場所に来たのだが、そんな気配は人っ子一人ないわけで。そもそも、こういうのは警察のお仕事なのにわざわざ素人が歩き回ってどうすんだってお話だ。皿土町のほうで殺人事件があったから過敏になっちゃっているのかね、俺。
砂利の地面を歩きながら、石段に腰をかける。先に座っていた猫は邪魔そうにこっちを睨んでいる。そんなに俺が嫌いかお前ら。
ぼけっと、空を眺める。まだ空は青くて、ゆっくりと雲が流れている。これぐらいのゆっくりさで人生を歩めるのならば、どれだけ幸せなんだろうか。これぐらい爽やかに世界が動くのならば、悪いことなんて起きそうにもないだろうに。
思わず欠伸が出てしまいそうになったとき、ポケットから携帯が振動する。電話なのかメールなのか。 着信者は、レイリア。どうやら電話のかけ方は覚えたみたいだ。
「はい、もしもし」
『あっ、えっと……この電話番号はチョウマのですか?』
「……もうちょっと良い聞き方ってのがあるんじゃないですかねレイリアさん」
『う、うるさい! 当たってたのならはい、そうですって言ってくれればいいだけでしょ!』
怒るレイリア。今回は俺は悪くないはずなのだがなぁ。
「それで、何か用か?」
『えっ? ああ、えーっと……』
受話器の向こう側の声は言いよどむように唸っている。多分頑張って電話をしてみようとするのでいっぱいいっぱいだったんだろうなぁ。
『そうだ! 今チョウマはどこにいるの?』
「なんだその思い出したような用は。とりあえず場所を言うんなら、今はウチの近くの神社にいるよ」
『そうなの? うん、じゃあ、仕方ないから来てあげるわ!』
「いやいいよ。どうせもう少ししたら帰るし」
『そうなの? わかったわ、でも電話はもう完璧に出来るようになったし後でもう一回かけてやるんだから!』
受話器の向こう側のレイリアが嬉しそうな表情を見せているのがわかるぐらいの楽しそうな声。思わず、ちょっと笑ってしまいそうだ。
「ああ、わかった。取るかはわからないけど、待っておくさ」
『取らないと怒るんだからね! それじゃあ、またね!』
そう言ってレイリアは電話を切った。メールはともかく、電話の仕方はもう完璧のようだ。聞いているだけでも微笑ましさを感じる。まるで怪物じゃないようだ、と言ったら恐らくレイリアに怒られてしまうのだろう。
彼女は自分が怪物であることに誇りを持っていて、精一杯楽しく生きている。それが俺にはなんだか、羨ましく思える。――だからこそ、俺は彼女を怪物だというのに嫌いになれないという、一番の理由なのかも知れない。
「さっ、帰るとするか」
石段から立ち上がり、砂利を掃う。それと同じぐらいの時、キャップ帽を被った女性がこちらの方に向かって歩いて来ている。賽銭にでも入れてお願いでもする気なのだろうか。なんにせよ、関係などないお話。さっさと帰って今日も気だるく一日を生きていくとしよう。
猫たちを背に、俺は歩き出してキャップ帽をつけた女性とすれ違――。
「そろそろ、やってみようかな」
小さく、女性の声が聞こえた。独り言かと思いつつも軽く目線をそちらに向ける。けれど女性は何にも変わらず自らの前方を歩き。
――そして、身体を反転させてこちらへ拳を向けてきた。




