11.橋居鳥馬の特にすごくもなすぎる携帯講座
「えー、んじゃ携帯講座をはじめまーすっと」
ウミは嬉しそうに拍手を送る。レイリアは最初は送っていたが途中で止めて真面目そうな顔をする。頬は赤いが。
そしてまだ家から出ていなかったマイマザーがニヤニヤと玄関の近くで口を押さえている。さっさと買い物行っちまえ。
「というわけで、携帯の使い方なんですが……まず、レイリアはどっからわからないんだ?」
「どっからって…………ぜ、全般的に……かな」
レイリアは恥ずかしそうに、なにより悔しそうにたどたどしく発言する。正直こういう姿見ると癒されるようなチョロい人間なんで、わからなくてありがとうと言ってしまいそうになるが、口を結んで何とか抑える。そしてテーブルの上に自分の黒い携帯を出して、開く。最近ではタッチパネル式の携帯電話が出るとの噂だが、俺のはスライド式ですらなく昔馴染みの二つ折り携帯。シンプルってベスト。
「じゃあ、電話のかけ方からでいいか?」
「ええ? お兄ちゃん、電話のかけ方ぐらい誰だってわかるよー!」
無邪気な発言ありがとうウミ。けれどそこの白い髪の子の心にそれは大打撃だと思うよ。
「何事も基本からだウミ。算数も国語も、最初は簡単なのからだろ? 初心を忘れるべからずという古い人の言葉通り、基礎からやっていくぞ」
嗜めるようにウミに言うと、明るく、わかったー、と言ってくれた。レイリアも安心したかのような表情を見せている。嘘も方便とはよく言ったものだ。
「まずはこの携帯電話のボタン。1から9、後は0とこの変な記号。この記号は電話するさいには普通は使う必要ないからほっといてよし」
「ふむふむ」
レイリアはどっかから持ってきたメガネをかけて、メモ帳に書いている。……メガネは要らなくないか? いや、それよりも次に進めよう。
「それで、アドレス帳に入っていない人に電話する場合は直接このボタンから電話番号を入力し、通話ボタンを押す。すると相手に電話をかけることが出来るが、電話料金というものがあるんで電話ばかりしたら金が吹っ飛ぶから注意だ」
「え、じゃあ友達といっぱいお喋りできないの? ハネちゃんはもう携帯持ってたけどいっぱい電話してたよ?」
「小学生で携帯って羨ましいなオイ。まぁその辺は色々と面倒だから割合。今回は使い方重視ってことでな。ちなみに電話番号っていうのはその読んで字の如く電話の番号のこと。それぞれ別々に数字が存在しているんだ」
「ねぇチョウマ。通話ボタンってどれ?」
レイリアは自分の銀色の携帯電話を見せてわからなそうな顔をしている。お、パカパカ携帯だ。気があうな。ってそれは置いといて。
「レイリアのも俺と同じで、クリアボタンの左側だな。ちなみにクリアボタンの右側は通話終了ボタン。電話が終わったらちゃんとここを押せってことだな」
「く……クリアボタン……?」
「まぁ、とりあえず上の左端が通話開始ボタン、右端が通話終了ボタン。その真ん中がクリアボタンって覚えてくれていたらいいよ」
「真ん中がクリアボタンで……通話ボタンが左……電話するには通話ボタンで……」
頭を悩ましながらメモに書いていくレイリア。いっそマニュアル見せてあげた方がレイリアの為だったのかも知れない。俺も説明がそんな上手いわけでもないし。
「ちなみにアドレス帳に登録しておくと、アドレス帳から電話する相手の電話番号を探して、番号を打たず、決定ボタンを押していけば電話ができる」
「えっ!? なにその簡単お手軽機能!」
「へー! 家の電話みたいで凄く便利だね!」
レイリアは目をメモからこちらに向けて驚き、ウミは凄いと感じているらしい。ちなみに、俺が携帯買ってもらった時に一平に同じようなことを言ったら、家の電話にも似たようなのあるだろと言っていた。それを言われて家の電話が番号登録できたのに気付いて犬虎と姉ちゃんに呆れられた。にしてもウミも知っていたとはなぁ、時代遅れとは俺のことを言うのかもしれない。
さて、話を続けていこう。
「えっと、じゃあ電話については一通り教えたし……」
「あれ、これだけなの?」
レイリアは不思議そうに聞いて来る。
「大まかに言うとこれだけ……のはず。後は携帯のマニュアルとか見てくれ、これ以上は俺が教えたらごちゃごちゃして逆に難解になりそうだしさ」
「へ、へぇー。なんだ、やっぱり携帯電話なんて大したことないじゃない。気負って損したわ、いや、気負うどころか余裕だったけど」
「え、携帯ってもっとやれることあるよねお兄ちゃん?」
ウミの発言に、苦手なものをまた食べろとか言われた少年少女のような表情を見せるレイリア嬢。そう、電話だけなら家の電話と同じ。携帯電話の機能を使いこなすというのならば、むしろここからが本番なのかも知れない。
「その通り。他にもEメールやらCメールという連絡手段もあるし、携帯版のインターネット的なものなど沢山ある。でもまぁ、どうせ携帯なんて電話かメールしか主に使わないだろうしとりあえず今回は――」
「教えなさい」
メガネをかけながら、無性に気合の入った表情をしているレイリア。なぜゆえ。
「チョウマ、私を舐めないで欲しいわ。新規の怪物として、知能の低い怪物達より更に上のレベルを私は目指さなきゃいけないの。だからこそ、人間が覚えられるものを私が覚えられるはずないの! それが私、吸甘鬼、レイリア・クォーリティアよ!」
なんという上昇志向。見習いたいものではあるが、なんか色々ぶっちゃけてるぞお前。
「わあー! レイリアさんかっこいい! よくわかんないけどかっこいい!」
だがそこは華麗にスルーするウミちゃん。やっぱウミもウチの家系のものだけあって細かいことは気にしない性質らしい。とりあえず今はその適当さに感謝。けど、電話の仕方でいっぱいいっぱいだったのに大丈夫なのだろうか。
まっ、その辺は気にしない方向にしておこう。レイリアが頑張るというのであれば、恩返しの一環も含めて俺は教えるだけだ。
「よし、それじゃ、電話の次によく多用するEメールの使い方を教えていくぞ」
「ええ、かかってきなさい!」
元気よく応答するレイリアの言葉を聞き、俺は携帯講座を再開した。
++++++
携帯の使い方を教えているうちにすっかり夜になり、レイリアは帰らなきゃいけないというので途中まで送っていくことにした。飯食っていくかと母さんが言ってたのだが、家に待ってる人がいるらしい。その時に、怪物にも家あるんだなーとか言う当たり前ながらイメージの湧かなかったことを聞いて俺は少し驚いたのは秘密だ。
すっかり暗くなって、路地についている街灯が暗い道をポツポツと照らしてくれている。数は少ないけれど、まぁその辺は町の資金の問題などがあるのだろう。
「別に心配して送らなくてもいいのよチョウマ。私が怪物だって知ってるでしょ?」
「勿論。けど母さんとウミがそれをゆるさねーような目をしていたからな、家族の目には俺も弱いってやつ」
「ふふっ、チョウマは家族に弱いのね。でもチョウマの家族も私は好きよ」
「お菓子をもらったのがそんなに嬉しかったのか?」
「むっ、そうじゃないわよ。私をそんな安い女と思わないで欲しいわ全く。チョウマって変にひねくれてるんだから」
「あー、悪い悪い。ところで、レイリアの家はどこなんだ?」
「私の家? 商店街の方よ。ああ、でも大丈夫。ここまで送ってくれただけでも十分だから」
「そうか。だったら俺は戻るぞ?」
「ええ。今日は携帯の使い方教えてくれてありがとねチョウマ」
レイリアはまるで年上の女性のような涼しげな笑みを浮かべながら言った。今日見てきたレイリアは子供のような笑みを浮かべることが多かったので、そのギャップにドキッとしてしまう。……いかん、ちょっと今日は心乱されすぎではないのか俺。
「い、いや。それはこっちも同じだ。つうか俺の方が感謝だよ。早朝といい帰り道といいレイリアに命を助けられたからな、感謝も感謝、大感謝」
表情が緩んだのバレないようにしながら喋る。多分バレてない。大丈夫。
「か……感謝って、べ、別にチョウマを助けようと思って戦ったわけじゃないわ! たびたび邪魔をする邪犬がうっとうしかっただけで、チョウマなんてどうでもいいって思ってたんだから!」
ツンッと顔を背けて怒るように言うレイリアさん。こういう時は怒ってるのか照れているのかわからんが、照れてるということにしておこう。
「ま……まぁ、邪犬三匹に狙われてたときはちょっとぐらいは心配したといえば心配したではあるんだけど……」
ムチを与えた後のこのアメ的な甘い言葉と表情。なんかこっちまで照れてしまいそうだ。とか思うとまた怒ったような表情をしてこっちを指差してくる。忙しいなレイリアは。
「と、ともかく! 携帯の使い方をメモした私の力を思いしってもらうわよチョウマ! 今日の夜、メール送ってしまうんだから!」
「もう夜だぞ?」
「知ってるわよ! 帰ってからの夜のことよ!」
「いや、帰らなくても夜は夜だぞ」
「あー、もう! 揚げ足取りばっかりするなー!」
頬を膨らませるレイリア。いかん、レイリアをからかうのが楽しくてこのままだと凄く怒らせてしまいそうだ。この辺で自粛しておこう。
「いや悪かった、ついお前からかうのが面白すぎて」
「なっ!? チョウマのくせにバカにしてー!」
自粛失敗。思わず本音が出て火に油を注いでしまった。でも実際は確信犯、ケタケタと笑っちまってる自分がいる。
「もういいわよ、チョウマのバカ! 次は助けてなんか絶対あげないんだから!」
「いや、だから悪かったって」
「ふーんだ、チョウマなんて犬の餌になってミンチになればいいのよ」
すっかり機嫌を損ねてこっちを見てくれもしない、参ったものである。そしてミンチになってから犬の餌になるのではとか思うも、ほんとにまたあの邪犬が地獄から蘇ってそんなことしてきそうなので本当にそうなってしまったらどうしようとかいう考えが先に出てくる俺は間違いなく小者系高校生。
「わかったよ、次ミルクティーおごってやるから許してくれって」
我ながら許してもらおうとしてこの考えはないなと思う。せめて商店街のケーキとかそういう気の利いた台詞はなかったのかと自分でも思ったのだが。
「……ロイヤルよ」
「……え?」
「ロイヤルのミルクティー。それも自販機の小さい奴じゃないわ、スーパーやコンビニに売っているペットボトルの奴なんだからね」
……どうやら、機嫌を直してくれる交渉材料としてはよかったようだ。レイリアは顔をそむけながらこちらの返答をチラチラと伺っている。可愛げあるなぁ、ほんとに。
「おけー。了解しましたよ吸甘鬼さま」
「そ、そう? なら許してあげる、チョウマもちゃんと気をつけて欲しいわ、一応私は今から名を馳せていく怪物になるんだから」
ミルクティー一本で機嫌を直すような子が出来るかどうかとは思うが、きっとアイドル怪物としてなるというビジョンしか見えなかった。ある意味新種でいいのかもしれないな、アイドルクリーチャー。
「それじゃ、そろそろ行くね。送ってくれてありがとチョウマ」
「全然送ってないし、恩を言われるようなこともしてないさ。それじゃ、気をつけてな」
レイリアは頷いて、商店街の方へと歩いていった。その足取りはなんだか軽そうに見えたが、多分そう思い込んでいるだけなのかも知れない。
――甘さを好む怪物、レイリア・クォーリティア、か。本当に彼女は俺が甘くて異端を持っているだけで気に入ったのだろうか。本当の目的か何かがあったのではないか。そう思うぐらいに、彼女は懐っこすぎる。もちろんレイリア本人は良い奴だ、けれど。
……やめやめ、そんな難しい話でもないのだろう。彼女は俺を気に入った、それだけだ。別に何を思うことでもない、そこに深い理由はないのだ。世の中は複雑にシンプルに出来ているのだから。
レイリアの背が見えなくなっていく。さぁ、俺ももう帰ろう。今日の飯はなんだろうかなー。出来ればカレーがいいかもしれない。今日はカレーがかなり美味く食える気がするし。
後ろを振り向き、俺は自宅へ――って、あれ。今なんか前の方でなんか走り抜けていったような……。いや、だとしても構わないか。誰かが塾に遅れたとかそんなんだろう。
今日はこれ以上何も起きてもらいたくないし、わざわざ追うのもバカらしい。邪犬もレイリアが倒してくれたし、当分レイリア以外の怪物は現れないだろうから早々に奇怪な事件は起きまい。
……なんて考えつつも、なんかいやーな感じが付き纏うのは自分が小心者だからなのか。恐らくそうなのだろうなと思いながら、足を前へと進めてとりあえず帰宅することにした。




