9.一難去ってなんとやら
それから、数分後。決着はついた。
「あーもう、疲れたよほんとにー」
邪犬を無事打ち倒したレイリアは俺と共に歩きながらしんどそうな顔をしながら言った。
数分とはいえ、色々と物凄かった。なんというか、俺と邪犬との戦いがほんとにじゃれあってるだけに見えるぐらいに熱戦。人外同士の戦いやべーと思った。
そして戦場となっていた十字路には損害軽微。水晶ザクザク、炎ジリジリ雷バリバリ出てたのに地面が少し焦げてる程度ってのは中々奇跡的だと思っている。
後ろをチラリと見ると、今更になって現れてきていた通行人やらこの付近の住人がいた。ほんと都合いいな自己の領域ってのは。
「にしても、早朝のあれといい今といい、改めてお前って化物してるなーって思ったよ」
「でしょ? 新規の怪物として恥じない実力を持ってるって自負するわ」
ふふん、と自慢するような声で言う。言い返してやりたい気持ちもあるが、今回は俺の命の恩人だ。何も言わないでおこう。そして日に日に異端とのふれあいに違和感を無くして来ている自分にある種の危機を感じる。
「ところで、その新規の怪物ってなんなんだ? 怪物界じゃ、新しい怪物がいっぱい現れてるのか?」
「怪物界って何よ。新規の怪物って言うのはね、文字通り最近この世界に現れた怪物のこと。人間で言うなら新人社員ってとこね」
「……この世界ねぇ。まるで、異世界からやってきましたとでも言いそうな口ぶりだな」
「ふふっ、そうかもね」
「? なんだその他人事みたいな言い方」
「だって、私どこから現れたのかわからないんだもの。だから異世界から現れたとか言われても仕方ないかも、気付いたらこの町で過ごしてた感じだったし」
「ふーん、そんなもんなのか」
「うん、そんなものよ」
……なんか感想つけずらい話だったな。気付いたらここにいたなんて、ほんと異世界からワープしてきたような台詞だ。でも、それを知ったとこで異端と出会うのを回避出来る訳でもない。頭の隅にでもそのことは置いておこう。
「加えて言うなら、現在人間が知っている幻想的魔物や怪物の一部の情報を独自解釈――まぁいわば間違った解釈をして肉体に影響させ、構成する怪物も増えているみたいでね、私やあの邪犬も一緒。既存の存在から枝分かれして現れた亜種ってところかな」
「ほー。つまり、レイリアは吸甘鬼の名の通り、吸血鬼の性質を断片的に参考にして現れた怪物ってことなのか」
「うん。まぁ私の場合は何かを摂取するということぐらいしか影響されてないはずだけどね。ところでチョウマ。どこ向かってるの?」
可愛らしくこちらを蒼い瞳で覗き込むように聞いて来る。うわ、なんだこの犬みたいな愛くるしさ。ずるくね?
「えー……そりゃ、まー、自宅だ」
「えっ。自宅行くの? えへへ、チョウマの自宅に行けるなんてなんか嬉しいな」
あれ、猫口させてめっちゃ嬉しそうにニコニコしてる。なんでだ。
「あれ、もしかしてレイリア。お前うちに来る気満々?」
「だってチョウマは家に帰るんでしょう? そのまま私も帰ったら、チョウマを探しに来た意味がないじゃない」
ああ、そういやなんかそんなことを言っていたような気が。
「ん? でもなんで探しに来たんだ?」
「それはね、チョウマと遊ぼ……否! チョウマに私の凄さを教えてあげようと思ったからよ!」
こちらに指を差してレイリアは言ってきた。また頬がちょっと赤くなっている。ほんとに可愛らしい怪物だな、今度から内心でこの状態を照れイリアと呼ぼうと思う。忘れそうだが。
「凄さならさっき十分に見たんですが」
「あんなの怪物なら普通よ。それよりもこの怪物である私が、人間社会にバッチリ順応して溶け込んでいるということを教えようと思うの!」
「……順応してる……?」
携帯電話をまともに扱えなかった子が順応とは。……あ、そういえば。
「俺を探すんだったら携帯電話使えば良かったじゃないかレイリア」
俺がそう言うと、レイリアは立ち止まってばつの悪そうな顔をしたあと俺の方から顔を逸らす。……まさか。
「……お前、電話のかけ方わかんなかったのか?」
「えっ! そ、そんなことないよ! 全然無いわよ! 私がたかだか現代の電子機器とか使えない訳無いわ!」
両手を前に出して手を振って頬を染めるというその挙動は、誰がどう見てもこいつわかってないなって挙動だった。
「……なんか見た目若くて機械オンチってのも結構稀だよな」
「なっ! それは偏見よ偏見! 穿った見方はよくないわ!」
「ああ、それは悪かった。でもやっぱお前は機械オンチだよな?」
やや意地悪く返答すると、レイリアは悔しそうに歯を噛み締める。早朝でもその傾向は見られたがまさか電話のかけ方すらわからんかったとは、まぁ元が怪物だったと思えばそれも当然なのかも知れない。
返答に困っているレイリアを見ていると、突然腕を組みだして顔を背けた。
「ふんっ、わかったわ。じゃあチョウマが教えてよ。こんなにバカにしたんだから教えるぐらいしてくれるんでしょうね?」
横目でこちらを見ながら、頬を膨らませるレイリアさん。仕方あるまい、携帯のかけ方がわからなかったおかげで俺は探しにきたレイリアに助けられたのだ。それを考えるのなら全然問題などない。
「ああ、おけー。全然いいよ。簡単なのぐらいならパパッと教えますとも」
「ほんと!? 流石は私が見込んだだけあるわ! ありがとチョウマ!」
すっかり機嫌を直して照れイリアになることなく純粋な笑顔を見せるレイリア。駄目だ、純粋な笑顔って俺はすごく苦手だ。俺の怠惰な心が浄化されてしまいそう。
「それじゃ、チョウマの家にいこっか!」
うぐっ、そういえばそうだった。それを聞いて、俺は頭を悩ませる。
別に俺の部屋にやましいものがあるから入れたくない訳ではない。ただやっぱりレイリアも人型とはいえ怪物ではあるので、出来るだけウチの人間と関わらせたくないって言う奴だ。母さん以外は家族はみんな一般人だし。
――よし、場所を変えよう。携帯の使い方などファミレスでも公園でも駐車場でもどこでも教えることが出来る。レイリアには悪いが、まだお前の存在を家族に教えるわけにはいかんのだ。
「悪い、レイリア。家じゃなくて別のところで――」
「あーーっ! お兄ちゃんだーーっ!」
――幼く、古くから聞いている幼い声が後ろから聞こえた。なんて最悪のタイミング。うおお。
「あれ。後ろから誰かが手を振ってるよ? お兄ちゃん……って、チョウマのこと?」
レイリアは首を傾げている。よし、まだわかっていない。ここは即座に退散しよう。
「いや、気のせいだろう。そんなことより今から公園行って携帯大講座のはじま――」
「ダーーイビング! ジャーーンプッ!」
「うおぉっ!?」
後ろから飛びついてきた軽いものに驚いて、会話再び中断。
もう無視することは出来ない。げんなりした気持ちで後ろに乗っかっている小動物を見る。
ヘアピンをつけた、白いパーカーをつけたショートカットの背丈の小さな小学四年生にして俺の妹。橋居 兎未が俺の首にしがみついていた。
++++++
「グッ、ウウゥゥゥ……」
戦いの場となった十字路から離れて三百メートルほど。空き缶やお菓子の袋などが多く落ちているような路地裏へ、緑色の眼をさせた黒き犬――トリドレッグは傷を負いながら歩いていた。
(くっ……あの甘き白女め)
レイリア・クォーリティアとの戦闘時。トリドレッグは足を一度切断されたおかげで、そこから再生を行うことができ、九死に一生を得ながら二人にバレないよう静かに逃げ去っていた。
しかし、トリドレッグという魔なる邪犬であれど足からの再生は非常に体力を消費し、青と赤の眼の邪犬を作り出すことすら出来ない状態へとなっていた。
その悔しさから、トリドレッグは歯を強く噛み締める。その牙からは今や酸性の液も出てはいない。
(待っていろ甘き白女。そして半端な人間め。傷を癒したあと、貴様らの臓物ごと食らい尽くして――)
そこで、トリドレッグは思考を中断させる。――後ろから、何かがつけてきている。それを察知したトリドレッグは後ろを振り向いた。
「あれ。気付かれちゃったワンちゃん?」
そこには、野球のキャップを被った長い前髪で目が見えない、口元に黒子をつけた少女が口元に笑みを浮かべて立っていた。
「やだなぁ、私も自信あったのに。手負いのワンちゃん一匹にもばれちゃうなんて、これじゃあ前途多難なのかな」
少女はペロッと舌を出し、右手で自分の頭を小突く。その態度が勘に触ったのか、トリドレッグは苛立ちながら話す。
《失せろ。今ならば見逃してやる》
少女の脳内に、トリドレッグは自身の言葉を送る。それを聞いた少女は過剰に驚く。
「わわっ、何これ。もしかしてワンちゃんがこれやってるの? すごいね~、テレビ局に売ったらいいお金になっちゃうかも」
しかし、少女はおどけるだけで何も恐怖も不安も感じていない。そんな姿が、トリドレッグの琴線に触れる。
《……良いだろう。傷は癒えていないが、人間の一人でも食らえば少しは治りもよくなろう……我に出会ったことを嘆き死んで行け!》
トリドレッグは少女へ向かって走り出し、牙を持ってその無防備な喉元へと走る。
「えっ、あれ。もしかして私が食われちゃうパターンなのこれ?」
少女は邪犬に気付いて守るように腕を出すが、それは無意味。トリドレッグの鋭く猛々しい牙は無駄に出された少女の華奢な腕を喰らい千切る――。
ことは、なかった。
「っ!?」
「ひゃーっ、危ない! ピンチ! 人生最大の危機! 実はワンちゃんは危険な狂犬だったのでしたぁ!」
少女はカラカラと笑うように、トリドレッグへと発言する。
トリドレッグは驚愕する。少女がトリドレッグの牙を防ぐために差し出した左腕を、喰らい千切ることが出来なかったことに驚愕した。
(馬鹿な……人間程度に止められるほど我が牙は落ちぶれてはいないはず……!)
事実、トリドレッグの牙は酸性の液を発することが無くとも人間の手足ならばあっさりと喰らい潰すことの出来る。トリドレッグの咀嚼力はそれを実行出来るほどにあった。
しかし、現実にただの少女が左腕で自らの牙を耐え防いでいる。その事実にトリドレッグは混乱していた。
「あれ、もしかしてワンちゃん考えちゃってる? 獣のくせに、考えちゃってるんだ。――それじゃあ駄目だよ、獣は自らの感性と直感を主に頑張っていかなきゃ。思考してしまったら、四足の人間のそれと何の違いがあるかわからなくなっちゃうよ?」
少女は依然、口元をにやけさせる。そして、右手でトリドレッグの喉元を爪に食い込ませるように掴む。
「---ッガ!?」
「まぁ、でもいいや。狩るに至ってはそんな他人のことはどうでもいいよね。じゃあ、じゃあ、そろそろワンちゃんの人生を終わらせましょー」
トリドレッグが牙を少女から取ろうとする。しかし、牙は少女から離れない。もがけばもがくほどに少女の爪が喉元に食い込む。
《な……なん、なのだ貴様は……!》
トリドレッグは表情を悶えさせながら少女に問う。少女は、隠れた前髪から目を露出させ、見開いて答えた。
「――私は、人ならざる獣。狩るべきことが私であって、私であることが狩人なの。ばいばいワンちゃん、運が無かったね」
少女は歪に笑う。トリドレッグに最早勝機はなく、生きるすべもない。
自らを侮りながら殺す少女をトリドレッグは血走りながら睨む。だが少女はそれすら心地よさそうに――トリドレッグの喉元を、潰した。
少女は潰した後、トリドレッグをゴミを捨てるかのようにぞんざいに投げ捨てる。レイリア・クォーリティアとの戦いで力を使い果たしたトリドレッグに蘇る力はない。そんなトリドレッグが死の間際に見たものは
――同じ、獣の爪であった――。
そうして、トリドレッグは消滅する。再戦することも叶わず、無情に消えていった。
「あれ、消えちゃった。もしかしてワンちゃんは魔法の国の犬だったのかな? おっしいな、無傷で戦ってたらいい狩り合いになってたかも知れないのに。……んー、まぁそんなのどうでもいっか。それじゃ、いっちょ狩人になっていきましょうかー!」
少女は気持ちを切り替え、流行の歌の口笛を吹きながら曇り空の町を歩く。
現代を歩き、全てを狩り行く狩人として。




