0.いたんとしょうねん
たすけて。
それが、奴に追われて追い詰められた小学生時代の俺の心からの言葉であった。
今でもはっきりと覚えている。蛍光灯のように赤く光る鋭い目、身体から縦に引かれている緑の蛍光した線。そして、車三台ぐらいが縦に並んでも足りないほどの大きく長い、黒色のコブラ。そいつは俺を食べようとしているのか、舌をチロチロと出してこちらを伺っていた。
圧倒的に巨大で、殺されるかもしれないという恐怖を感じ、俺は声を出すことも出来ずにただ震えていた。
後ろには壁。それも路地裏。逃げ場なんて存在しない。
恐怖と共に、悔しさがこみ上げてくる。
どうして、こんな怪物に追われなきゃいけないんだ。どうして、この身体は全く動いてくれないんだ。どうして、殴ることすら出来ないんだ。
俺は、歯を食いしばろうとしても恐怖で震えて歯をカタカタと鳴らしていた。最早恐怖で膝も震えて動けない。そして、黒いコブラはそんな俺を見て安全を確信したのか、牙を向けてこちらへと――。
「ちょいとタンマ」
聞き覚えのある声が、昔の俺の耳に入ってくる。黒いコブラも動きを止めて、声のした方向を向く。
「そこのヘビかロープ。私の息子に何してくれようとしてんの」
その剣で刺すような鋭い声は、いつも聞く怒鳴り声でも電話のときの声でもご飯を作ってくれた時に呼ぶ声とも違う。けれど、俺は知っていた。その声を聞いて、俺は思わず声を出した。
「かあ……さん……?」
茶色の長い髪。三十代ながら二十代のような若い顔、けれどどこか年相応を思わせるような不遜な態度を見せる人物――俺の母さんが、そこにはいた。
俺の呟くような言葉を聞き取ったのか、母さんはこっちを向いてニカッと笑う。
「ちょっと待ってなさいね鳥馬。今日の晩御飯はアンタの好きなカレーだから」
この場にそぐわないような言葉を吐く母さんに反論しようとする。けれど、黒いコブラは排除すべきは母さんなのだと察知したのか、頭を母さんの方へと向ける。
ガキの俺でもわかっていた。あの怪物は子供とか大人とかそういうのは関係ない。人間じゃ絶対に勝てないものなんだって。だから、泣いて出しにくい声を無理矢理出して、逃げて、と叫ぼうとしたときだった。
――光が、怪物を撃破したのは。
思わず、呆然としていた。
何が起きたかさっぱりわからない。あの巨大なコブラが一撃で、赤く光る何かに当たった瞬間に爆発してしまったのだ。
それを出したのは間違いなく母さんで、だからこそ余計に混乱していた。けれど、それを見て、頭ではわかっていないくせに俺は答えを口に出していた。
「……すげぇ……」
そう、それが答えだ。何が起こったかはわからないが母さんが怪物を一撃で倒した、それが当時の俺の答えであり、もっとも適切な言葉だった。
そして、不思議な力を使って倒す人間を、俺は知っていた。現実じゃなく、ゲームの世界で知っていた。
その知識から当てはめると、母さんは――――魔法使い、であった。