それでも僕等は帰ってきた
この作品は前作『ゾンなめ。』の後の話という位置づけになっております。ですのでお手数ではありますが、そちらから読んできていただきますと「ああ、そうなんだ」と思ってもらえるはずです。
また、そういう理由から前作のラストから始まっております。
つまり前作のネタばれといいますか、そこから全力を出しております。読んでしまった後で「ネタばれじゃねーか」とならないよう、ご注意ください。
夜の帳が下りてから、もう随分になる。
闇夜の中の町は寝静まっていた。
いや、そうではない。
ライバー邸の一角、居間から洩れてくる明りからはなにやら人の声があがっている。それは町の静寂があるからこそ、余計に不快な騒音とも言えなくはなかった。
2階の自室を出たグリフィン・ライバーことグリフはひとつため息をつく。
それまで眠っていたのだろうか、寝間着にガウンをはおったその姿には不思議と貫録を感じさせる。そして、その太めの身体からは想像しがたいほど早足に音を立てることなく静かに階段を下りていった。
居間からは複数の男女の声が聞こえてくるのがわかる。
「………。」
無言で移動を続けるグリフの顔は無表情であるはずだったが、どこか痛みに歪んでいるようにも見えた。
バタン!
突然、目の前の居間の扉が開くと、中からもつれあうように人が廊下に飛び出てきた。
「うひひひっひひっひひひ。まだいけんぞー、くそったれー。」
なにがおかしいのか、崩れ落ちた方の女性はそんなことを言っている。
「なにやってるんです。若い娘が、まったく……。」
そう言って慌てて屈んで助け起こそうとするのは人の服を着た犬顔の獣人であることがわかる。
ふぅ、それを見て再びグリフはため息をついた。
この表れた女性達だが、酔っ払っている方がファーギーという。本名は知らないし、本人も語ろうとしなかった。そして呼び名があるならと、この一家も特に彼女の過去を探るような真似をしなかった。
自称、流れ者の傭兵ということで数ヶ月前に雇い入れたライバー家の護衛である。
ここしばらく、彼女は昼夜問わずにフル稼働状態のせいもあるだろうか。イライラしっぱなしだったが、どうやらとうとう壊れてしまったらしい。
すっかり気が抜けたか、貴族の家に並ぶ酒と楽しく友情を語り合ったようで、御覧の通りご機嫌であった。しかし、この様子では明日の彼女はきっと大変なことになるだろう。
「ほらっ、部屋までいきますよ。がんばって、ほらっ。」
ファーギーにそう声をかけながら甲斐甲斐しく、しっかり立たせようと世話を焼いている獣人の女性の名はレイラ。娘のエリーと共に、長年このライバー家のグリフに使えてきたメイドである。
「レイラさん、手伝おうか?」
「ああ、坊ちゃん。いいんですよ、これくらいなら。それよりも中でご当主が…。」
「ククク、クフッ。」
再び笑い声を洩らしながら、立ち上がりかけたファーギーはよろめいてグリフの胸へと少しわざとらしく倒れ込んでいく。
「ちょっとっ!」
「おい、大丈夫か。」
2人に声をかけられるが、それに答えないままトロンとした目をグリフに向けてファーギーは突然
「ありゃ?このブタ野郎めっ。ようやくこのあたしの魅力に降参したのか?」
「…なに?」
「うひひひひっ、いーよー。足腰立たなくなるくらい、今夜はあたしが相手してやるってばさー。」
「まっ、なにを言うかと思ったら。まだ嫁入り前の娘の癖にっ!」
そういうと、扱いかねて硬直しているグリフにしがみつくファーギーをレイラが引き剥がすと、肩を貸してさっさと階段の方へと引きずっていってしまった。
(ま、たまにはね。こういうことがあってもいいだろ。)
2人の後ろ姿が廊下の角を曲がって姿を消すまでグリフは見送ると、いよいよ居間へと入っていった。
居間ではグリフに背を向けて椅子に座る老人と、その傍らに困った顔で控えているレイラの娘のエリーがいた。グリフは早速彼女に向かって目で「もう、いいから」と合図を送るとひとつだけうなづいて足早に部屋から出ていった。
きっとあのファーギーの様子が心配で母の様子を見に行ったのだろう。
老人に近づくと、そのまわりに転がっているボトルの数々がはっきりと見えてきた。
「………。」
お互い、未だに顔を見合さないし言葉もなかった。
おもむろにグリフは足元に転がっていた瓶を取り上げた。
「カボネ?知らないな。タンジェネ。ふむ、親父殿がそんなのもってたような。これは……ローリン!こりゃ高いやつだね。」
「わしらの負けじゃな……。」
ひび割れたように老人が声を上げると、グリフは転がっているボトルを読み上げるのをピタリと止めた。そして、暗がりにあったその顔はさらに闇が濃くなったかのように見えた。
「なぜこうなってしまったのか、もうどうにもならん。」
力なくつぶやく老人に近づくと、グリフはそっとその腕を持ってたたせようとした。それは自室に行こうという意味があったが、祖父は孫のその手を力はないが振り払って拒否する。
そして、「フィン、そうだ。フィンはどうしている?」と聞いて来た。
フィン - とはグリフの弟で名をフィンレイ・ライバーという。ここ数日、こうなるのではないかもしれないと思ったから、この兄はメイド達と謀って弟の友人の家に泊りこませることにしたのだった。
「あいつなら昼に友人の家に行くと言って大喜びで出かけたじゃないか。早くても明後日まで戻ってこないよ。」
自分を見上げる祖父の姿は、いつも以上に小さく見えて。そこになんとなく怒りと悲しさを感じながらも、この孫は優しくそう答えた。
そして、同時に考えなくてはならなかった。
(仕方がないな、まだ早いと思ったが。)
今までの方針を転換しなくてはならないことは、はっきりしていた。
だからこそ、祖父はこうして柄にもなく酒瓶をお供にして嘆き悲しんでいる。まぁ、あの馬鹿女がそこに加わってしまったことも原因の一つではあるだろうが。
すぅ、と今度は大きく息を吸って落ち着かせると。グリフは祖父に向かって
「なぁ、じいちゃん。実はさ、ひとつ相談というか。計画があるんだけど。聞いてもらえないかな?」
再び孫を見上げる老人を元気づけるように、力を込めながら
「きっと気にいって貰えると思う。どうかな?」
さっそく目に力が戻ってくるのを見て(ホント、元気なんだから)とゲンキンさに苦笑しながらどこかでほっとしていた。
近くにあった椅子を引きずってくると、それに座り。膝を突き合わせようとグリフは自分の考えをゆっくりと述べはじめた。
この夜、ライバー邸の居間の明かりはそれからも明け方まで消えることはなかったという。
そして、数か月の時が過ぎることになる。
季節の変わった三国連邦の田舎町、ガリランドに彼等ライバー家の住人はもう、いなかった。
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