第10話 情熱の薔薇
いったいどれくらい伸びていただろうか。
ふと気がつくと、
「ちょっと君、だいじょうぶ?」
壇ノ浦のお母さんに背中をゆすられていた。
「しのぎから、急におなかの調子が悪くなったって聞いたけど……病院いく?」
「いえ、もうだいじょうぶですから……」
「そう……。じゃあ、家まで送っていってあげるから。クルマに乗りなさい」
壇ノ浦はそれなりに手加減して打ってくれたのだろうけど。ボディーへのダメージはまだそこそこ残っていたので、オフクロさんの厚意に甘えることにした。
明日から東北でライヴツアーだという峰子さんの古いランクルは、様々な打楽器で後席も埋まっている。
俺は少々の気恥ずかしさを隠しつつ助手席に座った。
「ごめんなさいね挨拶にも来ないで、あのコったら……。
学校でも無愛想でしょう」
「……ええ、まあ……」
「小さいころは、歌うのが好きな明るい子だったんだけど。
あたしと遊矢が離婚して、この家で暮らすようになってからは……」
道中、峰子さんは、壇ノ浦のことを色々教えてくれた。
「あたしたちへの反発……なのかな。剣術にのめりこんじゃって。口調まで変わっちゃって」
「ああ、なんか、サムライ的な」
「ゴザルとか言いだしそうで怖いわー。
まあ、お祖父ちゃんの影響なんだけど」
笑いつつ、峰子さんはカーステレオを操作した。
流れてきた曲は――。
「デザイアローズ! 俺、大好きです。この曲……」
「あの子も大好きで。
小さい頃はよく歌ってたわ。あたしがリズム練習してる横で。楽しそうに」
「ああ、それで……」
「ん?」
「壇ノ浦さん、リズム感、めちゃめちゃ良いから」
「ふふ。そうね。素振りの音聞いてたら正確すぎて笑えてきちゃう。
ベースの腕はどうなの?」
「えーっと……なんていうか……テンポが正確です」
「ふふ。そう。
あの子が貯金はたいてベース買ってきたときは、すごく嬉しかったな。
遊矢ともセッションできたみたいだし。ほんと、よかった……」
ささやいた声が、少しかすれている。
急に会話が途切れてしまった。
次の曲が始まったあたりで沈黙に耐えられなくなり、俺は口を開いた。
「……プロミュージシャンとしては……。
やっぱり、娘にも音楽の道を、ってかんじですか」
「……そうねぇ」
一瞬、小首をかしげ、
「プロになるならないは別にして。音楽続けてくれたら嬉しいな。
『絆』なわけじゃない。私たち家族の。いなくなった人との」
峰子さんは明るくそう答えた。
だったら、やっぱり――。
壇ノ浦は、軽音部に帰ってくる。
そんな確信がわいてきた。
だがしかし。翌日、壇ノ浦は来なかった。
体調不良で欠席。学校そのものをお休みだ。
マジっすか……。もしかして俺のせいっすか。というか絶対俺のせいだろ。
思えば――。
結局のところ、俺は、「一緒に音楽をやりたい」というエゴをあいつに押しつけただけだった。
父親を亡くしたばかりの16歳の少女に。
自分勝手だった。無遠慮で無思慮で短絡で……。
授業中も休み時間も、壇ノ浦の席をチラ見しては溜息をつき、頭を抱えて懊悩する、ということの繰り返し。
そうだ。こんなときは身体を動かそう。
全力でドラム叩いたらきっと何もかも忘れられる。
放課後になるとダッシュで職員室へ鍵をとりに行き、一番乗りでスタジオに入った。
防音室は沙耶のバンドが入る予定だったが、解散したので空いている。
沙耶置いてドラムセットに向かい、セッティングもそこそこにハードコア全力演奏開始ぃ!
「うおおおおぉぉぉぉぉ~っ! くれないだあああぁぁぁぁ~っ!」
沙耶のツインペダルで16分をバタバタ踏みまくり、超高速のリズムを刻んだ。
30秒で足つったーっ!
声にならない声をあげつつ俺が床の上で悶絶していると、不意に防音ドアが開いて見知った顔が入ってきた。
「よくよく床の上で悶えるのが好きな男だな貴様は」
「だっ……壇ノ浦……!」
スタジオに入ってきたのは、まちがいなく壇ノ浦しのぎだった。
制服姿に、鞄は持たず、肩にベースを担いでいる。
「おまっ……なんで……! 体調不良で欠席じゃなかったのか?」
「ああ。一寸腹に据えかねることがあり、一日中部屋に籠もっていた」
言いつつ、壇ノ浦は巨ベースをケースから引っ張り出し、チューニングをはじめた。
見れば、指に巻いた絆創膏が血まみれだ。
「お前……もしかして、昨日からずっとベースの練習……」
「“細かいフレーズ端折って8分刻むだけの、小学生でもできる大雑把でテキトーなベース”と言ったな」
シールドをアンプにブチこみ、ベキベキと弦を弾いてから、壇ノ浦は不敵な笑みを浮かべてつぶやいた。
それは初めてのセッションで何度やってもできなかったフレーズだった。
「撤回させてやる」
「そうきたか……」
ドラムセットへと戻りつつ、俺は心の中で快哉を叫んでいた。
沸き上がる感情は様々だが、つまり、要するに――。
やっぱ、ロックって最高。
そして、お前、最高。
最高だぜ、壇ノ浦しのぎ。
いや……壇ノ浦しのぎちゃん!
「ん? 何か言ったか?」
「いや、別に。じゃあとにかく、合わせてみるか。
ワン、ツー、スっ……」
スリーと言う前にドアが開き、
「どけ、ヘタクソ!」
乱入してきた沙耶に蹴飛ばされ、椅子から転がり落ちた。
「おわっ!? いきなり現れて蹴飛ばすって、いったいどういう……」
「抜け駆けすんなっつーの。ベースが欲しいのはあんただけじゃないんだから。
そもそもあたしと被るからドラムだけはやめとけって言ったでしょ~。
あんたはおとなしくギターでも弾いてなさい」
勝手なことをほざきつつ、沙耶はドラムのセッティングを自分用になおしてゆく。
無茶苦茶だ。
理不尽だ。
「……壇ノ浦、なんとか言ってくれ」
「ギター弾けるんだったらギターやればいいだろ。編成的にちょうどいい」
「いや、あの……。
何事にも中途半端な俺が、はじめて本気でやりたいことを見つけたっていう……。
話の流れ的に、ですね……」
俺のきわめて主観的な陳情に対し、
「知らん」
「甘えんな」
二人とも容赦がない。
途方にくれていると、壇ノ浦が面倒くさげに立ち上がり、スタジオに置いてあるテレキャスターを俺に押しつけた。
「貴様が本気でやりたいのは、ドラム叩くことか。
私と一緒にバンドやることか。どちらだ」
少し恥ずかしげな怒った顔。
にべもなく、
「後者です」
答えた俺に、壇ノ浦は会心の笑顔を向けた。
「ならば、是非もない」
勝ち誇る沙耶を恨みがましく睨みつつ、シールドをマーシャルのアンプにセッティング――。
しようとしたその瞬間、また蹴られた。
「どけ、ヘタクソ!」
「おぶっ! ……ほっ……本能寺さんっ!?
あんたもいきなり現れてケツ蹴るとか……なんなんすかっ!」
振り返ると、肩からストラトを下げた本能寺ナギが、スケバンチェーンのようにビュンビュンとシールドを振り回している。
「なんなんすかじゃないだろう。
マーシャルはリードギターが使うものと決まっている。
サイドギターの君はそっちのホトケジェニックを使いたまえ」
などと勝手なことを言い、本能寺さんはセッティングにかかった。
「壇ノ浦ぁ……」
「鴨葱じゃないか。問題ない」
そのあっさりした一言で決定だった。
決定してしまった。
ベース・壇ノ浦しのぎ。ドラム・長久手沙耶。リードギター・本能寺ナギ、サイドギター・俺こと小牧タケシ。
それが、まだ名前も、それどころか誰がボーカルをやるのかすらも決まっていない、我がバンドのメンバー。
腑に落ちない点は多々あるのだが……。
「ふぁっきゅー……」
控えめに毒づきつつジッサイ安いほうのアンプへシールドぶっこむ俺に、壇ノ浦が、沙耶が、本能寺さんが、それぞれの笑顔を向けた。
そして始まる。
これから長年にわたり、幾度もケンカと仲直りを繰り返しながら、何百曲、何千曲となく一緒に音を奏でることになる俺たちの――。
最初の一曲。
「one, two, three, four!」
おわり
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