第十八話:遼の悲しそうな声
その日、私は遼の唇の感触を思い出す度に、唇をゴシゴシとハンカチで拭いた。
初めてのキスが……あんな冗談半分にされたのがショックだった。
私だって、普通の女の子なのよ。
ファースト・キスは、ロマンチックにしたいじゃない!
それを、それを……あの顔面凶器男は!!
思い出して、涙が止まらない。
……悔しいのは、キスが嫌じゃなかったことだ。
遼は、私の感情をかき乱す。
私が好きなタイプは、あんな烈火みたいな奴じゃない。
竜みたいに、穏やかで優しい人が好きな筈なのに……。
顔面か?
あの整った顔面に弱いのか?
私、しっかりしろ!
自分で自分の頬を、両手でペチペチ叩く。
誰かに惹かれそうになる度、桜の花吹雪と、遠ざかる先輩の後ろ姿を思い出す。
もう二度と……、あんな思いをしたくない。
だから……、誰も好きにならないって決めたじゃない。
それなのに……、遼に振り回されてドキドキしている自分に腹が立つ。
しかも遼、一度ならず何度も人にキスしやがって!!
明日、絶対文句言ってやる!!
どうせ遼のことだから、明日、飄々とした顔で現れるに決まってる!!
悔しさや悲しさや……色んな感情が入り交じり、泣きながら枕に八つ当たりした。
……そして、疲れて寝落ちしたみたいだった。
(誰? 子供か! ってツッコミした人)
ふと、目覚めかけた時、ドアがノックされた。
ゆっくりとドアが開く気配がして
「みぃ?」
遼の声が聞こえた。
(げぇ! 遼だ! 今は話したくないから、このまま寝たフリ寝たフリ)
ウトウトと……半分覚醒しながらそんな事を考えていると、遼が部屋に入って来たじゃない。
何かしたら、噛み付くか頭突きしてやる!!って思っていると、ベッドに腰掛けたらしく、腰の辺りのベッドのスプリングが音を立て沈んだ。
「みぃ? 寝てるのか?」
そっと、遼の親指が私の瞼を優しく撫でた。
その後、しばらく沈黙が続き、遼の手が私の頬に触れた。
(まさか……寝てる私に、キスするつもりじゃないよね!)
顔が近付いて来たら、頭突きしてやる!
夢うつつで悪態をついていたその時だった。
「こんなに唇が腫れるまで擦るなんて……バカだな」
ポツリと遼の声が降ってきた。
そして私の唇に遼の親指が触れると
「そんなに嫌だったのかよ……俺とのキス」
そう呟いた遼の声が、やけに悲しそうだった。
重い瞼を少し開けると、酷く傷付い顔をした遼が見えた。
(え───)
遼はそう呟くと、立ち上がって部屋を後にした。
私は遼の声と表情に頭が真っ白になり、意識がはっきり覚醒した。
ドアが閉まった瞬間、思わず飛び起きた。
遼が触れた唇に触れ、ドキドキと激しく脈打つ心臓を落ち着かそうと深呼吸した。




