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第27話:千里眼と呼ばれる少女

 大陸北部、死人族の国「ファルン」と「西の魔王」の版図に挟まれ、絶え間ぬ戦火に晒されている鬼人族の小国マキア。この国は豊穣の神ランドグリーグを篤く信仰する宗教色の強い国家であり、その過酷な立地ゆえに、国民は皆一様に強靭な肉体と武闘を尊ぶ気風を持っていた。


 そのマキアの王城の片隅、日の当たらない離れで一人の少女が静かに空を仰いでいた。

 名は、ココネ。


 彼女はマキアの王と、名もなき妾の間に生まれた不義の子であった。王の血を引き継ぎながらもその出自ゆえに表舞台に出ることは許されず、戸籍すら持たない「存在しないはずの王女」として育てられた。


 彼女には、生まれつき光がなかった。

 両の目は白濁し、世界を形として捉えることはできない。しかし、その代わりに彼女は万物が発する「魔力の色」を視ることができた。


「……今日の色は、どす黒い。西から、血の混じった風が吹いている……」


 10歳に満たない少女の呟きを聞く者は誰もいない。彼女はただ、王家が管理する戦士育成組織一刻いっこくへと放り込まれた。そこは、王家の影として汚れ仕事を担い、死と隣り合わせの任務に従事する修羅の庭であった。


 「一刻」での生活は過酷を極めた。視力のないココネは、当初は「役立たずの盲目」と蔑まれていた。しかし、彼女には隠し通してきた真の才能―「祝福」があった。


 ある日、演習中に彼女は「視た」。

 数キロ先、森の奥深くに潜んでいた魔王軍の斥候。その心臓が放つ独特の拍動と、禍々しい紫色の魔力。彼女が指を差した場所に一刻の部隊が突入した結果、壊滅の危機を免れたのである。


「……そこに、悪い色がいます」


 その報告を受けた「一刻」の隊長であり、マキアの第二王子ヴェルサ・トゥーレム・ゲルムドは、彼女の瞳の中に潜む異常なまでの探知能力に目を付けた。


「面白い。盲目でありながら、数里先の脅威を特定するか。ココネ、貴様は今日から私の直属だ。貴様の瞳は、我が国を脅かす全ての芽を摘み取るための千里眼となれ」


 冷酷な野心家として知られるヴェルサは、ココネを徹底的に鍛え上げた。

 彼女は「重要人物の発見」という任務を与えられる傍ら、自衛のための剣技を叩き込まれた。視えないからこそ、空気の震え、土の振動、魔力の揺らぎだけで相手を斬る。その剣は、やがて音を置き去りにするほどの鋭さを帯びていった。


 齢12歳を迎えたその日。

 マキアの守護神である豊穣の神とは別に、彼女に異質な「祝福」が舞い降りた。凄惨な戦場に身を置き続け、ただ効率的に「色」を刈り取る彼女の在り方が、戦いの神の目に留まったのである。


 それは、単なる身体能力の向上ではない。ココネに授けられたのは、戦士としての力量を人知の及ばぬ領域へと押し上げる超常の力――【武神の祝福】。そして、それに付随する固有スキルであった。


 その瞬間、彼女の「視える」世界は絶望的なまでに拡張された。

 ひとたびスキルを発動させれば、魔力の色だけでなく、因果の糸、敵の筋肉の弛緩、次の一手の予兆までもが極彩色のグリッドとなって脳裏に焼き付く。


「……あ、……全てが、止まっている……」


 相手が剣を振り下ろすコンマ数秒前、彼女の視界には既に断ち切られた後の残像が映る。武神の力は彼女の神経系を加速させ、最小限の動きで急所を貫く最適解を強制的に出力させた。


 14歳になる頃には、ココネは一刻の中でも最強の部隊である討伐部隊の編成に、最年少で抜擢されるまでの実力者に成長していた。彼女はもはや守られるだけの少女ではなく、ヴェルサの手足として、国家の不利益を冷徹に排除する動く精密探知機となっていた。


 しかし、彼女の心は常に凪いでいた。

 自分の血、自分の力、そして自分を駒としてしか扱わない兄・ヴェルサ。スキルによって解析されるそれらは、全てが魔力の色と数値という無機質な情報に過ぎなかったからだ。


 だが、その絶対的な「凪」が、唐突に破られたのは、ある晴れた日の午後だった。


 ココネはいつものように、王城の塔の頂上で大陸全土の魔力を観測していた。

 彼女の視界は、はるか南側の大陸、レイネシア王国を捉えていた。


 そこには、天を焦がすほどに猛々しく、暴力的なまでに強大な黄金の魔力があった。レイネシアで封印されたかつての支配者、焔竜えんりゅうンゴンゴ。この世の頂点に立つ竜王の一角であり、その咆哮一つで山を噴火させるほどの存在だ。


 だが。

 その燦然と輝く焔の光が、何の前触れもなく消失した。


 ココネは即座に、武神より授かったスキルを全開にした。だが、武神の力を持ってしても、そこにあるはずの勝利の因果も死の予兆も読み取れない。


「……消えた? いえ、……塗り潰された?」


 黄金が消えた中心地に、彼女は「視て」しまった。

それは、魔力と呼ぶにはあまりにも低俗で、しかし不気味なほどに強固な粘りつくような黄色の澱み。


 それは、死人族の「死の色」でもなければ、魔王の「闇の色」でもない。

 強いて言えば、世界のゴミを煮詰めて、そこに悪意ある落書きを重ねたような色。


 その色は、最強の焔竜を何らかの手段で無価値なものへと変え、存在を抹消したあと、数か月の時を経て突如としてドラシール竜王国に出現した。そして、ついにはこの中央諸国連合の領域内へと侵入したのである。


 数日後。ココネは震える足取りで、ヴェルサ王子の私室を訪れた。


「……報告します。……南側大陸、レイネシア王国の焔竜ンゴンゴが消滅しました。そして、その原因となった人物が……現在、この連合内に潜伏しています」


 ヴェルサは、書類を置いて顔を上げた。


「焔竜ンゴンゴが消えただと? ……あの、山そのものとも形容される化け物が、西の魔王の手にかかったというのか?」


「いえ、……異なります。その者の名は、……なんJ民」


「なんだそれは。部族の名か?」


「わかりません。ですが、……異常なんです。私は今、スキルを発動してその者を特定しようとしています。……ですが、視えない。いえ、存在していることは確信できるのですが、正確な座標がどうしても定まらないのです!」


 武神の祝福を受けたココネが位置を特定できない。それは、この世界の戦いの理が通用しないことを意味していた。


「……私のスキルは、相手が放つ魔力を辿ります。ですが、そのなんJ民という存在は、物理法則を嘲笑うかのようなぬめりを纏い、世界の観測から意図的に外れている……。まるで、世界というシステムの中に紛れ込んだ、正体不明の何かです……!」


 ココネの視界の中で、その緑色の影は、ある時は酒場に、ある時は街道に、同時に複数の場所に存在するように揺らめき、彼女の精神を激しくかき乱した。


 ヴェルサは、立ち上がった。その顔には冷酷な笑みが宿っている。


「武神の眼を欺く何か。……それがこのマキアに牙を剥くなら、放置はできん。何より、あの焔竜ンゴンゴを消し去るほどの脅威、先にこちらが仕留めて、その力を解明すべきだ」


 ヴェルサは、壁に掛けられた黒鉄の剣を手に取った。


「ココネ。貴様が特定できないのなら、特定できるまで周囲ごと追い込むのみだ。一刻の中から、指折りの実力者を集めろ。……最強の竜王をゴミのように扱ったその黄色の災厄を、我がマキアの露と消してやる」


 こうして、ココネを筆頭とした、マキア最強の武闘派組織「一刻」の討伐部隊が結成された。

 ターゲットは、今この瞬間もどこかの酒場で、水で薄めた酒を飲みながら「期待値マイナスやんけwww」と毒づいているであろう、一匹のカエル。


 ココネは、白濁した瞳を南の空に向け、密かに誓った。

 あの不快な色を、私の剣で、この世から消し去らなければならない。それが、世界を正常に保つための、唯一の道だと信じて――。

どうも作者です。あまり自我を出さないようにしていましたが、あとがきを書かせてください。この章の構想を練るのに1年以上かかりました。納得のいく結末を書くためにあらゆる試行錯誤を重ねております。かなり長くなる章になりますが、よろしくお願い申し上げます。

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