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第25話 襲撃は旅の途中で<ローザ視点>1



その日。

ローザ達は同行を頼んでいたアッシュと共に、襲撃を受けた。


「ゲハハハハハッ! 今日はツイてるぜ!」

「女だけの冒険者パーティなんて、久しぶりだなぁ!」

「どいつもこいつもイイ顔とカラダをしてやがる!」

「あぁ! 5人とも、めちゃくちゃ上玉だ!」


 王国の国境付近。辺境とも言える土地。

 夕闇が迫る木々の間に、下卑た男達の笑い声が木霊する。


 山裾を通るこの道は、山の斜面に広がる森の中を進んでいくためのもので、街道からも外れている。馬車が通れる程度には舗装されているものの、やや荒れた山道が、半ば木々に飲み込まれつつあるといった風情だった。


 商人が馬車を通すならば、間違いなく護衛として冒険者を雇うような道だ。


 街道から外れて森や山を抜ける時には、山賊や野盗の類に備えるのは商人たちの常識だが、それは冒険者にも当てはまる。


「顔とカラダだけじゃねぇな。着てるモンも良さそうだ」

「あぁ。全部高く売れそうじゃねぇか」

「アイテムボックスの中身も期待できるんじゃねぇの」

「装備も魔導具も、何なら死体でも売れそうだぜ」


 物騒で遠慮のない男達の言葉の端々には、他者の人生を面白半分に踏み躙り、奪い、乱暴に金を稼いできたような者たち特有の、残酷な興奮が滲んでいた。


 集団で人間を襲うことに慣れている様子の彼らは、冒険者らしい軽装で、苦悶の表情が象られた悪趣味な仮面で顔を隠している。


 仮面の男達の数は、ざっと見て15、6人ぐらいだろうか。効率よく悪事を働くための悪党集団としては、それなりの人数である。

 

 『女5人のパーティ』と口にしている者がいるので、恐らくはアッシュのことを女の子と見間違えている。つまりは、ローザ達が女性冒険者だけのパーティだと見て襲ってきているのだ。


 男達はただの盗賊や野盗ではない。

 冒険者を狩ることを専門にしている冒険者――“レイダー”のようだ。


 彼らは職業的な略奪者であり、襲った冒険者の装備や戦利品を奪うだけでなく、積極的に命も奪う。その過程で残忍な暴行を加えることも多々ある。


「じゃあ、さっさと剝いちまうとしようぜ!」

「やべぇやべぇ、もう勃ってきた」

「最近はデカい街の淫楽街にも行けてねぇからな」

「ああ、もう我慢できねぇよ」


 ゲラゲラと下品に笑い合う男達の気配は、餌食を前にした肉食獣が、生臭い涎を一斉に垂らしているかのようだった。


 普通の冒険者だったなら、この空気に飲まれてしまってもおかしくはない。夕暮れの迫る森の中で逃げ場を失い、大いに怯むかもしれない。


 だが、残虐なレイダー達に取り囲まれていても尚、ローザは恐れよりも苛立ちを感じていた。


ローザの傍では、ゴキゴキと首を鳴らしたカルビと、小さく舌打ちをしたネージュが恐ろしく低い声を発した。


「あぁ~……。やべぇ……。久々にマジでキレそうだぜ……」


「えぇ、本当にね……。私も久しぶりに、本気で苛々としているわ」


 2人は装甲服を着込んでいる姿で、まだ武器も取り出していない。だが、それでも十分過ぎるほどの威圧感を醸し出し始めている。


 エミリアは片手でガリガリと頭を掻きながら、「すぅぅぅううううううううう……ッ!!」と大きく息を吸い込み、「んふぅぅううううううううううん……!」と力強く吐き出す。


 深呼吸により自分を落ち着かせようとしている様子だったが、失敗したようだ。


「せェっっ……かくゥゥ……ッ!!」


 その声音には、これでもかと言うほどに怒気を含んでいた。


「せっっっっ……――かくアッシュさんがァァァ! こォォォの私のためにィィィ! ビィィィィフシチュゥウウウウウを煮込んで下さっているというのにィィィ! それを邪魔するとはァァ、本当にシバキ倒しますよォォォオララララァァァァァァァン…………!?」


 山道を抜けるために、エミリアも普段のドレス風の装甲服ではなく、できるだけ肌の露出を抑えたものを着込んでいる。同ブランドの装備品らしく、やはり漆黒を基調にしており、重厚感と高級感に溢れているのは変わりない。


「後をつけられていたのでしょうか……? すみません。気付きませんでした」


 杖を手に周囲に視線を巡らせたアッシュは、落ち着き払った声で小さく呟いている。


「ん~……。多分だけど、私達がここで夜を明かそうって足を止めたのを、向こうが見つけたんだと思う」


 ローザは小声で応じて、アッシュと視線を交わした。


 ……まぁ私達はともかく、アッシュ君に気付かれずに後をつけてくるなんて無理なんじゃないかな……、というのが素直な感想ではある。


 何度か同行して貰っているから分かるのだが、単純な強さや戦闘センスだけでなく、アッシュは眼も耳も抜群にいい。遠くから魔物の気配を探ったり、ちょっとした物音にも鋭く反応してみせるのだ。


 ちなみにアッシュは先程まで、持ち運びのできる小型の魔導コンロの上に鍋を置いて、シチューを作っているところだった。


 端的に言えばローザ達は、野宿の準備中にレイダー達の襲撃に遭っている、という状況である。


 カルビとネージュは虫払い、獣除けのシール型の魔導具を設置している途中だった。エミリアとローザも、山道から少しそれた場所に、野宿用の魔導具カプセルを組み立てようとしていた最中だった。


 他の通行人がいた場合も邪魔にならないように気を配りながら、こうした手間のかかる準備も一段落。少し早いが夕食として、アッシュが調理してくれたシチューを一緒に食べようと皆で話をしていたのだ。


 アッシュの料理スキルはなかなかのもので、それなりに調味料や具材を揃えれば、手際よく美味しいものを作ってくれる。


ローザ達も料理自体は手慣れているが、味という点ではアッシュには敵わなかった。


 ギルドから半ば強制的に受けることになった『この依頼』の道中でも、アッシュが作ってくれた温かい料理は、何度もローザ達を癒してくれた。


 ローザだってお腹が空いていたし、くつくつと煮込まれているシチューからはいい匂いがするし、かなり本気で夕食を楽しみにしていた。


だから、それを直前で邪魔された怒りは大きい。


 いや~……、割と本気でムカつくな~……。


 頭に血が上ってはいたが、ローザは冷静にレイダー達を観察する。


 あのレイダー達の中に、魔術士か魔導士が混ざっている可能性は高いとローザは睨んでいた。あの余裕は、頭数の優位だけでなく、魔術的な高火力を持っているからこそに思える。


 ……これはやっぱり、秘密兵器の出番っぽいかな。


 ローザが胸の内で、そう呟いたときだった。


「……私とアッシュさんだけの、親密で濃密な、甘く蕩けるような時間を邪魔したことは万死に値しますしィィ? 本来ならァ? 貴方達の骨まで問答無用で粉砕するところではありますが……」


 今度こそ気持ちを落ち着けた様子のエミリアが、表情を引き締めて、レイダー達の前に歩み出た。堂々と胸を張り、悠然とした足取りだった。


 その背中に向けて、カルビとネージュが顔を歪め、ちょっと冷ややかな声を浴びせる。


「いや……。この移動中の5日間の内で、お前とアッシュだけの時間なんて1秒たりとも存在してねぇぞオイ」


「アッシュ君が御飯を作ってくれるのは、エミリアだけの為というワケじゃないでしょう……」


 2人の指摘など全く意に介していない風のエミリアは、何らかの決意を新たにするような空気を纏い、レイダー達を睥睨した。


 今のエミリアは、精神状態を完全に切り替えてレイダー達と対峙している。ローザはそう感じた。


「お、何だ何だ?」

「げははは! 抵抗を諦めての命乞いかぁ?」

「助かりたいなら、精々俺達にサービスしろよ!」


 他者に注意を払ったり、意識を向けたりすることなどとは無縁に生きてきた故だろう。レイダーの男達は、さっきまでとは雰囲気の変わったエミリアの様子には気付いていない。


「背もデケェし、いい体格してやがるな」

「下半身がガッチリしてるのも俺好みだ」

「オイ、踊り脱ぎでもしてみろよ!」

「脱~げ! 脱~げ!」


 男達はただ下品な笑い声をあげて盛り上がるだけだ。


 口笛を吹いたり、手拍子をし始めたりする者まで出始めた。威圧的で屈辱的な空気が、纏わりつくようにしてローザ達を押し包んでくる。


「少しお黙りなさい」


 だが、凛然として芯の通ったエミリアの声は微塵も揺るがず、レイダー達の澱んだ熱気を切り裂くように清冽だった。


 高貴さと優雅さを同居させたエミリアの強者然とした佇まいに、一瞬、男達が怯むように黙り込む。


「貴方達がこの場で大人しく降伏し、最寄りの町のギルドに自首するのならば、私に対する無礼は赦しましょう。自分たちの罪を償い、その咎を生涯において背負いながら、冒険者として全うに生きる道に戻るのです」


 引き締まったエミリアの声は、彼女の魂の気高さを証明するかのように、どこまでも澄み渡ったままで薄暮の森の中に広がった。


「世と人の為に危険を冒し、その身体と命を懸けて尽くす道を……、貴方達が踏み外した道を、残りの人生を懸けて歩み直しなさい。それが、貴方達の贖罪ですわ」


 厳粛な口調のエミリアには、アイテムボックスに仕舞っているはずのトゲ付き大盾や、重装鎧を召び出そうとする気配はない。野宿用に着込んでいる装甲服のままだ。


 堂々として背筋を伸ばしているエミリアは武器ではなく、自らの信念と正義だけを携えて、レイダー達の前に立っていた。


「私は、貴方達を見逃しません。ですが、見捨てることもしません。同じ“冒険者”である私は、最後まで貴方達の心にある正しさを信じますわ」


 そこまで言い切ったエミリアは、まるで高名な神官が、その眼差しだけで大罪人に良心を取り戻させるかのような厳かさで、レイダー達を見回した。


「だからこれは、私から貴方達への頼みであり、要求であり、……切なる願いですわ。さぁ、武器をお捨てなさい」


 正直ローザは、今のエミリアが放つ凛々しさ、そして誇り高さのようなものに圧倒され、眩しく感じた。


 そしてその眩しさこそは、エミリアの声音や表情、立ち姿や呼吸など、そういった外的なものではなく、エミリアの魂や精神から発せられている輝きなのだと思った。


 ローザの近くに居るカルビやネージュ、アッシュも、ただ黙り込んで、エミリアの言葉に耳を傾けている。


「あ、あぁ……? なにをゴチャゴチャと言ってやがる」

「冒険者がどうとか乙女がどうだとか、うるせぇんだよ」


 今までエミリアの空気に飲まれ、黙りこんでいたレイダー達の間に、僅かにたじろぐような動揺が走ったのをローザは見逃さなかった。


 その動揺自体を誤魔化そうとするように、レイダーの男達が騒ぎ始める。


「けっ! 降伏なんかするワケねぇだろうが」

「状況を見ろよ、バーカ!」

「つーか、何か偉そうでムカつくな。コイツ……」

「こいつだけ、先に殺っちまうか」

「あぁ。ヤるのはその後だ」

「俺はぐちゃぐちゃの死体でもイケるぜ~!」


 濁声で言い合うレイダーの男達を見て、エミリアが薄く溜息を吐き出すのが分かった。疲労と悲哀が混ざったような、力の籠らない溜息だった。


「……仕方がありませんわね」


 俯きがちに呟いたエミリアに応じたのは、「気にすることは無いわ」と鼻を鳴らしたネージュだった。


「貴女は救いの手を、確かに差し出したわ。その貴女の寛容な優しさに、彼らは唾を吐きかけたのだから。……あとは私達が、降り掛かる火の粉を払うだけよ」


「だな。もう遠慮はいらねぇ。つっても、レイダー討伐は生け捕りにした方が、付与される貢献度も高いんだっけか? ……しかし、面倒くせぇ」


 ネージュのあとに続いたカルビが、物騒な目つきになった。「もう始末しちまうか?」と気怠そうに頭を掻いた。


「でも、生け捕りの方向でいこうよ」


言いながら、ローザの脳裏に父親の姿が浮かんだ。だが無視して、すぐに意識の隅に追いやる。


「……私達はレイダーじゃないし、冒険者なんだから」


 自分の声に出来るだけ感情が乗らないよう、ローザは気を付けたつもりだった。


 それでも、意外と鋭いカルビは、ローザの声音の底に何かを察したのか。「わかった……。まぁ気を付ける」と、何処か柔らかい声で応えてくれた。


「……生け捕りですね。分かりました」


 静かに頷いたアッシュは、杖の中心を握るように両手で持ち、すっと重心を落としている。すぐにでも飛び出せる勢だ。


あの杖の握り方も、杖を短剣に変形させるためのものだろう。


「おい、そろそろやっちまえ!」


 ローザ達を囲んだレイダーの男達のうち、リーダー格らしい男が顎をしゃくってみせる。


 次の瞬間だった。


 ローザ達を取り囲んでいるレイダー達のうち、少し離れたところに陣取っていた3人が素早く詠唱を済ませ、身体の前に魔法円を展開させた。


 宙に浮かび上がる魔法円には術陣が刻まれており、そこからはバチバチバチッ!! と細かい稲妻と火花が散っている。


 油断はしていなかったが、ローザ達は先手を取られた。まぁ、エミリアが交渉の態度を見せていたし、その成り行きを見守っていたのだから仕方ない。


 とにかくだ。


アレは、電撃属性の魔法か。


 レイダー達の魔法攻撃は即座に発動した。薄暗い森の木々と枝葉を、瞬間的に焼き切り、焦がしながら緑がかった白い光が幾条も奔り、編み上げられていく。


 バリバリバリッ! バッチバチバチッ! と火花を弾けさせる電撃が象ったのは、巨大な網だ。電撃の捕縛網だった。それがローザ達の頭上にブワァァっと広がり、覆い尽くそうとしたのだ。


 あんなものをまともに食らえば、大火傷と共に感電までして、まともな身動きができなくなるだろう。複数人によって編まれているだけあって、やはり強力な魔法だ。


 見るからに攻撃範囲も広そうだし、一度発動させられたら逃げるのも難しそうだ。


 だが、ローザは既にアイテムボックスから新兵器を取り出し、発動させていた。


「皆、少し伏せて!」


 ローザが手の中に召び出した魔導具は筒状の金属で、先端に物理ボタンがある。一見すると子供の玩具のようだが、魔導機械術製品の最新モデルだ。

 

 本体価格も100万ジェムと効果だが、その効果も非常に大きい。


 ローザ達を覆い潰そうとしていた巨大な電撃の網が、まるで霧が風に攫われるようにして消滅した。音も振動もなく、最初から何も無かったかのように、穏やかな薄暮が周囲に呼び戻されている。


『マジック・キャンセラーNX9』


 ローザが使用した魔導具は、自らの周囲に特殊な力場を発生させ、その範囲内で発生した魔術的な現象を強制的に打ち消す機能がある。


 あくまで対魔物用の装備であるが、この問答無用の強力なディスペル効果は人間相手でも効果を発揮する。


 無論ではあるが、その強力さと引き換えに、マジックキャンセラーの類は使用者の魔力を膨大に消費する。魔導銃同様、下手に使えば命に関わるが、桁違いの魔力量を保持しているローザであれば、その魔力消費に耐えられる。


「なっ、なんだ!?」

「俺達の編んだ魔法を打ち消しやがった!?」

「詠唱も触媒も無かったぞ!?」

「あ、あの女が手に持ってるアレだ……!」

「魔導具使いかよ!」


 仮面の奥で驚愕の声を洩らし、呻き声をあげるレイダー達だが、彼らは逃走ではなく、やはりこの場での悪行を優先した。


「お、オイ! この女共の武器やべぇぞ!」

「で、でっけぇ……!」

「低級冒険者じゃねぇのかよ!」

「クソが! ビビるんじゃねぇ!」

「魔法が駄目なら力づくだ!」

「囲んで圧し潰すぞ!」


 湾頭や刀剣、鎖つきの鈍器、手斧、鉈など、其々の武器を手に男達が躍りかかってくる。魔術士らしきレイダーの男達も、再び魔法を唱えようとしていた。


 ローザ達のことを低級冒険者だと思い込んでいるあたりは、やはり辺境の冒険者達なのだろう。アードベルの冒険者ならば、まずローザ達など襲わない。


 トラブルメーカー扱いされるローザ達だが、パーティとしての実力は決して低くない。そしてここからは、完全にローザ達のターンだった。


「対魔術用アイテムを用意したってのは聞いてたが、なかなかのモンじゃねぇか。ソレ」


 不敵な笑みを浮かべたカルビは、ローザの手の中にある『マジック・キャンセラーNX9』を横目で見てから、次々とレイダー達を叩きのめしていた。


「ぐわッ!!?」

「ぎひぃっ……!!」


 大戦斧の刃の腹の部分を器用に使い、致命傷を与えない程度の強烈な打撃で、レイダー達を迎え撃って気絶させていく。


 さっきから鈍い音が木々の間に木霊しているし、その都度レイダー達が宙を舞ったり、吹っ飛んで木の幹に激突したりしている。


「こういうとき、ローザは頼りになるわ」


 小さく笑みを向けてくれたネージュも、大槍を鮮やかに操り、レイダー達を強かに打ち据えて昏倒させていた。


「ぎゃああッ!! 痛ぇッ……!」

「俺の足が……、足が……っ!!」


 いや、昏倒させるだけでなく、その手足を凍りつかせて身動きを完全に奪ってもいた。木々が邪魔になるはずの森の中でも、流麗なネージュの槍捌きは冷たく、そして容赦なく冴え渡っている。


「この痛みと共に、心を入れ替えなさい……ッ!!」


 苦しそうな、それでいて悔しそうな声で激しく叱咤しながら、大盾をぶん回すエミリアも、レイダー3人をいっぺんに殴り飛ばしていた。


 大の男3人がくるくる回りながら冗談のように打ち上げられ、太い木の枝に引っかかったりそのまま落下したりする様は、なかなかにインパクトがある。


「こ、こいつらやべぇ……!」

「駄目だ、手に負えねぇ!」

「捕まるのは御免だぜ!逃げるぞ!」

「森の奥に入り込めば、こっちのモンだ!」


 まだ無事だったというか、遠くから魔法詠唱をしていた残りのレイダー、それにリーダー格の男などは、さっさと仲間を見捨てて逃げ出した。


カルビ、ネージュ、それにエミリアの近接戦闘の凄まじさに、完全に心を折られた様子だ。


 彼らは動き易い服装と装備なので、素早い身のこなしで木々の間を抜けて、この場を走り去ろうとしている。逃がしてはいけないと思い、ローザは魔導拳銃を構えようとした。


 だが、その必要もなかった。


 手にしていた杖を2振りの短剣へと変形させたアッシュが、背を向けて逃げ出したレイダー達に襲い掛かっていたからだ。


 相変わらず、アッシュの動きはローザの目で追いきれない。


 神速で森の中を移動するアッシュは、瞬く間にレイダー達の背後まで接近。同時に、レイダーの両肩や両肘、両膝の裏、足首などに短剣を埋め込み、抉り、掻き混ぜていた。


 その解体攻撃は超速かつ無慈悲で、無駄が無く、精密かつ優雅だ。逃げ出したレイダー全員が地面に転がるまで、十秒ほど。


「ぎゃああああッ!!」

「なっ、ぐああああああああっ!!?」

「ひぃぃぃいっ!! ひぃいいいいいいっ!?」


 逃げようとしていたレイダー達にしてみれば、体の重要な関節を複数、それも、瞬間的に破壊されたような感覚だろう。


「や、やめろ! や、やめてっ、やめてくださいっ!!」

「ぉ、おおお俺達が悪かった! だから、命だけは……!」

「頼むううぅ、殺さないでくれぇ……っ!」


 昏く、青みがかった灰色の目を無感動に細めているアッシュは、両手に握った短剣を血振るいして、命乞いを始めたレイダー達を静かに見下ろしている。


 薄暮の森の中、その横顔に影を溜めたアッシュの存在感は、もう死神そのものだ。正直、レイダー達は生きた心地がしないだろう。


 ローザだって、今のアッシュの雰囲気には息を飲むほどなのだ。


「……殺すことはしませんよ」


 そこでアッシュが、レイダー達に向けて静かな声を発した。


「痛みは消しませんが、治癒魔法によって出血は止めておきましょう。……大人しくしていれば、これ以上は傷を与えることもしません」


 そのアッシュの言葉に、レイダー達は痛みすら忘れた様子で大きく息を吐き出し、あからさまに安堵していた。命までは取られないと分かった段階で、痛みを感じる程度には少し余裕が出てきたのか。


「痛ぇ……。痛ぇよ……」

「は、早く血を止めてくれ……」

「このままだと死ぬ……、死んじまう……」


 レイダー達は哀れっぽい声で呻きながら、思い出したように図太いことを言い出す。ローザは腕を組んで、地面に倒れたままのレイダー達を睨みつけた。


「……っていうか、アンタ達は私達に何か要求できる立場じゃないんだけど」


 先ほどのレイダー達と同じ言葉が、意図せず口を衝いて出た。


 そのことを苦々しく思いながら、ローザは鼻を鳴らす。周りを見回してみると、気絶して地面に転がっているレイダー達には油断せず、まだ戦闘態勢を解いてないカルビと目が合った。


「で、どうすんだ? こいつ等もふんじばって、エルンの町まで連れて行くか?」


 言いながらカルビは、大戦斧を担ぐように持ってから、面倒そうに耳を掻いた。


「あと1日ありゃあ到着するはずだが、予定が狂いそうだな」


「こんな悪党どもを10人以上も連れて町に入るのは、流石に気が滅入るけれど」


 大槍の穂先を下げたネージュも、伸びているレイダー達を数えるように目線を動かし、軽く溜息を吐いている。


「……それでも、見捨てるわけにはいきませんわ」


 大盾を背負うように持ち直したエミリアも、普段よりも少し元気のない声で続いた。


 普段のエミリアは、行き過ぎた自信過剰さゆえに傲慢ささえ帯びる言動をすることはあるものの、基本的には他者を性善説の立場から捉えている。つまりは、他者の善性を信じているのだ。


 大陸でも多くの人々が信仰する女神教においても『人々の善なる心を尊び、善く生きよ』と教えられる。そして、『他者を助ける者こそが、苦痛や苦悩から救われる』とも――。


 エミリアが熱心な女神教信者であるかどうかは、ローザも知らない。


 エミリアがどんな過去を持っているのかも、どうして冒険者になったのかも、教えて貰ったことはない。エミリアが語ってくれるまでは、簡単に触れてはならないとも感じている。


 今のローザが察することができることと言えば、エミリアが少し落ち込んでいる、ということぐらいだ。


 ローザ達を襲って来たレイダー達は常習的に冒険者達を襲っていたような口振りであったし、殺人にも躊躇がない様子だった。その強さはともかく、悪逆さと非道さにおいては筋金入りの連中だろう。


 だが先ほどのエミリアは、そんなレイダー達を相手にしても、彼らの善性や正しい心に訴えようとしていた。


 あの言動は、世間知らずの楽観から来たものではなく、エミリア自身の信念の深さ、そして情の篤さ、懐の深さからくるものだろうとローザは感じていた。


「……まぁ、とにかく」


 ローザは肩の力を抜いて、アイテムボックスから拘束用の魔鋼ワイヤーを取り出した。魔物を捕縛するためのものなので、頑丈さは申し分ない。


「この寝転がってるレイダー達を縛ってから、身に着けてるアイテムボックスとか隠し武器とかを検めて、武装解除しとこう」


 野盗の類に襲撃されたりすることは想定して旅をしているので、ワイヤーなどの応用の効くアイテムはそれなりに数も揃えてある。


「ではその後で、このレイダー達の止血治癒をさせていただきます」


 二振りの短剣を杖に戻したアッシュが、穏やかな声でローザに応じてくれる。


 さっきまでの“死神モード”のときとは、まるっきり別人だ。地面で呻いていたレイダー達も、アッシュの雰囲気の変わりように目を丸くしている。


「あぁ。アタシも手伝うぞ。つっても、まぁ……エルンの町まで、自力で歩ける程度の回復でいいだろ」


「目を覚ましてジタバタされるのも鬱陶しいから、手足の拘束は、私の凍結魔法で補強しておきましょう」


 いかにも自然な感じでネージュが提案するので、気を失っていないレイダー達が、顔色を失って目を強張らせている。


「凍らせるのかよ。すげぇ痛そうだな……」


 カルビもちょっと顔を顰めたが、表情を動かさないネージュが「自業自得でしょ」と冷然と言う。


「何なら、このレイダー達の両腕、肩からバッツリ斬り落としとく? 止血用の魔法薬もあるし、死にはしないでしょ」


 ローザがそう続くと、顔を上げたレイダーの男達が息を飲み込み、顔を恐怖に引き攣らせているのが分かった。だが無視した。


「エルンの町まで歩かせるなら、首と脚だけ残しとけば十分だよ」

 

 驚いたような顔になったカルビとネージュ、それにエミリアが一斉に視線を向けてきた。アッシュも目を丸くして、ローザの方をじっと見てくる。


 いつでも落ち着き払っているアッシュにしては、ちょっと珍しい反応だった。勿論、そういう仲間たちの反応を愉しむつもりはないので、ローザは軽く肩を竦める。


「……冗談だって。でも、レイダー行為は凄い重罪なんだから。ネージュの言う通り、罰として痛い思いをしても、そんなのは自業自得だよ」


「間違いないですわね……」傍に居たエミリアも重苦しく頷いた。


「報いの痛みは、悔い改めるための標《しるべ》にもなるでしょう」


「返り討ちで殺されないだけ、万倍はマシなんだから。そこは肝に銘じて、しっかり反省してもらわないと」


 ローザも肩を竦めてから、取り出していた魔鋼ワイヤーでレイダー達の手足を縛っていく。


 最高に気の乗らない作業だ。思わずため息が出る。やってられない。


 一攫千金の夢と自由な生き方は、冒険者という職業の魅力だ。


だが、その魅力と抱き合わせになっているものは命の危険であり、深刻な面倒ごとへの対処だ。


 つまり、こういう状況を受け入れるのも冒険者の仕事である。そうやって自分を納得させようとして、溜息が出そうになったときだ。


「なぁ、このレイダー共……。アタシ達と同じように、エルンの町の守備依頼を受けた冒険者だったりしねぇよな?」


 不味そうな顔のカルビが、ローザ達を見回した。


 地面に転がったまま、まだ気を失っていないレイダー達が揃って顔を背けた。痛みを堪えているのとはまた別種の、苦々しさを飲み込むような呻きも漏らしている。


 トラブルメーカーという言葉が、ローザの頭にじんわりと浮かんでくる。


「……どうなの? 答えなさい」


 ネージュは絶対零度の声音と共に、地面に倒れているレイダーのうち、その1人の首元へ歩み寄る。そして大槍の穂先を遠慮なく突きつけた。


 十字型をした凶悪な穂先からは、冷気と化したネージュの魔力が漏れ出している。倒れているレイダーの首元や耳、髪の毛、仮面の側面がパキパキパキ……ッと凍り始めていた。


 流石に、このまま黙っていれば命に関わると思ったのか。


「はっ、話すっ! 話すからっ、氷漬けはやめてくれっ!」


 レイダーが身を捩りながら懇願し、自分の身を守ろうとするような必死な口調で話し始めた。


「そ、そうだ! 俺達も、エルンの町を守る依頼を受けた! ギルドから強制されたんだ!」


「アタシ達と同じだな……。まぁ強制されたってことは、テメェらも色々とやらかしたってことか」


 自嘲気味な口調のカルビだが、その表情は苦り切ったものだった。


「いいえ、私達は強制されたのではありませんわ」


 真面目な顔になったエミリアが毅然とした口振りになる。


「依頼を受けて欲しいとギルドから頼まれ、それに快く応じたまでです。本当に困っている人々の為に、何のしがらみも打算も無く、誰よりも前に立って身体を張れるのが冒険者という職業の素晴らしさですのよ」


 熱が籠っていながらも懇々《こんこん》とした口調のエミリアは、カルビだけでなく、レイダーにも言い聞かせているつもりなのかもしれない。


「我儘を貫けるのは、冒険者っていう職業の一番イイところだ。実力主義だしな」


 相槌代わりにエミリアに同意してみせたカルビは、レイダーを見下ろした。


「……まぁ、今回のアタシ達が受けた防衛の仕事は、いわばペナルティだ。貢献度もそんなに高くねぇ上に、報酬も少なったからな。だからお前らは、もっと乱暴に稼ぐ方法をとったってワケだ」


「同じようにエルンの町に向かう冒険者を襲うつもりで、ここで待ち伏せしてたってことね。……私達の身包みを剥いだあとで、何食わぬ顔で村に入ればいいし」


 気絶しているレイダー達を魔鋼ワイヤーで縛りながら、ローザは気分の悪さを感じた。舌打ちをしそうになったところで、アッシュと目が合う。


 治癒魔法円を展開してレイダー達の止血をしているアッシュは、ローザのことを心配するような、気遣わし気な顔をしていた。何となく気まずくて、ローザは咄嗟に目を逸らしかけて、慌てて苦笑を取り繕った。


 ……もしかして私、結構キツイ顔になってる?


 胸の内に澱んでくるものを押し出すように、ローザは軽く溜息を吐いた。頭に過る父の姿には見えないフリをして、肩から力を抜いていく。


 ……そうだよ。こんな奴らと一緒なワケない。

 絶対に、父さんはレイダーなんかじゃなかった筈だ。


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