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第22話 僕が、僕でさえなければ




 

「はぁぁぁぁぁぁぁああああ~~~……」


 第6号区のギルド支部内は、冒険者用の簡易宿泊スペースや食堂だけでなく、大人数で利用できる会議室も何部屋か設けられている。


「……もぉぉぉやだよぉ~~……」


 備えられた円卓に突っ伏したローザが、先程から泣きそうな感じの重たい溜息を連発していた。


 同じく円卓にかけたカルビやネージュ、エミリア達も似たような様子だった。


「あぁ~~……、ダメだ……、こりゃあもうダメだな……、何もやる気がしねぇ……、やってられねぇ……、酒だ……酒を飲まねぇと……、もうダメだ……」


 椅子に座るというか、力なく四肢を投げ出しているような姿勢のカルビは、虚ろな眼差しで虚空を眺めながら、うわごとのような独り言をブツブツと溢している。


 ネージュの方は円卓に肘をつき、もうやりきれないといったふうに両手の中に顔を埋めている。


 その姿勢をとったままで黙り込んでいる彼女は、時折「んふぅーーー……」と切なげな吐息が聞こえてくるものの、何かしらの会話が発生する兆しは見えない。


 椅子に座りこんでいるエミリアも、まさに呆然自失といった表情で、中空の一点を見詰めたままで微動だにしない。視線さえも動いておらず、ちょっと開いている口から魂が半分ほど抜け落ちているような様子だ。


「あの、皆さん……、その、あまり気を落とさずに……」


 アッシュは彼女達に励ましの言葉をかけてはいるが、どうも効果は薄そうである。


 こんな状況になっているのには、当然だが理由がある。


 ゼナルブ墳墓の隠しフロア、そこで作動した罠からなんとか逃げ延びたアッシュ達は、ガリクスに合流して事の顛末を説明した。


 依頼書に記載されていない大蜘蛛の墓守、そして吊り天井の罠については、カルビとエミリアは猛抗議していたし、情報が正確でなかったことはガリクスも素直に謝ってくれた。


 その後、アードベルに帰ってきて翌日のことだ。


 アッシュ達が6号区のギルド支部へと依頼達成の報告をしに窓口へと向かったところ、この会議室に案内されたのだ。


 そして審問職員と女性のギルド職員から、今回の依頼報酬と、付与される貢献度についての説明を受けることになった。


 結果から言えば、アッシュ達は報酬を得ることができた。


“2体の墓守を倒して欲しい”というガリクス達の依頼は間違いなく達成していたし、墓守に敗走した冒険者達の援護や治癒までをアッシュ達は行った。


 その上で、ガリクス達が把握していなかった3体目の墓守である、あの大蜘蛛までをも仕留めたのだ。


 アッシュ達のこの報告は、審問職員の自白魔法によって精査され、真実であると認められた。ギルド職員からも、この件はアッシュ達が依頼を成功させたということで処理すると、先程も説明を受けたところである。


 こうして2000万ジェムの報酬は無事、アッシュ、ローザ、カルビ、ネージュ、エミリアの5人で等分することになった。つまり、1人400万ジェムである。


 アッシュ達は大きな収入を得ることになった。

 だが、これで『めでたしめでたし』とは、いかなかった。


「嫌な予感はね、うん……、してたんだよね……」


 円卓に突っ伏しているローザが、そのままの姿勢で呻くような声を発した。


「あの隠しフロアの天井が降りてきたとき、頭を過ったもん……。“アレ? これひょっとして、私達の所為になるんじゃないの?” みたいな?」


「そりゃあ奇遇だな。アタシもだ」


 生気が干乾びたような、カッスカスの声で応えたのはカルビだった。


「だが、まさかここまで重たいペナルティを食らうとはな。笑うしかねぇ。……いや、笑えねぇんだけどよ」


 その隣で頭を抱えているネージュは特に何も言わなかったが、カルビに同調するように「んふぅぅぅーーーー…………」と、やはり切なげな溜息を漏らしている。


 片手で頭を抱えたエミリアも、しょぼくれた声で嘆いた。


「ちゃんと報酬は受け取れるのに、貢献度の方が大きくマイナスされるなんて、ちょっと脳が混乱しますわ……」


 エミリアの言う通り、今回のアッシュ達の冒険においてギルド側が問題と見做したのは、依頼を達成した分の報酬ではなく、“貢献度”についてだった。


 冒険者の等級を決めるのは稼いだ額ではなく、依頼主や社会に対してどれだけ役立ったかを表す“貢献度”の累計である。


 この貢献度は基本的に、依頼を達成すれば加算されて、失敗すれば減算される。そして貢献度が一定値を越えれば等級が上がり、下回ることになれば等級を下げられてしまう。


 今回はローザ達の貢献度を加算するか、減算するかが問題になった。


 墳墓ダンジョンからは魔王戦争時代の秘宝だけでなく、当時の魔法技術が発掘されることもあるため、大陸各地から考古学者が調査に訪れたりする場所でもある。


 そんな墳墓で発見された貴重な隠しフロアが、大掛かり過ぎる吊り天井の罠が起動したせいで完全に埋まってしまったのだ。


 この事態を招いたローザ達、それにアッシュにも責任の一端があると見做され、貢献度はプラスどころか、大幅マイナスという結果になった。

「でもさぁ。あんなに頑張った私たちが貢献度をマイナスされるのは、やっぱりどうかと思うよね~……」


 円卓に突っ伏していたローザも、不満そうに言いながら身体を起こして、肘杖をついた。


「えぇ。それは僕も思いました。3体目の墓守の存在や、吊り天井の罠についても、依頼用紙には記載がなかったことを考えれば、少し重すぎる処分に感じます」


 ある程度は勝手気儘に生きることのできる冒険者という職業だが、あまりに大幅な貢献度マイナスを受けた冒険者は、ギルドからの一時除名処分を受けることもある。


「もしもギルドから除名された場合、再登録するのには……、2年以内に500万ジェムを払う必要があったわよね」


 両手の中に頭を埋め込む姿勢のネージュが、幽鬼のような声を出した。


 冒険者ギルドに再び登録されるためには、500万ジェムをギルドに納める必要がある。これは冒険者としての貢献や責任を負うことができなかった罰金のようなものだ。


 この再登録のための500万ジェムを2年以内に用意できなかった場合は、認識プレートも取り上げられてしまう。


 冒険者としての資格を完全に失った者は『廃棄冒険者』と呼ばれており、こうなると事態は深刻だ。


 ギルドは銀行と連携して冒険者たちの銀行口座を管理しているため、その凍結から始まり、各種行政サービスの多くを受けることもできなくなる。


 さらに、ギルドの依頼を受けられないのは当然のことではあるが、稼ぎの良いダンジョンへの立ち入ろうとしても、正規軍兵士から門前払いされてしまうのだ。


 唯一の救いとしては、冒険者でなくとも冒険活動自体は許されている点だろう。


 もとの『廃棄冒険者』がもとの冒険者に戻るためには、死ぬ気で魔物を狩るなり薬草を探すなり鉱石を掘り起こしたりして、何とか500万を稼がねばならない。


 もちろん、他に職を持っている場合などは話が変わるが、命の危険を伴う冒険者を兼業でしている者など殆どいないため、大抵の冒険者は、この『破棄冒険者』には絶対になりたくない。


「誰だって、500万を払うのはイヤだからね。御蔭で、どんなゴロツキ冒険者でも、ある程度は真面目に活動してるって部分もあるから……、まぁ、必要な決まり事なんだろうけどさぁ」


 沈んだ声を出したローザが、頬杖をついたままで溜息を溢し、瞑目した。カルビも鼻を鳴らして、力の無い表情で天井を見上げる。


「まぁアタシ達は、一応は今回の報酬があるからな。500万は払えるけどよ~……。」


「今回の400万ジェムの報酬と、更に100万ジェムを納めることになるのですから、完全にマイナスですわよ。骨折り損の草臥れ儲けどころか、もっと具合が悪いですわ」


 本当に具合が悪そうな声で言いながら、エミリアも項垂れた。溜息交じりにカルビが溢す。


「まったくだな。つーか誰だよ、墳墓ダンジョンに行こうなんて言ったヤツ」


「……貴女でしょ」


 抱えていた頭を上げたネージュが、鋭すぎる半目でツッコんだ。


「あぁ~……。そうか。そうだったな……。参ったなこりゃ、誰も責められねェ……」


 カルビは笑うのを失敗したように、声だけを明るくした。だが、どうにも白々しくて、余計に痛々しい感じだった。


「僕達がギルドから除名されるかどうかは、まだ分かりませんよ。冒険者ギルドの運営部には、ガリクスさんが直々に話をしに行ってくれましたし」


 今回の依頼主のガリクスは、こういった状況になることを予想していたらしい。


 彼はアッシュ達と共にアードベルに戻り、この6号区ギルドの会議室へとわざわざ顔を出してくれていたのだ。


 実のところ、依頼主であるガリクスの責任については、殆ど追及されることはなかった。彼が依頼したのは、あくまで“墓守2体の排除”。その依頼報酬もきちんと用意していたし、依頼紹介料もギルドに支払っていたからだ。


 無論、隠しフロア内に3体目の墓守が居ること、それに吊り天井の罠の存在を知りながら、故意に隠していたならば重罪である。


 だが、これは審問職員の自白魔法によって、ガリクスに悪意が無かったことも明らかになった。


 だがガリクスは、「今回の件については俺にも責任がある」と認めてくれた。


 「墓守を2体だけだと思い込んでいたのは、完全に俺のミスだ」とアッシュ達を庇ってくれたのだ。


 ローザ達やアッシュに向けて『冒険者ならトラブルを受け入れて当然だろう』と開き直ることも出来る立場だが、彼はそうしなかった。


 墳墓ダンジョン内では、『他の冒険者がどうなろうと知ったことじゃない』と冷酷な物言いをしていた彼だが、自分のミスを無視する無責任な人物ではなかった。


 だからこそ彼は、実力派の墓荒らしクラン『安らかに眠れ』を率いることができるのだろう。


 ギルド職員の説明をアッシュ達と共に聞いていたガリクスが、ぼりぼりと後頭部を掻きながら、申し訳なさそうな苦笑を浮かべていたのは印象に残っている。


「言い訳をさせて貰えるなら、俺達だって何度か隠しフロアには入った。当然、依頼するための調査を怠るつもりはなかったからな。だが、蜘蛛の墓守には遭遇しなかったんだよ。多分、あれは俺たちが弱過ぎたんだろう。本命の墓守である、その大蜘蛛が出てくるまでもない弱小の侵入者だったのさ、俺達は」


 だが、この嬢ちゃん達は違う。そう言葉を続けたガリクスは真剣な顔になって、ローザ達の顔を順に見てから、またギルド職員に向き直っていた。


「実際に墓守をぶっ倒してくれただけじゃなくて、俺が巻き込んじまった他の冒険者を助けてさえくれたんだ。流石に、貢献度の大幅マイナスは勘弁してやってくれ。埋まっちまった隠しフロアは、土魔法を使えるヤツを新しく何人か雇って、ちゃんと掘り起こすからよ。かなり時間は掛かるが、そこは勘弁して貰うくれ」


 ギルド職員に頼み込むように言うガリクスは、椅子から立ち上がって深く頭を下げていた。それから、アッシュやローザ達にも、「本当にすまなかった」と、真摯に謝罪してくれたのだった。


 そしてガリクスは、今回の依頼主として直接、アードベル行政にも関わるギルド運営部に説明をしに行くと言って、ギルド職員達と共に、既に会議室というか6号区のギルド支部をあとにしている。


 アッシュ達への処分については、また後日、窓口で伝えるということだった。


「いやー……、ほんと、何かゴメンね。アッシュ君。こんなことに巻き込んじゃって」


 すまなさそうにローザが頭を下げたので、アッシュは慌てて両手を振った。


「い、いえっ、そんな謝らないで下さい。今回のトラブルに関しては、誰が悪いとか、そういう話ではないですし、それに――」


 ローザ達を順に見てから、アッシュも頭を下げる。


「同行者として、パーティ戦での役割を貰えたことは、すごく有難かったです。僕はパーティ戦が苦手ですから」


 ひょろ長い墓守やずんぐりとした墓守が現れたとき、ローザ達は他の冒険者を守りながら戦おうとしていた。


 迅速な行動と判断のなかでローザは、アッシュのことを適切な場所へと配置してくれた。


 ひょろ長い墓守をネージュが食い止めたおかげで、アッシュはあの茶髪の男を治癒することもできた。


 カルビとエミリアがいなければ、ずんぐりとした墓守の足止めも難しかっただろう。


 あの場で死者が出なかったのは間違いなく、ローザ達のパーティが参加していたからこそだった。彼女達がいなければ、アッシュは恐らく、他の冒険者を能動的に守ることはできなかった。


 奇妙な解釈になるが、彼女達のおかげで、彼女達の役に立つことができたのだと、アッシュは感じていた。


 冒険者という“役割”。

 パーティ内での“役目”。


 墳墓の隠しフロアでの戦闘のとき、アッシュは今までに無いほど、それらを強く意識していた。ローザ達と共に墓守と対峙するとき、アッシュは自らの過去とは関係なく、その役割と役目の中にあった。


 他者を助けようとするローザ達の、その尊く正しい意志に、間違いなくアッシュも参加していた。理由を必要としない彼女達の善良さを、アッシュも手伝うことができた。


 冒険者として生きること選んだことは、間違っていないのだと思えた。

 

 今もこうしてローザ達と共に居ると、自分の生き方を肯定されたような気持ちになる。温かな何かが胸の奥に灯ろうとしているのを感じた。


 だが、その温度を攫おうとするように、頭の中にも声が響いてくる。

 親しげに、だが無慈悲に、まるでアッシュの肩を抱くように。

 或いは、アッシュの心を押し潰し、その形を場奪うかのように。


 ――お前は出来損ないだ。

 ――お前はガラクタだ。

 ――お前は無価値だ。

 ――お前は無意味だ。

 ――お前は人形だ。

 ――お前は器だ。


 アッシュの存在を厳密に規定し直そうとする、過去からの声。


 だが同時に、アッシュの頭の中ではなく、心の中に声があった。


『――私の仲間を悪く言うの、やめてくれない?』


 アッシュを包み込むような優しさのある、ローザの声だった。


「ねぇ。アッシュ君」


 胸に響く声と、同じ声。

 名前を呼ばれたのだと気づいて、はっとする。

 知らずに下がっていた視線を上げると、ローザと目が合う。


「有難いっていうのは、私達の方こそだよ」


 彼女は優しい微苦笑を浮かべている。


 相手を安心させるような柔らかさと、自分の本心を此方に伝えようとする、深刻過ぎない誠実さを感じた。


 ああいう表情は、きっとアッシュにはできない。


「私達だけじゃ、もっとピンチになってたはずだもん」


「えぇ。それは間違いないでしょうね」


 静かな声でローザに同意したネージュは、墳墓での戦闘を思い返すような慎重な顔つきになる。


「トロールダンプのときに引き続き、アッシュ君には随分と助けられたわ」


「まぁ今回の冒険で、アッシュとアタシ達の相性がめちゃくちゃ良いってことも分かったワケだしな。それはデカい収穫だ」


 椅子に行儀悪く座っているカルビが「ふふん」と得意気な顔になる。


「特に、ローブの墓守をアッシュが仕留めてから、入れ代わりでアタシが大蜘蛛をぶっ潰すコンビネーションなんて、タイミングから何から、もう完璧だったじゃねぇか。なぁ、アッシュ?」


「えぇ。あれだけ大きな魔物を相手にするのは、僕の武器では不向きですから。僕がローブの墓守を倒したあと、すぐにカルビさん達が大蜘蛛の相手をしてくれたのは助かりました」


「だろぉ? やっぱりアッシュとアタシの相性は、もう最&高ってことだ」


 自身満々に豊かな胸を反らしたカルビに、「ちょっとお待ちになってくださる?」とエミリアが眉を顰める。


「大蜘蛛を仕留めに入ったのは、私も同じですわ。寧ろ、カルビさんがトドメの一撃を放てるよう、大蜘蛛の動きを止めた私こそ、アッシュさんが作ってくれたチャンスを、より活かしたと言えるでしょう」


 優越感を滲ませた言い方をするエミリアは、そこでオペラでも始めるかのような大袈裟な仕種で胸に手を当て、椅子から勢いよく立ち上がる。


「まさァァに! 私とアッシュさんの想いは以心伝心! オーダーメイド的スペシャルフィット! これはもう愛の為せる業としか言いようがありませんわ! つまり何が言いたいかと言うと、アッシュさんと私のペアこそが、極限無上の比翼連理というワケですわねッ?」


「……ワケの分からないことを捲し立てるのはいいけれど」


 鬱陶しそうに片方の目を細めたネージュが、カルビとエミリアを交互に見た。


「背の高い墓守を引き付けた私と、その間に負傷者を治癒してくれたアッシュ君の連携を覚えていないの? 私とアッシュ君の相性こそが至高よ?」


 怖い声でそう主張するネージュに、顔を傾けたカルビが「あぁ?」とおっかない声を出して、エミリアも攻撃的に眉を絞りながら「お?」と低い声を発した。


「はいはい3人共、そうやって張り合わないの」


 いつもの調子に戻ったローザが睨み合う3人を宥めて、「っていうかさ」と苦笑を深める。


「相性の良さなら多分、カルビもネージュもエミリアも負けてないよ。バランス悪いなりに、私達のパーティがここまでやってこれたのだって、3人の御蔭なんだから」


 それが嘘の無い言葉であることは、彼女達との付き合いが短いアッシュでも分かった。


 嫌味や含みのないローザの言い方には、仲間である3人に向けた明確な信頼や感謝が窺える。


「何だかんだ言いながらでも、3人とも仲良いじゃん?」


 睨み合っていた3人が、まさに仲良く揃って声を上げる。


「別に良くねぇよ」

「別に良くないわよ」

「別に良くはないですわよ」


 3人がお互いを睨んだ。


「真似してんじゃねぇよ」

「真似しないでくれる?」

「真似しないで下さる?」


 再び声をハモらせたカルビとネージュ、それにエミリアの3人は、うんざりしたように顔を歪め、其々にそっぽを向いた。


 そんな3人を見守るように、目許を緩めたローザが言葉を続ける。


「誰と誰が組み合わさっても力を発揮できるのなら、それこそ最&高でしょ? ね、アッシュ君もそう思わない?」


 ウィンクをしながら同意を求めてくるローザの態度は、どこまでも自然体だ。


 この場にアッシュがいるのが当然であるかのような、まるで同じパーティの仲間に接するような気軽さがある。


 その距離感に、アッシュは僅かに怯んだ。だが、ここで狼狽えたりすることは、場を白けさせることになる気がした。ゆっくりとアッシュは頷く。


「……えぇ。僕も、ローザさんと同じ感想です。実際、ローザさん達の連携は凄く精密で、合理的というか、隙がないように思いました」


 自分がソロ冒険者であることを意識しながら、そして、飽くまで同行者という立場を守りながら、アッシュは簡潔に答えた。


「むふふ~~ん♪ 凄腕ソロ冒険者のアッシュ君から、お褒めの言葉を貰えるなんて嬉しいね~」


 ローザは悪戯っぽい笑みを浮かべてから、「じゃあさ~……」と口を猫みたいな形にして、隣にいるアッシュの顔を覗き込んできた。


「な、なんですか?」


 アッシュが少し身を引いたところで、ローザの声が真面目なものになる。


「ん? いやぁ、私達がアッシュ君から信用して貰えてるんなら、また次の冒険も同行して貰えないかな~……、と思ってさ」


 ローザは言いながら姿勢を正し、「どうかな?」と訊いてくる。


「えぇ、と……、それは」


 真っ直ぐなローザの眼差しから逃げるように、アッシュは彼女から視線を逸らした。そこでカルビと目が合い、次にネージュとも目が合った。その次には、エミリアとも。


 少し真面目な顔になった彼女達も、アッシュの返答を待ってくれているようだった。


 すこし前、トロールダンプで彼女達のパーティに誘われたときも、確かこんな感じだったように思う。


 あの時と大きく違うのは、ローザが言ってくれた“仲間”という言葉が、アッシュの胸に蘇ってきていることだ。


 そのことに後ろめたさと罪悪感を覚える。


 誰かを仲間だと思うことと、実際に仲間に加わることの違いは、アッシュにはよく分からない。


 だが、彼女達に仲間であると本当に認めて貰えるのならば、自分の暗い過去が少し遠いていくような予感があった。


 自分自身の人生を取り戻せるような淡い希望を抱きそうになっている自分が、酷く醜悪なものに思えた。


 アッシュの心の、今まで温度の通っていなかった場所に、ローザの言葉がぬくもりをくれた。認めざるを得ないが、アッシュはその温かさが嬉しかったのだ。


 ――そして、それを自覚すること自体が、アッシュにとっては身悶えするような、絶望に近い苦しみを伴うものだった。


 あぁ……。

 

 僕が、僕でなければ。

 僕が、僕でさえなければ。

 僕が、別の誰かだったならば。

 僕が、僕ではない“何者”かだったならば。


 彼女達の優しさや温もりを、受け取ることができるのに。

 

 僕という“個”として。

 もっと素直に。喜びと共に。

 善良に生き直せたかもしれない。


 なのに……。


 どうして僕は、僕なのか――。

 

 過去の記憶と共に、黒々としたものが身体の内側に湧き上がってくる。それらを全て飲み込み、アッシュは絞り出すような笑みを顔に作った。

 

「……えぇ。僕は低級のソロ冒険者ですが、また御一緒させてください」


 1人の冒険者としてローザに答える。


 《《アッシュという“個”の存在を引き剥がした、冒険者という“役割”の中から、彼女達に応答する》》。


「わ、ほんと? 見捨てないでくれてありがとー!」


 それでも、ローザはこの返事を喜んでくれた。


 唇の端を持ち上げたカルビが「そうこなくっちゃな!」と嬉しそうな声を出し、ネージュも「またよろしくね、アッシュ君」と微笑んでくれる。


「次こそは大きな報酬と貢献度を、共に勝ち取りましょう!」と、エミリアも勇ましい声で言ってくれる。


 先程まで沈んでいた会議室の空気が、少しだけ華やいだ。


「でもまぁ……、次の冒険の計画を立てるのは、私達の処分が決まってからだけどさ」


 そこで、ちょっとだけ眉を下げたローザが小さく笑って、話を前に進める。


「えぇ。今の私達にできることは、ギルドからの通達を待つことぐらいでしょう」


 少し視線を落としたネージュが頷いてから、窓の方を見た。鉄格子の嵌った窓からは、もう夕日が差しこんできている。昼前にギルドに来てから、もうそれなりに時間が過ぎていたようだ。


「私達の処分が決まるのは数日後になると、ギルド職員の方も仰っていましたものね。私達に出来ることは、今のところありませんわ……」


「まぁ取り敢えず、1週間後に集まろうぜ。どこのギルド支部でも、窓口でなら結果を聞ける。これからのことは、そのときに決めりゃいい。あぁ、そうだ」


 いい機会だから言っておくかという風に、カルビが指を立てた。


「取り敢えず、これからアッシュとの待ち合わせ場所は、5号区支部にしようぜ。アッシュが宿を取ってる居住区も近いし、アタシ達の家からも近いだろ?」


「賛成よ。集まってくる依頼も、5号区支部なら此処と然程変わらないでしょうし」


「中級向けの依頼が多い支部ですが、ちゃんと上級向けの依頼も扱ってますものね」


 ネージュとエミリアが軽く頷き合う。ローザも反対ではないようで、アッシュに目を向けてくる。


「じゃあ、次は5号区支部に集合ってことでいいかな?」


「えぇ。気を遣って貰って、ありがとうございます」


 アッシュがローザ達に頭を下げたところで、「さぁて……」とカルビが大きく伸びをして、いつもの獰猛な笑みになる。


「これからどうなることやら、って感じだな」


「だね~。……ほんと、厳重注意とか、そんな感じで済めばいいけどさ~」


 椅子に凭れたローザが緩く息を吐いて、窓の夕日を見遣った。その視線を追うように横目になったネージュが、眩しそうに夕日を見ながら落ち着いた声を出す。


「もしもギルドから除名されたら、500万ジェムを払うしかないわ。降格処分だった場合も、また貢献度を稼ぐしかない……。手間だけど、やるべきことは明確よ」


「そうやって心の中で割り切るのは、もうちょっと時間が欲しいけど」


 苦笑しきれていないローザの声には、溜息の気配が仄めいている。


「でも結局、目の前のことに集中するしかない……、ということですわね」


 相槌の代わりのようにエミリアが続くと、カルビも「そういうこったな」と鷹揚に頷いた。


 それから、「ちなみに、今からアタシ達がやるべきこともハッキリしているぜ」と勇ましい言い方をして、アッシュ達を見回した。


「メシだ、メシ。腹が減ってしょうがねぇ。今から美食街の方に行こうぜ」


 手で腹を擦ったカルビは、椅子から立ち上がってゴキゴキと首を鳴らしてみせる。この会議室ですべき話は、もう全部済んだだろうと言わんばかりだ。


 実際、アッシュ達が顔を突き合わせて真剣に意見を交わすような話題が、もう無いのも事実だった。


「そうだね~。何か美味しいものでも皆で食べに行こうか」ローザも伸びをして椅子から立ち上がった。「勿論、あんまり高過ぎない範囲でだけど」


「ギルドの処分によっては、500万の違約金を払わないといけないものね」


 ネージュは小さく笑みを浮かべて、ローザの軽いぼやきに付き合った。カルビが鼻を鳴らす。


「そんなモン気にしてたら、美味い飯も酒も不味くなるだろ。今日は特別だ。アタシが奢ってやるよ」


「えっ、マジで!?」


 ぱっと顔を明るくしたローザが「あざーっす!」と無邪気に喜んで、落ち着いた顔になったネージュが「じゃあ、美食街で1番高い店に行きましょう」と提案した。


「じゃあって何だよふざけんなテメェ」


 瞬時にカルビが目を怒らせる。エミリアが挙手した。


「なら私が、超豪華フルコースディナーの、イイお店を知っていますわ! 1人で80万ジェムと、ちょっと値が張りますけれど」


「行くワケねぇだろうがそんな店……。5人分を支払ったら、今回のアタシの取り分が全部メシ代に変わっちまう」


 いい加減、カルビが疲れたような顔になる。


 そんなカルビが何気なく口にした“5人分”という言葉に、やはりアッシュの胸は情けなく軋んだ。その人数の中に、余りにも自然にアッシュが存在していることを感じたからだった。


「ね、アッシュ君は何食べたい? それか、嫌いなものとかある?」


 そして当たり前のようにアッシュを誘ってくれるローザに、やはりアッシュは少し怯んでしまう。


 動揺と共に、この場に自分が相応しくないように感じた。


 だが、アッシュ自身が彼女達に相応しくなくとも、“次回の冒険に同行する者”としてならば、彼女達と共にいることは間違ってはいないのではないか。

 

 アッシュでなく、無人称の冒険者としてならば――。


「いえ、これといって苦手なものはありませんから」


 真っ直ぐなローザの瞳を、アッシュは懸命に見つめ返して笑みを作った。


「……御一緒させて貰って、皆さんと一緒のものをいただきます」


 アッシュは先程と同じように、自分自身という“個”を遠ざけて、冒険者という“役割”の中から彼女達に応答した。


 彼女達と、本当の仲間になりたいだなんて。

 そんな希望は抱くべきではない。抱いてはいけない。


 僕には、そんな資格なんてないのだ。


 彼女達とのより強い繋がりを求めそうになる心の動きを、胸の奥へと慎重に沈み込ませながら、ふと思い出した。


 そういえば5号区のギルド支部は、リーナ達がよく使う支部ではなかっただろうか。






第22話まで読んで下さり、ありがとうございまました!

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