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墳墓ダンジョン1



 

 古代魔王・ゼナルブ=アデモスト=ナヒライの地下墳墓。


 その2階層のセーブエリア内まで降りてきたアッシュ達を出迎えるように、嘆きと恨めしさのようなものが混ざった声が聞こえてくる。


「げっ。ローザ達じゃねぇか……」

「なんでトラブルメーカーのアイツらまで参加してんだよ」

「マジで帰れよなホント……」

「せっかく儲けられると思ったのによぉ」

「何も起こらないことを女神に祈るしかねぇぞ、こりゃあ」

「でもアイツら、つい最近もトロールダンプの一部を崩落させたらしいぜ」

「今は聞きたくなかったな、その話……」


 やはり大金の報酬が出るという依頼のせいか、既に多くの冒険者達が集まっていた。


 数は60人程だろうか。彼らは、遠巻きにアッシュ達を邪魔そうに眺めて、顔を歪めている。


「おい……。誰かアイツらに、帰れって言って来いよ」

「そうだぜ。俺達まで生き埋めにされちゃかなわねぇよ」

「お前が行けよ。関わりたくもねぇ」

「余計なトラブルに巻き込まれたら洒落にならん」

「墳墓に残ってる罠が、アイツらが原因で誤作動したりしてな」

「そういう不吉な冗談はやめろよ……」

「仮定の話にしては生々しいというか、現実感があるな」

「俺、もう帰ろうかな……」


 自分達に流れ込んでくる鬱陶しそうな視線の束と言葉の数々に、ローザは気まずそうに苦笑を作った。


「うわぁ、歓迎ムード……。流石にちょっと凹むかも」


「好きなように言わせておきましょう」


 軽く息をついたネージュも、その薄青い瞳を細めて、五月蠅そうに眉を顰めている。


「私達の邪魔をしてくることもないでしょうし」


「たとえ無礼非礼な方々であっても、助けを求められれば、決して見捨てるということはしませんけれど。私はワールドワイドでエェェクレセント、そしてボーダレスに慈悲深ァァァい淑女ですから」


 傲慢さと優しさを同居させた物言いをするエミリアは、「私って何て優しいのでしょう」と自分自身を賛美するような口調になる。


「まぁ、文句ばっかり言ってきやがる他の冒険者を、場合によっては助けてやるっていうのは賛成だ。だが、無料ってワケにはいかねぇよなぁ」


 カルビが冗談口調でエミリアに付き合った。


「そのときは文字通り、《《お助け価格》》で大金を巻き上げてやろうぜ」


 カルビは物騒な視線を辺りに投げながら、ぶつくさと言う冒険者を黙らせていく。


 乱暴な言い方をするカルビだが、彼女が優秀な治癒術士であることは、実際に傷を癒してもらったことのあるアッシュは知っている。


 それにトロールダンプでは、アッシュの傷を癒すだけでなく、思い遣りのある言い方で身体を気遣ってくれたことを思い出す。


 恐らくだがカルビは、理由もなく怪我人を放置するような冷酷さは見せないのではないか。


彼女と同じ治癒術士として、アッシュも頷いた。


「何が起きるか分かりませんし、冒険者同士で協力することも十分あり得ると思います」


 何せ、難関の墳墓ダンジョンだ。


 アッシュ達が降りてきたフロアには、トロールダンプのような賑わいは一切ない。


 露店も商人の姿も無く、硬質な静寂が横たわっている。壁も天井も無骨な岩肌が剥き出しで、寒々しい洞窟の空間といった風情である。


 その理由は単純なことで、墳墓ダンジョンのセーブエリアには、トロールダンプのような結界が張られていないからだった。


 無論、ゼナルブ墳墓のダンジョン付近には、正規軍の監視砦が築かれているし、墓守達が墳墓の外に出てきたときのために兵士も常駐している。

 

 だが、墳墓内を徘徊している墓守たちは、あくまで墓を守ることを使命としているアンデッドであるため、滅多なことでは地上を出歩かない。

 

 そこで、結界に代わる“ダンジョンの蓋”として、墓荒らしクランが軍から依頼を受ける形で、セーブエリアに常駐しているのだ。

 

 王国軍としては、結界用の大型魔導機械を墳墓内に持ち込み、維持するための費用も削減できるというメリットもある。墓荒らしクランにとっては、合法的に墳墓内を暴きながら依頼料を得ることができ、更には冒険者としての貢献度も加算される。

 

 利益の一致による合理的な形態ではあるが、対魔物用の結界が存在しないため、アッシュ達のいる場所は厳密にはセーブエリアではない。


 つまり、墓守達が襲ってきてもおかしくないフロアである。


 ローザ達のことを煙たそうに眺めて好き放題に言い合っていた冒険者たちも、ここが安全ではないことを念頭に置いているのか。


やや緊張している様子だった。ソワソワとして落ち着きがない。


 黙ったままでギラギラと目を血走らせている者や、周りの者を威嚇するように睨んでいる者、殺気だった仲間たちを宥めようとしている者、互いに手を組んで“墓守”を倒そうと、他のパーティに協力を呼び掛けている者もいる。


 彼らの認識プレートを見たところ、この場に集まっている冒険者達のほとんどが中級冒険者だ。


「やはり僕達の他にも、この依頼に参加される方は大勢いるみたいですね」


 周りを眺めながら、アッシュは少しだけ声を潜ませる。


「うん。まぁ予想はしてたけど、これは中々の競争率だね~」


 ローザも腕を組みながら苦笑を深めた。


「そうですわねぇ……」


 何とも渋い顔になったエミリアが、集まっている大勢の冒険者達を目線だけで眺める。


「“墓守”を倒した報酬の全額を、私たちで山分けできれば理想的ではありましたが……。流石に無理そうですわ」


「欲張っては碌なことにならないわ。墳墓ダンジョンは罠も多いというし」


 落ち着き払ったネージュが、周りを見遣りながら静かな声で言う。


「だが結局のところ、アタシ達は墳墓内を歩き回ることになるんだ」


そこでカルビが喉を鳴らしてみせる。


「運が良けりゃ、マジでお宝だって見つかるかもしれぇぞ?」


 ゼナルブを埋葬する際、所持していた大量の宝物や魔導書、魔導具なども全て、副葬品として墳墓に納められているという資料や文献も複数残っていることは有名だ。


 勇者革命時代の逸品、財宝などを求めて、幾つもの墓荒らし達が潜り込んでは、複数の行方不明を出して撤退。別の墓荒らし達がやってきては、また何人もの冒険者が行方不明になる――。


 そんなことを繰り返しながら、今ではゼナルブの墳墓も、7階層までの攻略が終わっていると公表されていた。


 そして実際に、これまでに魔王が遺した財宝も、幾つか発見されたりもした。


 だが、ある文献によれば、ゼナルブ墳墓は28階層まであるというらしいので、これが本当なら、まだ半分も攻略されていないということになる。


 逆に言えば、勇者革命時代の宝物が眠っているかもしれない未踏フロアが、まだ半分以上も残されているとも言える。


 まだ見ぬ秘宝や財宝を求めてロマンに身を浸す冒険者は、何時の時代も後を絶たない。

 

 大陸各地の墳墓ダンジョンは、多くの冒険者の野望と命を飲み込み続け、今もなお、かつての魔王達の威光の名残を示し続けているのだ。


「そこのお姉さんたち、ちょっといいかい?」


 不意に、ローザ達の背後から馴れ馴れしい声が響いた。


 振り返ると、体格の良い茶髪の男が片手を挙げて歩み寄ってくるところだった。上等そうな装甲服を着込んでいる。認識プレートは『2等級・銅』。上級冒険者だ。


 茶髪の男の少し後ろには、彼のパーティメンバーであろう男が4人、ローザ達を眺めて薄い笑みを張り付けていた。彼らも同じく『2等級・銅』の認識プレートを首から下げている。


「この仕事が終わったら、俺達の宿に来ない?」

「一緒に飲もうぜぇ。うぇへへへっ!」

「つーか、紅い髪のアンタ。デッケェな」

「いい身体してるぜぇ~」


 男たちは舌なめずりをするような口振りだ。その遠慮の無さを冒険者らしくて男らしいと勘違いしているのか。茶髪の男も、やけに自信満々な顔つきでローザに笑い掛けてくる。


「俺達と組もうぜ? 稼がせてやるよ」


「……それで協力の申し出のつもりなら、遠慮しとくわ」


 醒めた目つきになったローザは、誤解しようのないハッキリとした拒絶の態度で言い捨てる。


「他をあたってくれる?」


 眉間を絞っているネージュも、冷然とした眼差しだけで茶髪の男を一瞥し、冷気そのものといった声でローザに続いた。


「酒は好きだが、お前らみたいなやつらと一緒だと不味くなりそうだ」


 白けた顔のカルビは軽く鼻を鳴らし、下らないものを見る目つきになっている。


「ごめんあそばせ。そういったダンスの誘いは、全て断ることにしていますの」


 腕を組んだエミリアも口許に笑みだけを残して、あっさりとつっぱねた。


「な、なんだよ、ノリが悪いなぁ。つーか……、え、なに、お前、5等級?」


 取りつく島もないという感じの茶髪の男は、ようやくアッシュに気付いたように見下ろして、その認識プレートを見て半笑いになった。


「しかもその恰好、治癒術士だろ? いやマジで来る場所を間違えてんじゃねぇの」


 驚きと軽蔑を隠そうとしない、この場に居るアッシュの存在そのものを面白がるような、そういう言い方だった。


 同じ上級冒険者でも、トロールダンプで出会ったときのローザの反応とは全く違う。


 ローザはアッシュが5等級であることに驚きはものの、アッシュを見下すようなことはなかった。だがこの茶髪の男は、墳墓に潜ってきたアッシュを明確に嗤っているのだ。


 彼の仲間であろう男達も、「何だ何だ?」と言った様子でアッシュの方を見下ろしてくる。


「最低等級が墳墓ダンジョンに挑むなんて、命知らずだな」

「今からでも帰った方が良いんじゃね?」

「可愛い顔してやがるが、……あぁ、やっぱ男か」

「まぁ、見るからに足手まといって感じだな」


 茶髪の男の仲間たちも、やけに大きな声でアッシュのことを嘲り笑う。


 だが、こういうことにはアッシュも慣れたものだった。

 

「え、えぇと……。この場に居る皆さんの足を引っ張らないよう、気を付けます」


 おずおずと頭を下げて、アッシュは特に反論せずに苦笑だけで応じた。


 アッシュにとって重要なのは、同行を依頼してくれたローザ達に貢献することであって、他の冒険者と余計な摩擦を生むことでは決してない。


 それに、アッシュは自分が何を言われても特には気にならなかった。


 何か反論をする必要を感じるほど、自分自身への愛着も持っていない。侮蔑も嘲笑も全て受け止め、引き受けてきた。


 他者からの嘲りと侮りの言葉たちは、アッシュのことを、匿名の“最低等級の冒険者”であると断定してくれる。


“個”としてのアッシュの存在を、“冒険者という役割”の中に押し込み、パッケージしてくれる。


 自身という存在が希釈されていくことに、今までのアッシュは貧しい安堵を覚えていた。


「……私達の仲間を悪く言うの、やめてくれない?」


 だから、アッシュの隣を歩いていたローザが、険しい表情で茶髪の男に言い返してくれたことに驚いた。毅然としたローザの横顔を、アッシュは呆然と見上げてしまう。


「え? なんだよ? 気を悪くした? ごめんごめん。でも、事実を言ったまでだろ?」


 肩越しにアッシュを振り返っている茶髪の男は、全く悪びれたふうでもない。ヘラヘラと笑うだけだ。


「こんな弱そうなヤツを墳墓ダンジョンに連れて来るなんて、よっぽど人手不足なんだな」


 カルビとネージュが物騒に目を窄め、舌打ちをしたのは同時だった。


 完全な無表情になったエミリアなどは、「…………すぞ……」低過ぎる声を溢し、アッシュのことを雑魚だ何だのと遠慮なく言い放った茶髪の男を据わった目で睨みながら、ゴリゴリと物凄い音を鳴らして奥歯を噛んでいる。


 だが、しつこくローザ達を誘う茶髪の男は、まだ引き下がろうとしない。


「ん?」


 そこで茶髪の男が怪訝な表情になって、ローザが首から下げている認識プレートを凝視しはじめた。


「ぇ……、に、『2等級・銀』……?」


 目を丸くした茶髪の男は、仲間たちと顔を見合わせる。それから、自分達が首から下げている認識プレートを見比べはじめる。


 茶髪の男の等級は『2等級・銅』だが、ローザはそれよりも1つ上の等級、『2等級・銀』のプレートを下げている。


「へ、へぇ……。何だよアンタ、俺よりも上級だったのか」


 ローザが自分よりも格上だとは思っていなかったのか。茶髪の男は動揺したかのように、急に大人しくなって視線を彷徨わせる。


 その様子を遠巻きに観察していた他の冒険者達が、周りでヒソヒソと言い合うのが聞こえてきた。


「茶髪のアイツ、もしかしたら……」

「あぁ、ローザ達のことを知らねぇのか?」

「他所からアードベルに来た連中で、まだ日も浅いのかもな」

「流れ者の冒険者か。まぁ、珍しくもねぇ」

「大方、他の街から追い出されてきたんじゃねぇの?」

「そう言われても見れば、そんな感じだな」

「けけけ。大方、鼻つまみ者の集まりなんだろうよ」


 他の冒険者たちに小馬鹿にされ始めて、茶髪の男達のパーティも周りの冒険者達を睨みつける。


「何だと貴様ら!」「ぶっ殺すぞ!」などと彼らも色めき立ったが、乱闘や決闘騒ぎにまでは発展しなかった。


「おうおう。随分と騒がしいじゃねぇか。若い奴らは元気がいいな」


 セーブエリアの奥から、墓荒らしクラン『安らかに眠れ』の頭領、ガリクス=モニーゴが姿を現したからだ。


「集まった奴らは、これで全部か?」


 筋骨隆々、髭面の巨漢である彼は、40歳の中頃だろうか。


目つきには独特の鋭さ、老獪さがあって、まさに男盛りといった渋さを滲ませている。


首に提げた認識プレート、『3等級・金』。必要最低限の防具しか身につけていないのは、動き易さを重視してなのだろう。武器の類も、やはりアイテムボックスに収納している様子だ。


 ガリクスの後ろには、彼と同等級、つまりは中級冒険者の男女がぞろぞろっと続いていた。クラン『安らかに眠れ』のメンバーだろう。


 頭領を含めて、彼らのクランは中級冒険者を中心に構成されているようである。


 だが、危険な墳墓ダンジョンを積極的に攻め続けている集団という時点で、彼らの戦力が等級以上であることは間違いない。


 襲ってくる墓守達を退け、墳墓ダンジョンの蓋役として活躍しているのは彼らなのだ。


 クラン『安らかに眠れ』のメンバー達はそれぞれに動いて、集まっていた冒険者をガリクスの傍まで誘導しようとしている。墳墓に潜る前のブリーフィングを始めようとしているのは明らかだ。


「タイミングが悪ぃな。まぁ、いいか。また後でな」


 それを見た茶髪の男が、ローザ達から離れていく。どうやら彼らは、ガリクスのすぐ近くに陣取りたいようだ。何か、ガリクスに申し入れたいことでもあるのかもしれない。


「また後でな、って……」離れていく茶髪の男達の背中を見送ったローザが、疲れたような溜息を溢した。


「あれだけハッキリ断ってるのに、まだ私達を誘うつもりなのかな?」


「ポジティブな姿勢も、度が過ぎれば悪質ですわね」


 手で額を抑えるポーズになったエミリアに、カルビが神妙な顔を向ける。


「お前も似たようなトコがあるから、気を付けた方がいいぞ」


「えぇっ!?」エミリアは心外そうだ。


「とにかく、私達も行きましょう」


 ネージュにうながされ、アッシュ達もガリクスの近くへと足を向ける。


 既に冒険者たちの大半がガリクスの前に集まっていた。


 その集団の、やや外側にアッシュ達は加わった。さっきの茶髪の男のパーティが、集団の最前列で腕を組んでいるのが見える。


「どいつもこいつも中々いい目をしてやがる」


 冒険者たちに囲まれ、物騒な眼差しに曝されているガリクスは機嫌良さそうだ。


「総額とはいえ、流石に2000万ジェムを報酬にして依頼を出すと、まぁまぁ人も集まるもんだな。まぁ、これから墳墓に潜って行こうってんだから、それぐらいの元気があって貰わないと困るんだが」


 顎髭を撫でるガリクスが長閑な言い方をしたところで、彼の背後に控えていたクランメンバーの男女が、何やら紙の束を冒険者達に配り始める。


 墳墓ダンジョンの地図だった。流石は墓荒らし専門クランが用意したものであると言うべきか。方眼紙に描かれた地図は見やすく、分かり易い。


 それに、大きな赤文字で注意書きが付随してある。


「地下ダンジョン内だから、あんまり派手な魔法は厳禁だってさ」


「地下ダンジョン内だから、あまり派手な魔法は厳禁だそうよ?」


「地下ダンジョン内ですから、バカ火力な魔法は厳禁だと記されていますわね?」


 ローザとネージュとエミリアの3人が、真面目な顔になって、じっとカルビを見つめて念を押しまくっている。というか、他の冒険者たちまでもが、何か言いたげな顔つきでカルビを凝視していた。


「うっせぇなお前らはよぉ。はいはい。分かってるつーの」


 下顎を突き出したカルビが、うざったそうに言ってそっぽを向いたところで、集まった冒険者の中の1人が手を挙げた。


「おい、ガリクスさんよぉ。墳墓に潜る前に、確かめときたいことがある」


 さきほどローザ達に声を掛けてきた、あの茶髪の男だった。


「報酬の2000万、本当に用意されてるんだろうな? それに――」


 挑戦的な口振りの茶髪の男は、ガリクスの等級を一瞥してから、見下すような口調で言葉を続ける。


「アンタの噂は聞いてるぜ? “仕事が終わってから減額してくる”、ってな」


『3等級冒険者』であるガリクスよりも、『2等級冒険者』である自分の方が、実力が上だと判断している様子だ。


 馴れ馴れしい喋り方のなかにも、隠しようもない横柄さが滲んでいる。


「とりあえずだ、報酬はどうやって分けるのかを教えてくれよ。依頼用紙にも、詳しくは当日のセーブエリアで話すって書いてあっただろ?」


 茶髪の男がガリクスに浴びせた質問は、他の冒険者達だって気になっていた内容だからだろう。


 アッシュの周りにいる冒険達は何も言わずに、ガリクスが答えるのを待っていた。ローザやネージュ、カルビも、そしてエミリアも黙ったままだった。


「心配すんな」


 大袈裟に肩を竦める仕種をしてみせたガリクスは、茶髪の男だけでなく、集まった冒険者にも視線を流した。


「報酬は既に冒険者ギルドの口座に預けてある。今日のうちに俺達のクランが全滅しようが、お前らが受け取る2000万は無くならねぇ。あと、以前にあった報酬の減額についてだが――」


 その時のことを思い出しているのか。ガリクスは鬱陶しそうな口調で言いながら、ボリボリと後頭部を掻いた。


「アレはな、死にかけた冒険者共に高位魔法薬やら毒消しやらを、俺達のクランが使ってやった結果だ。報酬から回復薬の分を差っ引いたんだよ」


 集まった冒険者をぐるりと見回したガリクスが、ひとつ溜息を吐き出す。


「だから今回の依頼については、最初から注意書きをしてあるだろ? “治癒魔法と回復魔法薬は、十分に用意して来い”ってな。そもそも冒険者なら、その辺のリスクには十分に備えるのが常識ってモンだ。前の奴らは油断して墳墓に潜ってやがったのさ。まぁ今回は、そういう馬鹿が居ないことを祈ってるぜ」


 ぼやいたガリクスは頭をボリボリと掻いて、ひとつずつ確認するように言葉を続けていく。


「報酬額は依頼用紙に書いてあった通りだ。墓守はリビングアーマーが2体。ひょろ長いノッポと、それにデカブツ。1体につき1000万。これを狩った奴らで等分だ。単純だろ?」


 軽く笑ったガリクスが鷹揚に答えると、茶髪の男が軽く鼻を鳴らして薄笑いを浮かべてみせた。


「確かに分かり易くていい。だが、戦闘に参加したかどうかはともかく、墓守を仕留めるのに貢献したかどうかは判断しにくい。依頼主のアンタが、俺達と同行してくれるんなら分かるんだがな。依頼用紙にもあったが、アンタ達のクランは別行動なんだろ?」


「あぁ。俺達のクランには、罠と埃を払いながら慎重にお宝を探すっていうクールな仕事がある。墓守とやり合うのはお前らの仕事だ。そうだろう? 俺がギルドに出した依頼は“同行”じゃねぇ。あくまで“討伐”だ」


「分かってるさ。その為の2000万だ。だが、その報酬欲しさに、碌に戦いもしねぇ臆病な奴らが、デタラメを言って権利を主張してくる可能性もある。いや、まず間違いなく、そういう卑怯なヤツが出てくる。“俺も戦いに参加した”、“墓守にダメージを与えたから俺にも金を寄越せ”って具合でな。その場合はどうするんだ?」


 茶髪の男はそう言ってから、周りの冒険者を小馬鹿にしたような目で見回しながら「アンタ達が依頼を出すタイミングと、悪い噂が重なったんだろうが」と言葉を続ける。


「此処に集まってる連中は、大半が中級冒険者だ。しかも、パッと見たところ弱そうなヤツも多い。ダンジョン内で足を引っ張られたくねぇのは勿論だが、報酬を受け取る段階になってまで、そういう雑魚共の相手はしたくねぇんだよ。時間の無駄だからな」


 茶髪の男の発言は、過激で、排他的で、高圧的かつ攻撃的だった。彼のパーティメンバーらしい男達も、ヘラヘラとした笑みを口許に湛えている。


 「何だとテメェ!」「言ってくれるじゃねぇか小僧」などと、他の冒険者達も殺気立った。


「おいおい。落ち着けお前ら」


 ガリクスが面倒そうな顔で宥めた。


「俺が何の為に報酬金をギルドに預けたと思ってるんだ?お前らの働きについては、ギルドの職員が公正に判断してもらうことになってる」


 正確に言えば、審問職員だが。そうガリクスが続けたので、冒険者達は一斉に口を噤んだ。


「この仕事で墓守を狩ったヤツ、それに貢献したと思うヤツは、ギルドの受付で報告をしてくれ。そしたら、審問職員が自白魔法を施してくれるぜ」


 腕を組んだガリクスは、淡々としている。


 冒険者業界が隆盛するにつれて、ギルドの依頼目的を達成してもいないのに、虚偽の報告によって報酬だけを得ようとする者が増えて大きな問題になった。


 その解決策として、冒険者ギルドは特例的な人材を投入することを決定した。


 それが審問職員だ。


 魔術士協会から派遣された彼らは、一般的には使用が厳しく禁止されている精神魔法を、部分的に、かつ限定的に活用することを許可されている。


 倫理観が欠如した冒険者たちの、悪質な虚偽報告を見抜くためだ。


「アイツらの自白魔法の前で、虚をついて報酬を掠め取ろうなんてしてみろ。死罪にはならないだろうが、なかなか愉快なことになるぞ」


「そりゃあいい。コソコソ逃げ回ってただけのヤツが、後になってデタラメなことをぬかしても無駄だってことだな?」


 集まった冒険者の中から声が挙がって、ゆったりとガリクスが頷いた。


「あぁ。そうなるだろうよ。嘘の主張は、間違いなく審問職員が弾く。逆を言えば、複数人で墓守を倒したのなら、その中の1人だけが報酬を受け取ることもできねぇ。基本的には、その全員で等分するようにギルドには話を通してある」


 クランマスターらしい貫禄のある声で言い切って、ガリクスは茶髪の男をしっかりと見た。それから集まった冒険者も見回す。


 大勢の人間を相手に、説明や説得をするのに慣れている者の仕種だった。


「勿論、戦闘への貢献に差が出るってのは俺も分かってる。そのあたりの調整に関しては、報酬を受け取る人間同士でやってくれ。そういう話し合いが必要になった場合も、審問職員が立ち会ってくれるようにも頼んである」


「じゃ、じゃあ、墓守の装備品はどうなる? 回収したら貰っちまってもいいのか?」


 また冒険者の中から声が挙がって、「それも同じだ」とガリクスが即答する。


 王の墳墓を守っているだけあって、墓守が身に着けている武具や装飾品も、魔王戦争時代の逸品である場合も多い。つまりは、非常に高価なお宝である可能性が高いのだ。


「墓守から奪った武具や装飾品については、一旦はギルドに預ける形になる。これも報酬の一部だからな。そんでもって、それを誰が持ち帰るのかってことも、当事者同士で話し合ってくれりゃあいい。当然これも、審問職員に立ち会って貰うことになるがな」


「つまり最終的には、働きに応じた分の報酬がキッチリ支払われるっつーことだな。安心したぜ」


 茶髪の男がゆっくりと胸を反らせ、不遜な態度で鼻を鳴らした。ガリクスが冗談めかして苦笑する。


「いや、安心するのは早いと思うぞ。お前らの今日の仕事はハードだ。多分、長い1日になるぜ。生きて帰ってこれる奴の方が少ないと思っといた方がいいかもな」


 冒険者の間でざわめきが起こったが、構わずにガリクスは「こっちからも確認しておくぞ」と言葉を続ける。


「俺達のクランはお前達とは別行動だ。俺達は8階層の攻略に向かう。その間に、お前達には隠しフロアに潜って貰って、厄介な墓守を始末しておいて貰いたいっつーのが、この依頼の意図だ」


 依頼用紙にも、その旨は記されていた筈だとアッシュは思い出す。


「当然だが、俺達はお前らの命の保証は出来ないし、お前らを守る義務もない。報酬の2000万を用意するのが俺の責任であり、俺はそれを既に果たしてある。あとは、冒険者の文字通り、“危険を冒す”のがお前ら仕事だ。それで死ぬのが嫌なら、今からでも帰ればいい。俺は止めないぜ?」


 ゆったりとした口振りだが、突き放すような、どこか冷酷な響きがある言い方だった。


 集まった冒険者達は、ガリクスの言葉に多少は気圧されたようで、一瞬だけざわつきが止んだ。だが、そこで帰るような者はいなかった。


「へっ」と軽く笑ったのは茶髪の男だ。


「今更ノコノコと帰れるかよ。その番人気取りの墓守どもが出没するフロアに、さっさと案内してくれ」


「そうだな。あんまり長話をしていても、お前らの身体を冷ましちまう。分かった。じゃあ行くか」


 ガリクスは背後に並んでいたメンバー達に顎をしゃくってみせる。


 彼らはすぐに頷いて、まずは15名ほどがセーブエリアの奥へと向かった。あの集団が先行隊になってくれるということだろう。


 あとに残ったメンバーのうち、1人がアッシュ達の前に出てきて、「どうぞ、此方へ」と言って歩き始めた。


 中年の男性で、落ち着いた物腰だ。現場慣れしているというか、血の気の多そうな冒険者達を前にしても怖気づいている様子は無い。


 案内役である彼の後ろにガリクスと残りのクランメンバーが続き、そのあとを他の冒険者達が着いていく隊列になる。


 そうしてアッシュ達の目の前に現れたのは、壁際の地面に口を開けている大穴だ。


 斜め向きになった洞穴といった風情だが、その縁からは下へと降りる階段が伸びている。階段の横幅も広く、15メートルはあるだろうか。


 とにかく、この階段を降りれば、そこはもう墳墓の中だ。墓荒らしを撃退する危険な罠、猛毒の瘴気、強大な墓守、そして、魔王の財宝が眠っているダンジョンに入り込むことになる。


「依頼用紙にも書いたが、お前らの仕事場は、墳墓7階層で見つかった隠し通路の向こうだ。言っちまえば、隠しフロアだな」


 ガリクスが説明を始めたところで、案内役の男性が階段を降り始める。


 地下へ降りる階段や、その下に見えるダンジョンの通路に明かりが灯っていくのが分かった。あの薄青い光は魔法灯のものだろう。足元が十分に見える明るさだ。

 

 慣れた足取りのガリクスは、アッシュ達を肩越しに振り返った。

 

「隠しフロアには何度か入って、こういう魔法灯を設置して明かりも確保してある。あとは空気清浄用の魔法陣も設置済みだ。俺達みたいな墓荒らしにとっては、ああいう隠しフロアは胸の躍る探索ポイントだからな。何せ、他にも通路が隠されてる可能性もある」


 だが、ガリクス達はそこで問題にぶち当たった。


 今までに遭遇したことないような強力な墓守2体が、隠しフロアに陣取っていたのだ。


 「ノッポの墓守は背が高いクセに、異常なほど体格が細いんだよ。気配も薄いし、不気味な野郎だ。武器は両手に握った長刀。多分、大昔の武芸者か何かの死体で造られたんだろうが、やたら強い。お前らも気を付けろよ」


 ガリクスは笑い話のように言う。


「あと、デカブツの墓守は、腕が長くて脚が短い。ずんぐり体型だな。武器はトゲ付きの鉄棍だ。こいつも、やけに玄人くせぇ動きをしやがるから、一体一で戦うのはやめた方が良いかもな」


 討伐対象の墓守について話すガリクスの声は、墳墓の通路内に横たわる薄暗がりに、滲み込むように響いている。


 迷路じみた墳墓の通路は広く、高く、整然とした石造りで、天井付近には壮麗な紋様や彫刻らしきものがびっしりと刻まれていた。


魔王戦争時代の建築様式なのか、雰囲気としては地下墳墓というよりも城といった風情である。


 初めて足を踏み入れたアッシュでも、闇の濃淡に覆われたこの墳墓の広大さを肌で感じることができた。


ただ、ガリクス達の案内の御蔭で、アッシュ達は迷うことなく各階層を通過していく。クラン『安らか眠れ』のメンバー達が先行してくれているとはいえ、あまりにも静かだ。


 地下6階層まで降り切ったところで、周囲の気配を探っていたアッシュはぽつりと溢してしまう。


「……ここまで潜るまでに、他の墓守の姿が見えませんでしたね」




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