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セーブエリアで察した、彼女達の風評 


 勇者革命戦争のあと、凶暴で好戦的なトロール達が溢れて野生化し、周囲の生態系や人々の生活圏を深刻なダメージを与えていた。


 これを鎮めるべく、かつての勇者たちの末裔と王国正規軍が協力して各地のトロールの群れを討伐。トロールダンプの地下2階層にも大掛かりな魔物用結界を張り、ダンジョンそのものに蓋をしたのが200年ほど前のことだ。


 それから更に100年。


 結界魔法や魔導機械の技術向上に伴い、地下ダンジョンの管理が昔よりも格段にしやすくなったこと、そして冒険者業界の隆盛の波を受け、この対魔物用の結界を部分的に解除することを王国が許可した。


 冒険者達が地下を探索するようになった今では、結界で仕切られた地下1階層から2階層は“セーブエリア”として整備され、王国正規軍に管理されている。


 トロールダンプの3階層から2階層に上がる通路は、剥き出しになった岩肌を荒く削り、段差が歪で急な階段と、傾斜のきつい坂道を組み合わせたような足場だ。


 大戦斧を肩に担ぐように持ったカルビが、そんな悪路を軽快な足取りでのぼっていく。


「さぁて、セーブエリアに戻ったらどうする?」


 彼女はアッシュ達に振り返るついでのように、短く呪文を唱えていた。


 ぼうっと音がして、アッシュ達の足元に魔法円が浮かび上がった。魔法円からは淡い炎が巻き起こり、翻るようにしてアッシュ達の体を包んでいく。


 炎の色は、薄い青と赤。清廉で静謐な輝きを帯びた炎だ。全く熱くはない。寧ろ、少し冷たさを感じる。


 カルビが唱えたこの魔法は、“浄化の霊炎”だ。


 『水』と『火』の両方の属性を持っている治癒系魔法で、被術者の身体や装備を清潔に保つという効果がある。


 緊急の医療現場などでは重宝されている魔法で、傷から出る血や汗、それに衣服や装備の汚れや埃を水魔法で洗い流し、さらに炎魔法で燃やし尽くす。


 アッシュが着ているボディスーツや、手に持っている血塗れのローブも、薄青い炎に焼かれて汚れが消えていく。


「わざわざ、ありがとうございます」


 アッシュが頭を下げると、カルビは唇の端を持ち上げてヒラヒラと手を振ってみせる。


「礼なんて要らねぇよ。こんぐらい、お安い御用だ」


「……いつもなら代金を払えって言ってくるクセに」


 ネージュが冷たい横目でカルビを眺めながら、ぼそっと言う。眉根を寄せたエミリアも半目になって、ネージュに頷いた。


「えぇ。何と言うかこう、アッシュさんにイイ顔をしようとしていますわよね……」


「普段からこれぐらい優しくて気が利くと助かるんだけどな~」


ローザも冗談めかして笑っている。


 彼女達もアッシュと同じく、身に着けている装備からは汚れが消えていた。新品同然とまではいかないものの、ダンジョンに入る前の状態にはなっているだろう。


「ごちゃごちゃうるせー。アタシはいつだって優しくて気が利くだろうが」


 エミリアとネージュ、それからローザの順に指を向けたカルビは、そのついでのように、全身鎧もアイテムボックスに収納した。


 代わりに、少し薄手の装甲服を着込んだ姿になる。やはり赤と黒の配色が派手で、やけに攻撃的なデザインだった。


「取り敢えず、これで全員が身綺麗になっただろ。飯屋に入っても文句は言われねぇ」



「喉も乾いたし、何処かで休憩するのは賛成よ」


 軽く溜息を吐いたネージュも、手にしていた大槍と全身鎧をアイテムボックスに仕舞い、スマートで洗練された印象の装甲服の姿になる。蒼と黒を基調しているのも、彼女によく似合っていた。


「実は私も、もうお腹ペコペコですわ……」


 少し憂鬱そうに軽く息を吐いたエミリアも、着込んでいた漆黒の重装鎧をアイテムボックスに仕舞ったようだ。彼女が着込んだ装甲服は、黒いドレスに防具を備えたような仰々しいデザインである。


 ドレスらしい艶やかさのある黒いロングスカートには深いスリットが入っていて、美しく引き締まった筋肉質な太腿が露わになっている。


「取りあえず、どこか座れるトコに行こう」


 ローザは苦笑しながら、着込んでいたボディスーツのファスナーを少しだけ緩めた。窮屈さから解放されたのを喜ぶように、彼女の豊満な乳房がふるるんと揺れていた。

 

「同行依頼を受けて貰ったアッシュ君とも、色々と相談しなきゃいけないしさ。ね?」


 振り返ったローザが、茶目っ気たっぷりなウィンクをしてくる。


 彼女の言う相談というのは、アッシュへの同行依頼料や、ローザに施した治癒魔法料についてのことだろう。


 冒険者を続けていく上で、こうした金銭の話は重要だ。特に、他の冒険者との間でなされる取引で金銭トラブルを起こせば、その悪評は冒険者ギルドにも行くし、等級にも響く。


 アッシュはソロ冒険者であるし、自分の等級や評判について特に気にはしない。今までもそうだった。


だが、いい加減な対応をしてローザ達に迷惑をかけるわけにはいかない。


「えぇ。お願いします」


 軽く頷いたアッシュがローザを見上げたところで、セーブエリアの入り口を塞ぐようにして光の壁が聳えているのが見えてきた。


 複雑な紋様と魔術文字がびっしりと刻まれた、対魔物用の結界である。


「……帰還者か?」


 結界の向こうから、鋭く太い声飛んできた。


「おう。冒険者だ。開けてくれ」


 カルビが笑って応じる。すると結界の光が薄れ始めて、淡い微光の靄のように揺らいだ。結界が解けたのだ。


 アッシュ達が結界を通り抜けると、魔術師装束の上から防具を着込んだ3人の男が待ち構えていた。結界を管理している正規軍の兵士達である。


彼らの背後では対魔物用結界を補強、補助するための大型の魔導機器が幾つも鎮座していた。


 その機器類を相手に何らかの操作、或いは結界魔術の詠唱を維持する兵士たちの姿も見える。彼らは凄腕の結界魔術師であり、また、魔導機械技師でもあるのだ。


 兵士の一人が険しい目を向けてくる。

 

「無事に冒険を終えてきて何よりだ。……だが先ほど、ダンジョン内が僅かに揺れた」


 別の兵士2人が、ローザ達を順に睨んできた。


「ダンジョン内では問題を起こすなと、潜る際にも忠告した筈だ」


「場合によっては、等級降格や貢献度のマイナスだけでは済まんぞ」


 彼らの口調は明らかにローザ達を責めるものだったし、何か厄介なことをローザ達が起こしたのだと決めつけている風でもある。


 どうしようもない問題児を扱うような態度だ。


「トラブルの全部を、アタシ達の所為にするんじゃねぇよ」


 兵士たちの高圧的な態度に対し、カルビが鼻を鳴らす。


「シャーマンの上位トロールだ。ソイツが爆破系の魔法を唱えやがったんだよ」


「なに……」と兵士の1人が怪しむように目を細めたところで、ローザが兵士たちの前に出て、トロールダンプの地図を取り出した。


「私達は、9階層で上位トロールのシャーマンに遭遇しました。カルビの言う通り、シャーマンの放った魔法で、……この地点の通路が崩落しています」


 広げた地図に指を滑らせるローザは、明瞭な言い方で兵士たちに説明する。


「この崩落に巻き込まれたのは私達だけのはずです。戻ってくる途中で何度か確認しましたが、他の冒険者の姿も、救助を要する負傷者も確認できませんでした」


 上官への報告さながらのローザの口振りに引き摺られ、兵士たちは素直に頷きながら地図に視線を落としている。


「その危険な上位トロールは、もう彼が仕留めてくれたわ」


 ローザの傍に居たネージュが優しい表情になり、まるでアッシュの活躍を紹介するような口振りで続く。


「そうなんですのよ! 此方のプリティ&チャーミングなアッシュさんの、華麗にして美麗、霊妙にして峻烈な剣技の前に、トロールのシャーマンは為す術なく倒れ伏したのですわ!」


 ふんっと鼻息を吐き出して胸を反らしたエミリアは、もう語りたくて仕方がないといった様子で、兵士たち3人を見比べた。


「貴方達も、このアッシュさんの素ン晴らしィィィ戦いぶりを聴いてみたいはずですよ? えぇ、そう決まっていますわ! では、この私《わたくし》が詳《つまび》らかに教えて差し上げましょう!」


「いや、必要無い」

「いや、要らんぞ」

「いや、不必要だ」


「えっ……、そ、そぉ……?」


 地図から顔を上げた兵士3人は、容赦ない即答でエミリアをしょんぼりさせたあと、無言でアッシュの方に顔を向けてくる。


「この小柄な低級冒険者が?」という不審そうな表情を、彼らは隠そうともしない。


 「え、えぇと……」


 兵士たちから凝視されて、アッシュは背筋を伸ばしてしまう。

 

 対魔物用結界を管理している彼らは、アッシュが結界を潜って3階層に潜ろうとした際、「身の程を知るのも冒険者の技術だぞ」と忠告してくれていたのだ。

 

 今の彼らは、自分達が弱小冒険者だと判断していたアッシュが、上位トロールを仕留めて帰還してきたということに理解が追い付いていない様子でもある。


 「……僕が活躍したというよりも、この場にいる皆さんと協力して倒したというのが、正確なところです」


 自身の実感として、アッシュはそう応じた。


「そうか……。貴重な報告、感謝する」


 アッシュを見下ろしていた兵士たちも、ローザ達のことを問題児扱いはしているが、その実力は確かだと認めているのだ。


 上位トロールの討伐も、あくまで彼女たちの“パーティ戦”が齎した戦果であるならばと納得したのだろう。


「非礼も詫びよう。危険な魔物を、よく討伐してくれた。ダンジョンの崩落と上位トロールの出没については、ギルドにも伝えておく」


 ローザ達とアッシュに軍式の敬礼の姿勢をとった兵士達は、すぐにそれぞれの任務に戻っていく。


 兵士の1人は、キビキビとした動きでセーブエリアの1階層へと向かう階段まで駆けて行った。彼は多分、ダンジョンの外にある監視砦へと向かったのだろう。


 砦には正規軍の兵士達が詰めている筈だし、軍部に入ったダンジョン関連の情報はギルドにも素早く届く。


 残った2人のうちの1人の兵士は、懐から短い棒状の金属装置を取り出して口許に近づけた。魔導機械の製品だ。アッシュも名前だけは聞いたことがあるが、確か、マイクロフォンだったろうか。


『ダンジョン内の通路が崩落しているとの情報があった。また、9階層付近での上位トロールの目撃情報もだ』


 兵士が金属棒に向けて話し出す。すると、それに呼応してセーブエリアの彼方此方から、何倍にも拡大された兵士の音声が同時に響いてきた。


『これからダンジョンに潜る冒険者は、いっそうの警戒と装備の確認を勧める』


 事務的な兵士のアナウンスを聞きながら、ローザ達とアッシュはその場を離れて店舗エリアに足を向けた。



▼▼▼



 ダンジョン内でも商売ができるということで、このトロールダンプのセーブエリアにも商魂たくましい者達が店を出しにきている。

 

 雰囲気としては雑多な地下街といった感じだ。


 アイスクリームの屋台から、安価で買える串焼き肉の屋台、高価な魔法薬を並べた立派な骨組みの屋台もあれば、怪しい武器類を地面に並べただけの露店もある。

 

 他にも、代金を受け取って武器や防具に魔法効果を付与させるエンチャント屋や、暗視ゴーグルや照明器具などを扱う道具屋、それに、死にかけになって地下から戻って来た冒険者達に、治癒魔法を高額で施そうとする悪徳治癒術士の姿もあった。


 あとは、冒険者が持ち帰って来たトロールの武具や装飾品を買いに来た商人、他には、『助っ人募集』の看板を持った冒険者パーティなど、様々な種類の人間が、それぞれの目的の為に動いている。


「おい。さっきのアナウンス聞いたか」

「ああ、崩落らしいな」

「それに上位トロールまで出たんだと」

「深層から上がって来たのか」

「並の奴らじゃ、遭遇したら無事じゃすまねぇぞ」

「つーか、またガセじゃねぇだろうな……」

「あぁ。前は確か、地竜が出たとかなんとかだったよな」

「真偽のほどは潜ってみねぇと分からねぇよ」

「いつものことだな」

「だがまぁ、9階層の話なんざ俺には関係ねぇ」

「おう。あんなトコまで潜れるかよ……」


 冒険者達が顔を見合せ、さきほどアナウンスについて口々に言い合う声も聞こえてくる。


「おい、アッシュ」


 不意に、唇を歪めたカルビが近づいてきて、隣を歩きながら肩を組んできた。まるで当たり前のような自然さだったが、いきなりのことにアッシュはギクリとしてしまう。


 その身長差のせいで、カルビの乳房がアッシュの横顔、頬の下あたりに当たってくるからだ。


「カルビさん、ど、どうされました?」


「あぁ。先に訊いとくべきだと思ってな」


 アッシュは何とか、カルビの身体から顔を逃がす。ただ、そんな苦労にはお構いなしのカルビは楽しげだ。


「お前、酒はイケる口か?」


「い、いえ、お酒は殆ど飲んだことがありません」


「そりゃ勿体ねぇな。人生の半分とまでは言わねぇが、かなり損してるぞ」


「そ、そうですか?」


「あぁ。だから、今日は飲めよ。奢ってやるぜ」


「カルビ。そうやって強引にお酒を勧めるのは良くないよ」


 腰に手をあてたローザが、カルビを窘めるように言ってくれた。


「そうですわよカルビさんッ! というか、なんでそんなにアッシュさんと親しげですのッ!? 肩まで組んで、というか、ほとんど抱き寄せているじゃありませんのッ! いっ、いいなッ!!」


 羨望と非難を綯い交ぜにしたような言い方をするエミリアは、むぎゅぎゅーっと悔しそうに下唇を噛み、大袈裟に肩をいからせている。


「確かに、馴れ馴れしいわね」


 恐ろしいほどに冷えた声で続いたネージュは、横目でカルビを睨んでいる。


「アッシュ君を困らせるのは、貴女も本意ではないでしょう?」


 その鋭すぎる視線は冷凍光線さながらで、気の弱い者が向けられれば文字通り凍り付いてしまう迫力があった。だが、そんな殺人的な視線を平然と受け止めるカルビは、「へっ」と肩を竦めるだけだった。


「そりゃあ、コイツを困らせるつもりはねぇよ。でもよぉ、慰労会っつーか、祝勝会っつーか、そういうモンは主役が酒を飲まないと始まらねぇだろ?」


「主役というのは……」


 おずおずとアッシュが訊くと、カルビは唇の端をつり上げた。


「お前に決まってんだろ」


 人懐っこさと獰猛さを同居させた笑みだった。カルビは琥珀色の瞳を爛々と輝かせ、アッシュの横顔を覗き込んでくる。


 その様子は傍から見たら、装甲服を着こんだ高長身のカルビに、小柄なアッシュが絡まれているように見えたかもしれない。


 賑わうセーブエリアの雑踏の中から、アッシュ達を遠巻きに見て、ヒソヒソと何かを言い合っているのが聞こえてきた。


「お、おい、見ろよ。カルビだ……」

「ネージュと、それにエミリアも居るぞ」

「げっ……。ローザのとこのパーティか」

「さっきのダンジョンの崩落っつーのは、まさか」

「あぁ、アイツらの仕業かもな」

「上位トロールがどうとかも言ってたが……」

「あいつら、トラブルを引き寄せ過ぎだろ」

「まるっきり疫病神じゃねぇか」


 畏怖と好奇心を混ぜ込んだようなヒソヒソ声は、行き交う人々に伝播しながら大きくなっていく。


「カルビのヤツ、チビな冒険者に絡んでやがるな」

「うへぇ、おっかねぇ……」

「近寄ったら巻き込まれちまうぞ」

「カルビに絡まれるなんて、何やったんだアイツ」

「あのガキ、たぶん丸焼きにされちまうぞ」

「いや、ネージュも居るからな。……氷漬けか」

「焼かれたあとに氷漬けかよ。地獄だな」

「か、かわいそうに……」

「ぉ、おい、誰か助けてやれよ」

「冗談じゃねぇよボケ。お前が行けよ」

「おい誰か居ねぇのか」

「カルビとネージュに文句を言えるヤツ」

「そんなヤツ、2等級より上にしかいねぇよ」


 いつのまにか、冒険者達や商人達がちょっとした人垣を作り、そのなかをアッシュ達が歩いていくような状況になっていた。


「いや、エミリアならギリギリで話が通じるだろ?」

「そ、そうかぁ……?」

「でもエミリアって、結構アホアホっぽくないか?」

「そうなんだよな……。何か話が拗れそうというか」

「アイツの戦い方も無茶苦茶だしな……」

「前もエミリアの盾に巻き込まれたらしいぞ」

「5人ぐらいが神殿送りになったっていう、アレか」

「俺も聞いたぞ。全身骨折で内臓破裂だったらしい」

「治療費も200万ジェムだったって噂だぜ」

「怖すぎるだろ……。まるっきり魔物じゃねぇか」

「あれが原因で、エミリアも等級も下げられたって話だ」


 言いたいことを言う野次馬たちだが、どうやら彼らは、カルビとネージュ、それにエミリアのことを恐れているふうだった。


 アッシュはローザ達の評判をほとんど知らないが、人垣から響いてくる囁きかわす声から、なんとなく察することができた。


 ついでに言えば、恐れている者達ばかりでもないことに気付く。


「ぐふふ。しかし相変わらず、ローザの奴はイイ乳してんなぁ」

「あんな美巨乳の持ち主なんて、歓楽街でも中々見つけられねぇよ」

「尻とか太腿とかも、健康的にムチムチなんだよなぁ」

「いろいろとデカくて柔らかそうだけど、引き締まってる感じがたまらねぇ」


 野次馬たちの一部は、好色そうな目つきでローザを眺めている。身体のラインが出ているローザのボディスーツを目線で脱がし、撫でまわすかのようだった。


 そんな男達の舐めるような視線はローザだけでなく、カルビやネージュ、エミリアにもそのまま流れていく。


「カルビもネージュも、見た目はイイんだよな……」

「派手な装甲服で分かんねぇけど、すっげぇカラダしてるよな」

「そういう意味ではエミリアも逸品だろ」

「背もデカい乳もデカい尻もデカい太腿もデカい」

「デカいしか言ってねぇじゃねぇかお前……」

「急に知性を失うなよ。びっくりするだろ」


 下劣な視線にさらされているローザはと言えば、呆れたような顔で人垣を一瞥しただけで、特に反応を見せなかった。無視を決め込んでいる様子だ。


「ふっ……。また下賤な男達が、私の虜になっているようですわね。余りにもエェェェクセレントで、セクスィィィィィ過ぎるというのも、罪なものですわ……」


 エミリアは自らの魅力を嘆くかのような切なげな表情を浮かべ、頬に手をあてて緩く首を振っている。


 一方のカルビは、もっと攻撃的な態度を取った。


「さっきからゴチャゴチャとうるせぇなぁ……」


不埒な話を続けようとしている男達を探すように、ゆっくりと首を巡らせたのだ。


 それだけで人垣の中から短い悲鳴みたいなものが幾つか漏れ、野次馬の冒険者や商人達は雑踏の中へと逃げ戻り、紛れていった。


「えぇ、本当にね」


 視線だけで人垣を蹴散らしたカルビの隣でも、ネージュが底冷えするような冷たい声で呟いていた。ネージュは冷気そのもののような眼差しを周囲に流して、逃げ遅れた者達を震え上がらせている。


「2人とも、そうやって周りを威嚇するのはやめなって。ああいうスケベな奴らは無視すればいいんだしさ」


 友人達の悪癖を注意する口調で、ローザは「もぅ」とカルビとネージュを順に見た。ローザはジャケットの前を閉じるようにして、豊かな胸を隠すような姿勢になっている。


「待て待て。待てよローザ」


 カルビが首を振って、アッシュの肩を組んでいない方の手でネージュを指差した。


「アタシは威嚇なんてしてねぇよ。バカみてぇに威圧感を振り撒いてるのはネージュの方だぜ? なぁ?」


 同意を求められ、とてつもなく返答に困ったアッシュは顔を引き攣らせつつも笑みを保ち、「いえ……、ど、どうでしょう」と曖昧に答えるに留めた。


「誰がバカですって? 怖がられているのは貴女の方でしょう?」


 冷た過ぎる目つきになったネージュが即座に言い返したが、「あぁ?」とカルビも首を傾けて眉をハの字にした。


 アッシュは一刻も早くこの場を去りたい気分だったが、カルビに肩を組まれているのでそうもいかなかった。2人の言い合いはヒートアップしていく。


「お前の冷血フェイスの方がよっぽど怖ぇよ。パン屋でお前を見た子供がギャン泣きしだしたの、もう忘れたのかよ」


「はぁ? あれは貴女の目つきの悪さが原因でしょう。パン屋のおじさんだって、貴女の目を見て金縛りにあってたじゃない」


「バッカだなぁ、お前。あのオッサンが『どうか命だけは……』って顔で怯えてたのは、明らかにお前の殺人眼光の所為だろうが。アタシじゃねぇ」


「……言っておくけど、私よりも貴方の目つきの方が恐ろしいわよ。まだドラゴンの方が可愛げがあるわ」


「ンだとテメェ」


「何かしら?」


 言い合っていた2人は睨み合いながら、全身から魔力を放散させ始めた。


彼女達は今にも得物を構え、喧嘩というか決闘でも始めそうな雰囲気だった。カルビに肩を組まれたままのアッシュとしては、かなり勘弁して欲しい。


「あっ、やべぇ」とか「うわ、やべぇぞ!」という切迫した声が雑踏と人垣の方から聞こえてきた。アッシュも同感だったし、確かにやばそうだった。


 カルビとネージュの持つ魔力がぶつかりあった結果だろう。


 紅と蒼。2色の魔力を帯びた微光の潮流が、アッシュ達の周囲をのたうつようにして吹き抜け始めたのだ。睨み合うカルビとネージュが、このまま激しい戦闘を繰り広げる。そういう気配が濃厚に漂い始めていた。


 この2人の戦闘に巻き込まれることを恐れた野次馬たちは、他の者を突き飛ばしたり、すっ転んだりしながら我先にと逃げ出している。


「ちょ、ちょっと2人共! 流石に此処での喧嘩は不味いって! 懲罰対象になっちゃうよ!」


 血相を変えたローザが慌てて2人の間に入ったおかげで、カルビとネージュの殺気はそこで緩んでくれた。


「全く……。カルビさんとネージュのお2人が仲良しなのは分かりますが、もう少し場所を弁えていただかないと。……ねぇ、アッシュさん?」


 年長然として落ち着いた雰囲気を、どこか無理矢理に醸し出そうとしているふうのエミリアは、微笑みを湛えながらアッシュを見詰めてくる。


「言い合いばかりしているカルビさんとネージュさんの傍では、アッシュさんも少し居心地が悪いでしょう? ほら、どうぞ私《わたくし》の傍へ。遠慮なさらずと構いませんわ。えぇ。この私《わたくし》――いえ“エミリアお姉さま”の腕の中、そして胸の中は、アッシュさん専用なのですから……!」


 エミリアの表情は落ち着いているものの、熱の籠った口調が早口になっている。


「さぁ、アッシュさん。こぉぉぉのエミリアお姉さまのハグで、身も心もホッカホカにして差し上げ増すわァァンンン……!」


 腕を広げたエミリアが、「んふーッ……んふーッ……」と鼻息を荒くして、にじり寄って来る。


「いえ、あの……、お気遣いありがとうございます」


 アッシュは礼だけ述べて、気持ちだけを受け取っておくことにした。今はカルビに肩を抱かれているような状態であるので、このままエミリアにまでハグをされてしまっては、もみくちゃにされてしまう。


「おいエミリア。目を血走らせながら早口になるんじゃねぇよ。ちょっと怖ぇンだよ」


 カルビが顔を歪めて、ネージュも顔を顰めた。


「そうやって連続で舌なめずりするのも、どうかと思うわ……。トロールより怖いわよ」


「なぁ、新種の魔物みてぇだよな」


「お二人とも失礼過ぎますわよッ! というか、どうして私に悪口をいう時だけ息が合いますの!?」


「はいはい。3人の仲が良いのは分かったから。取りあえず、場所を変えよう」


 ローザが軽く手を叩いて、この場を纏めてくれた。もっともらしくアッシュも提案する。


「そ、そうですね。此処で立ち話もなんですし、落ち着ける場所を探しましょう」


 その頃には、周りに出来ていた人垣も、さっきまでのカルビとネージュの殺気に怖気づいて、もとの雑踏へと崩れようとしていた。


「やっぱり、あのパーティーはヤベぇな……」

「マジで目を付けられたらかなわねぇよ」

「それに、あの噂のこともあるしなぁ」

「ローザの親父のことか? 」

「ただ噂だろ。ギルドが調べてるはずだ」

「なんにせよ、もう行こうぜ」

「あぁ。アイツら引き起こすトラブルに巻き込まれる前にな」


 吐き捨てられた遠慮の無いヒソヒソ声について、カルビやネージュ、エミリアはもう興味を示さなかった。


だがローザだけが、一瞬だけ頬を強張らせて俯いたことにアッシュは気付く。今までの彼女が明るかった分だけ、その険しい表情がやけに印象的だった。


アッシュはまだ、彼女達のことを何も知らないことを改めて思った。


今回も最後まで読んで下さり ありがとうございました!

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