第48話 さばの味噌煮と醤油煮付け
「さば、ありますか?」
その晩、しのぶにふらりと現れたのは、30代半ばくらいの小柄な女性だった。
真っ赤なリップと、疲れた目元が妙にアンバランスで、でもどこか懐かしい匂いがした。
「味噌煮が食べたいの。いや、やっぱり……お醤油の煮付けでもいい」
マサさんが一度だけ、ちらりと忍さんのほうを見る。
忍さんは、ふっと微笑むと、小さく頷いた。
「どっちも作るわよ。マサさん、二人前ね」
ほどなくして、厨房にはさばを煮る香りが広がった。
甘く、濃く、でも優しい――そんな匂い。
「……うち、母がさば好きでさ。よく夕飯に出たの。私は味噌が好きだったんだけど、母は決まって、しょうゆ味だった」
女性は、箸を片手にぽつりと言った。
「どっちも作ってくれる人なんて、いなかったな……」
やがて、湯気をたてて、二つの皿が並んだ。
味噌のコクが絡むさば、醤油と生姜でじっくり煮込まれた素朴な一皿。
彼女は、ゆっくりと味噌煮をひとくち。
そして、煮付けにも箸を伸ばす。
「……ああ、やっぱり、どっちも母の味じゃないのに、涙が出るくらい美味しいって、あるんだね」
マサさんは黙って、炊きたての白いご飯を添えた。
忍さんは、静かに湯飲みにお茶を注いだ。
「それは、今のあなたにちょうどいい味だったのよ」
そう言った忍さんの声に、女性は目を伏せ、肩を震わせた。
その晩、彼女は何も言わずに、ふた皿をきれいに食べきった。
そして、また静かに立ち去った。
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本日のレシピ:さばの味噌煮と醤油煮付け
【さばの味噌煮】
さば切り身:2切れ
味噌:大さじ2
酒:大さじ2
みりん:大さじ1
砂糖:小さじ1
水:100ml
生姜(薄切り):2〜3枚
① フライパンに材料をすべて入れ、落とし蓋をして中火で煮る。
② 汁気が半分ほどに煮詰まったら完成。
【さばの醤油煮付け】
さば切り身:2切れ
醤油:大さじ2
酒:大さじ2
みりん:大さじ1
砂糖:小さじ1
生姜(千切り):適量
水:100ml
① 調味料を鍋に入れ、煮立ててからさばを加える。
② 弱火で10分、味を含ませながら煮る。
ひとことアドバイス
生姜は香りを引き立てつつ、臭み消しにも効果的。味噌煮は火を止めたあと、10分ほど置くとさらに味が染み込みます。




