第49話:トンカツ定食
その夜、雨が降っていた。
アーケードの灯が、濡れた路面に滲んでいる。
夜の十一時を回っているというのに、暖簾をくぐって入ってきたのは、若い女性だった。
「いらっしゃい。……濡れちゃったねぇ」
カウンター越しに、おかみの忍がそっとタオルを差し出す。
女性は小さく会釈しながら、ぬれた肩をふく。
「すみません……仕事帰りで、ちょっと、気が抜けちゃって」
彼女の名前は中沢春香。
小さな広告代理店に勤める、バリバリの営業ウーマン。
でも今日は――クライアントに怒鳴られ、上司に詰められ、自分でも嫌になるほど落ち込んでいた。
「何か食べたいもの、ある?」
忍の問いに、春香は少し考えてから、こう言った。
「……トンカツ、ありますか?」
隣で包丁を研いでいた板前のマサさんが、ふと笑う。
「ちょうど、いいロースがあるよ」
静かな厨房の奥で、マサさんが衣をまとわせた豚肉を油に滑らせる。
ジュワッという音が、どこか心をほぐす。
数分後。
カウンターに出されたそれは、きつね色の揚げたてトンカツに、艶やかな白飯、味噌汁と千切りキャベツ、そして冷や奴。
春香は思わず、ごくりと喉を鳴らす。
「……いただきます」
サクッ。
ナイフを入れると、驚くほど軽い音。
肉は柔らかく、脂は甘い。
そして衣の香ばしさが、口いっぱいに広がる。
「……美味しい……」
つい、涙がこぼれそうになる。
「家でご飯を作る余裕もなくて……でも、外食ばかりだと落ち込むし。ここは、ちょっと違うんですね」
忍は優しく微笑む。
「うん、たまには、ひとり飯も悪くないよ。しっかり食べて、元気になればいい」
春香は、味噌汁を一口すすった。
温かさが、冷えた心にしみていく。
「……ごちそうさまでした」
空っぽの皿を見て、春香はふと笑った。
「また、来ていいですか?」
「もちろん。今日みたいに、疲れた夜はいつでも」
店を出た彼女の背中に、忍は静かに声をかけた。
「お仕事、無理しすぎないでね」
外の雨は止んでいた。
濡れた道の上に、彼女の背中が少しだけ、軽くなっていた。
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今日のレシピ:トンカツ定食
材料(1人分)
豚ロース肉(150~180g)
塩・こしょう 少々
小麦粉、卵、パン粉 適量
サラダ油
キャベツ(千切り)
ご飯、味噌汁、冷奴(お好みで)
手順
1. 豚ロース肉は筋を切り、塩こしょうで下味を。
2. 小麦粉→溶き卵→パン粉の順で衣をつける。
3. 中温(170℃)の油で、きつね色になるまで揚げる。
4. 千切りキャベツと共に、アツアツをどうぞ。
ワンポイントアドバイス
・衣をつけた後、10分ほど寝かせると衣が安定し、サクサクに。
・冷めても美味しい“カツ丼”にも応用可能!




