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マッスル令嬢インフェルノ




 そんなこんなで、近衛の副隊長セイフガッド・ジ・オーエン子爵に狂い始めてから、半年近くが経過した頃。

 なんの前触れもなく唐突に私の家へ一つの縁談が舞い込んだの。

 意中の彼から。


 ホワイ?


 いや、以前に冗談で責任取れとか考えてはいたけれど、まさか現実になるだなんて誰も思わないでしょう。

 いったい何がどうしてこんな急展開が?

 あの例の日以外で、私たちマトモに会話すらしたことありませんよ?

 完全に一方的な感情だと自覚していたから、迷惑を掛けたくなくて、稀に彼がパーティーの参加者側にいる時だって近付かないようにしていたぐらいなのに。


 なぜにホワイ?


 で、まぁ、困惑しつつも、こちらに否やがあるワケもないので父経由で了承の返事を送りまして。



「まさか、お受けいただけるとは思いませんでした」


 初の顔合わせで二人きりになった途端の卿の一言目がコレ。


 なんやねん。


 返す言葉に困っていると、それを察した彼が再び口を開いてくれた。


「私は貴女に対して、気を悪くされるような言動しか取っていなかったでしょう?」

「えっ。いいえ、まさか。その様なこと」


 いや、確かに一般的な貴族のレディなら、怒ってもおかしくない直球さではあったけれども。

 私個人としては別に、本気で何とも思わなかったので。


「そもそもがご令嬢に対する態度でもなければ、軽率に尋ねてよい質問でもありませんでした。

 その上、不躾に女性の体に視線を向けるなど、とても許されることではない」

「いえ、状況が状況でしたから、多少作法を欠いても仕方がなかったのでは?

 (わたくし)とて、子爵様に対して無礼な態度であったことは否めませんし。

 問いに関しても、真実不快であったならば拒絶や沈黙で返しておりました。

 それに、視線に至っては、こちらが誘導した結果であり、むしろ、謝罪は私の方がすべきではないかと……」


 完全に気にしすぎ案件ですよ、と。

 これが堅物なんて称される所以ゆえんなのだろうけれど。


「……マチルダ嬢、貴女は優しすぎる」

「ええ?」


 苦悩の表情で突然に何を?

 怖いんですが。

 恋する相手が目の前にいるっていうのに、私、どうして違う意味でドキドキさせられているの?


「侯爵家のご令嬢という立場にありながら、常に誰かのサポートやフォローをして回っているでしょう。

 それも、自身の損得に一切関係なくだ」

「そんな……買い被りですわ」


 目の前で難儀している人がいるとつい声を掛けちゃうとか、頼られると断れないなんて部分はあるけれど、そんな風に言われるほど他人の面倒ばかり見ていた覚えはないわよ。

 ちゃんと普通の社交自体も楽しんでいるもの。

 そもそも誰かを助けるのだって、全て自己満足ためのエゴで、偽善でしかないし。


「貴女は底抜けに慈悲深く、そして、危うい人です」


 せやろか。


「しかし、だからこそ目が離せない。

 傲慢にも、この手で守りたいなどと不埒な考えを抱いてしまう」

「えっ」


 えっ。

 待って。えっ、ちょっ。えっ。今、なにて?

 筋肉令嬢を相手に、守りたい?

 は?


「それだけではない。

 世の風潮にも流されず自らの思う美を、己の信念を貫き、日々弛まぬ努力を重ね続ける精神の強さにも、どうしようもなく惹かれます」


 惹かかっ、おっおっおっ。おほっ。ほほっ。


「私のような朴念仁にはもったいない女性だと、長らく表明を避けておりました。

 しかし、一方的な想いを抱え続けるも不毛と考え、玉砕を前提に求婚の打診を送ったのです」

「ま、まあ……」


 意外と自己評価そんなに高くない系でしたか、セイフガッド副隊長。

 でも、ほら、ちょっと見て、自分が情けない的な悔し顔で目を瞑っていないで、見て私を。

 ほら、顔真っ赤ですよ、真っ赤、ちょっと、貴方の発言でこんなになっちゃってるんですよ。

 全然、不毛じゃない。両想い。ほら、ちょっと、おい、こっちを見ろ。一人で結論を出すな。

 何が朴念仁ですか、あんな簡単に人を落としておいて、この色男が。

 ねぇ、ちょっと、正面から全力でぶつかって、がっぷり四つでやりあおうではないですか。

 いや、物理じゃなくて精神的な話ですよ、もちろん。こちとら深窓の令嬢ですからね。

 ほら、どすこい、どすこい。グイグイよし来い。


 いや、ここはいっそ待ちの姿勢より、私から正直に告白した方が話も拗れないのでは?

 乙女心としては少々複雑だけれども、受け身でいたんじゃあ育てた筋肉たちにも笑われてしまう。

 よしっ、女は度胸よ! ゴーゴーマッスル!


「セイフガッド様のような素敵な男性からの求婚を、まさか断る女性なぞおりませんわ。

 その……もちろん、(わたくし)も含めて」

「…………今、なんと?」


 彼の意識がハッキリこちらに向いたわ!

 大技のチャンスよ! 決めちゃえ、私っ!


(わたくし)も、ずっとお慕いしておりました。

 多くから醜いと称されるこの鍛え抜いた肉体を、僅かも厭わず受け入れてくださった男性は……セイフガッド・ジ・オーエン子爵、貴方様ただお一人だけでございます」

「まさか……そんな、簡単なことで?」


 とても信じられない、といった表情の副隊長。

 さもありなん。


「ふふ。簡単なことと、そうおっしゃってくださるのね。

 あの時、(わたくし)がどれだけ嬉しかったか。はしたなくも浮かれてしまったか。

 きっと、ご理解いただけることはないのでしょう。

 けれども、貴方様のそうした純真さこそが、何よりも私を救ってくださるのです」


 左腕を軽く曲げ盛り上がった上腕二頭筋を、右手で愛おし気に撫でつつ、告白を遂げた私。


 いえ、さすがに視線が絡み合った状態では恥ずかしすぎたものですからね。

 我が子同然の筋肉に触れることで精神の安寧を図ろうと、ね。

 おほほ。

 ……こういうところがモテないのだわ、きっと。


 ここで気持ちを切り替えて、私は愁いを帯びた瞳をセイフガッド卿へ向ける。


「精神の強さにも惹かれたと、先程そう伺いましたが……私もまた、どこにでもいる、ただのか弱い女なのです。

 幻滅されてしまったかしら」


 はい、副隊長殿。お察しいただけただろうか?

 ここは否定する場面、否定する場面ですよ。

 察して察して察して、お願いぃーーっ。

 チラッ、チラッ、チラチラーッ。


「……いえ。いいえ、まさか。

 貴女に幻滅など、そんなことあるわけがない」


 パーフェクツッ!


 思わずガッツポーズをやりかけてしまったわ、危ない危ない。

 マッスルでも私は侯爵令嬢なのですから、お淑やかにね。


「では、改めて、(わたくし)との婚約を受け入れてくださいますか?」

「無論です。

 貴女という女性を妻と迎えられるなら、これ以上の僥倖はない。

 私は今、望外の喜びに打ち震えております」

「まぁ、セイフガッド様……」


 ほっ……微笑みの貴公子ぃぃッッッ!

 普段近衛をやっているせいもあってか、プライベートですら笑顔がレアな人なんですよ、彼!

 それが、こんな、かすみ草を背負ったような清廉で可憐な初々しい微笑みをっっ!

 このウルトラスーパーレアスマイルをっ、私だけに向けてぇぇぇ!

 っはぁぁぁぁん!

 我が生涯に一片の悔いなぁぁぁし!



 その後に続く未来に向けての長い長い話し合いで、挙式までキスの一つすらしてくれない難物であるらしいことが発覚するけれど……彼を伴侶と迎えられるなら、まったく些細なことでしかないわぁ。

 うほほほっ。


 いえいえ、せっかく両想いなのにハグもないとか気にしてません、気にしてませんから。

 本当、心から、ええ、はい。

 ……あ、あの、せめて恋人繋ぎぐらいは沢山、あ、人前では破廉恥(ハレンチ)、はい、分かりました。

 えっ、今度一緒に鍛錬を?

 素手で可能な簡単な反撃技を教えてくださると、ああ、はい、もちろん。

 はい、嬉しいです。うふふ。おほほ。



 あ、あれ?

 私、今まで自分のことを普通だと思っていたけれど、もしかして、とんだムッツリ助兵衛な変態女だったのかな。

 へへ。へへへ。


 ……な、泣いてなんかないんだからねっ!






 何だかんだで自分たちなりに順調に愛を(はぐく)みつつ、さらに数ヶ月後。

 満を持して行われた婚約発表のパーティーでは、多くの貴族をどよめかせることになった。


 結婚したい男性ナンバーワンを掻っ攫おうっていうんだもの、当然よね。


 きっと各方面から手厳しい非難や批判を受けるんだろうなと思ったわ。

 なのに、私の予想に反して、案外すんなりと祝福ムードに変わっていて、とても驚いたの。


 友人から聞いた話によれば、恋のライバルであったご令嬢たちの間でも、大半がマチョルダ様なら仕方がないって納得されていたのですって。

 うん、マチルダですけどね、私。

 侯爵家かつゴリマッチョな令嬢と敵対するのが怖いから、という人も当然いたわ。

 でも、これまで続けてきた自己満足な親切行為の中にそこそこの数のご令嬢がいて、本人や周囲の方々が私に感謝の念を抱いているから、っていうのが最大の理由らしいの。

 情けは人のためならずって、本当ねぇ。

 日頃の行いが、こんな風に返ってくるなんて想像もしなかった。


 逆に、セイフガッド様は、何度か決闘を申し込まれた様子よ。

 これも、以前に私が助けたご令息関係みたいで、憧れの人に相応しいか試すだとか、心身を鍛えていつか自分が誇れるようになったら告白しようと思っていたのにだとか、そんな主張と共に絡まれてしまったのですって。

 もちろん、彼は恋のライバルその他を軽々蹴散らしてくださったわ。

 はぁーっ、推せる。


 というか、失恋については、さっさと唾でもつけに来てくれていればワンチャンあったかもしれないのに。

 貴族のくせに詰めが甘いというか、夢見がちというか……可哀想だけれど、自業自得かしら。

 乙女の花開く季節は短いのだから、面識も約束もなしに何年も待っているわけがないのよ。

 現に、無自覚ながら一番最初に筋肉を褒めてくれたセイフガッド様を、まんまと好きになっちゃったじゃない?

 こうなってしまったら、もう彼一筋なんですからねっ。


 なんて……ちょっと、痛かったかな。

 すっかり筋肉系喪女だと思い込んでいたのに、突然モテ事実が発覚したものだから、分不相応に舞い上がってしまったわ。

 愛しの彼に呆れられてしまう前に、このお調子者思考を少しはマシにしなくっちゃね。

 でも、直るのかしらコレ?




 まっ、何はともあれ!

 筋肉ムキムキになることで悪役から脱却したゴリマッチョ令嬢こと私マチルダは、最強パーフェクト美男子セイフガッド様と、史上最高に幸福な結末を迎えることが出来たのよっ!


 ありがとう、前世の記憶!

 ありがとう、ムキム筋肉!


 そーれ、マッスルマッスルっ!

 もひとつオマケに、マッスルマッ……?


「ん、マーチ? 何をしているんだ?」


 アイエエエ、ガッド様!?

 ガッド様ナンデ!?


「っう、うふふー。

 時間が空きましたもので、腕の筋肉を少々鍛えておりましたのぉ」

「そうか、さすがはマーチ。精が出るな。

 どれ、せっかくだ。私も共に鍛えるとするかな」

「まあ、嬉しいわ」


 オホホ。ウフフ。アハハ。




 はぁー、マッスルマッスル……。






 おしまい☆



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― 新着の感想 ―
[良い点] 大筋だけ見てればごく普通の乙女ちっく恋愛譚なんだけど、絵面想像で脳がバグるw 冒頭直後の『マチョルダ』で全てを持ってかれた感。 [気になる点] ボディビルダーであって格闘家ではないと。 …
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