45 魔法の現状
今では考えられない事だけど魔素乱流期の終わったあの日から暫くはインターネットで魔法の情報を公開しても特に支障も無く、人々は自分で考案した魔法を試してはアップしていた。
その頃はまだ日本の魔素生命も存在せず情報の漏洩についても群れに対する裏切りと言った感じの強烈な忌避感は無かった。
古代魔法人の魔法は皆が知る状況にあり、簡単な魔法なら成体であれば誰でもすぐに使える様になったから人々は魔法の情報がそこまで重要なものとも考えてはいなかった。
世界的な混乱が続く中で私が開発に関わった飛ぶ魔法も日本政府が機密扱いにする以前に世間に遊びとして広まってしまっていた。
核兵器の無効化にしても今なら公表出来ない可能性が大きい。
それが日本の魔素生命が制定された頃から群れに対して害になるとして新しい魔法の情報はアップされなくなった。
仲間内で直に集まって情報を交換したりするのは問題ない様で時々断片情報が洩れたりするけど故意に洩らす様な事は無くなった。
既に神様情報で公開されていて且つ修得も比較的容易な魔法については気にする必要もない。
だけど新しく開発された魔法なんかは精神的にプレッシャーがかかって一般公開なんて出来はしない。
自身の群れへの裏切りと思う行為には強烈な忌避感が発生して抑制が働くのだ。
事情は何処の国も同じで海外からの魔法の最新情報もある時期を境に日本には入らなくなった。
人は皆、自らの所属する群れを見定めて安易に情報を流さない様になっていた。
これは国の魔素生命が制定されているかどうかに関係なくだ。
国の魔素生命は有れば国を群れとして纏め易いけれど無いと纏めれない訳では無い。
この頃になると魔法の情報交換は政府の高官同士が回りくどい探り合いの後に互いの合意の上で秘かに行っていた。
それも真世歴七年半ばの転移魔法の情報交換辺りまででそれ以降は忌避感で互いに情報を出せない状況となっている。
人は死ぬそして死ねば故人の情報は神様情報として人全体に共有されるから何れは公開される事になる。
だけど魔法は知るだけでは真面に使い熟せない、鍛錬して技術を身に着ける事により使い熟せる様になる。
そして神様情報を解析しても魔法を身に付けるための全ての情報を得るのは未だに難しい。
だから魔法の情報はいつまでも機密情報のままで漏洩に忌避感が有る。
それで魔法の情報交換はほぼ不可能となっていた。
魔法の情報を他の群れに流すにはそれが自分の群れの為になるとの理由を見つけないと無理なのだろう。
現状はそんな理由を見つける事が非常に困難な事を示しているが。
そんな訳で日本国内では転移魔法とか植物の魔法とかは既に利用が広まっているけどその魔法の内容についての情報がメディアで流れる事は無い。
現状に反発するメディア関係者もいたが忌避感が強くて反発をしていた当人ですら魔法の情報を流せないのだ。
その結果、メディアはどんな魔法も内容は伏せて全て魔法の一言で済ませている。
『魔法については詳しい事が知りたければ専門の教育機関で学ぶか神様情報を解析すれば良い』と言うのが日本政府の見解である。
それもあってか魔法に興味のない人は魔法を得る手段が有っても深く知ろうとはしないし、魔法を使えなくても生活レベルは維持出来ているから問題とは思っていない。
日本政府は問題だと捉えているけど例によって忌避感が強くて理由を公表できないから魔法の教育レベルを徐々に上げていくぐらいの事しかやれてはいない。
日本政府は魔法の教育レベルを上げるために魔法教師の養成を図り、その為に私は教育大学に派遣される事となった。
初めての魔法教師の養成の経過は初期に脱落者が六人出たのみである。
自衛隊の訓練プログラムによるデータボックスの常時使用が学習能力と魔法技術を劇的に向上させるためか初期の六人以降に脱落者は出ていない。
再教育中の教師は元々魔法学の学士以上の資格持ちなので魔法の習熟度については問題のないレベルだ。
自衛官の講師から魔法の鍛錬方法の講義を受けて知識を身に付けるだけなので順調に進んでいる。
教育大学の体制も徐々に整ってきて三年もすれば私もお役御免の予定だ。
魔法学部以外の学部に転移魔法を開放する件は国内の医学部・理学部・工学部・農学部等については既に一部で実施されている事もあって特に支障なく進んでいる。
そこまで魔法を修得してしまえば後は本人の意思次第で秘匿技術を得る方法はいくつかあるのでそれらの学生の殆どは既に転移魔法どころか他の魔法の秘匿技術も修得済みである。
政府も魔法の修得者を保護育成する意味もあって鍛錬して魔法の秘匿技術を修得可能な者に対してそれらを教授する事は認めている。
それでうちの大学では如何なったかと言うと選択だった魔法技術習得が理学部・工学部・農学部等で必須になっただけである。
この様に日本における魔法教育の普及は着実に進んでいて政府はなるべく格差が広がらない様に考慮している。
だが生体魔法回路に組み込んだ魔法が子孫に伝わる事を知って以降の魔法修得者達は魔法の鍛錬に励む様になり数世代後には格差が広がりそうな様相となっている。
魔法修得者の増加は国力の増加に繋がるので国としては望ましい成り行きではあるが魔法技能の格差の広がりは止まりそうにない。
魔法教育の普及は国民の能力の底上げには充分役に立っているのであとは当事者の自覚次第だ
日本では幸か不幸か植物の魔法を利用する事で日常生活にはさほどの差が開いていない。
世界的には魔法教育の普及の差によって国力に差が開きつつあると日本の上層部は考えている。
そして日本政府は国を有利に導くため国内の差は縮め国外との差は拡げるべく行動している。
日本では海外での死亡者の神様情報をチェックする部署が防衛省に有って解析している。
情報収集の一環だが海外での魔法の開発動向や社会への浸透具合もそれで確認している。
民間でも覗き屋とか言われる人達が同じことを遣って商売にしているぐらいだから世界中の何処でも遣っているだろう。
その情報の限り、今の所は日本社会ほど均一に魔法が浸透している地域は無い様だ。
海外では場所によっては魔法を排斥しているみたいだからそんな事も有り得るだろう。
でも日本では既に魔法なしでは国防も成り立たなくなっていてこの状況は海外でも同じだろうに魔法を排斥して如何するつもりだろう?
世界中の情報機関が日本と同様に神様情報を解析して情報を探っている。
各勢力の情報機関は少しでも自勢力が有利になるべく鎬を削っている。
そうして人の開発した魔法も遅かれ早かれ世界中に拡散していく。
やがて魔法の技術は諸勢力の経済に著しい影響を与えて経済力を上げ、軍事運用する事で軍事力を格段に上げる。
日本人の大半はそう考えていて政府もその考えに沿った政策を打ち出して行動していた。
自衛隊は魔法によってシナの軍事力が上がって周辺に対して何らかの軍事行動をとると想定して沖縄で軍事演習を行ったり西沙諸島や南沙諸島で周辺国と合同軍事演習を行ったりしていた。
当のシナ人は覇権争いの内戦状態で脚の引っ張り合いに忙しくて周辺地域には偽装難民を送る程度の事しかしていなかった。
半島人も今はシナの覇権争いに自ら飛び込んで忙しいみたいだ。
相変わらず日本には『シナの覇権を掴む支援をしろ。支援しないと後悔するぞ』とか言っている。
そしてシナの戦闘状況を調査すると相変わらず初歩の魔法しか使われていない。
周辺国は既に転移魔法を運用して兵站を維持するのが当たり前になりつつあるのにシナではその兆候もない。
それでもいつかはシナの軍閥から魔法を運用して抜きんでる勢力が現れるだろうとの予測の下に日本人は軍備を整えシナの状勢を注視している。
自衛隊が魔法の軍事運用を開始して大きく変わったのはバリアとシェルターによって銃火器・地雷等の兵器が無効になった事である。
他にもゲートの使用で国内であれば部隊が即時展開可能となったし、魔法を使っての小規模発電が可能になった事で陸上部隊では燃料がほぼ不要となった。
現状は日本が他の諸勢力に対して軍事的には圧倒的に優位な状況にある。
一昔前であれば国内に世界的な覇権を目指して蠢く勢力が湧いてもおかしくない状況だ。
でも日本では群れの人口が増えると群れは強大にはなるが状態が不安定となって纏め難くなる事が広く知れ渡っている。
人口の自然増だけならまだしも文化習慣の異なる多民族を支配すれば不安定さが倍増して国は群れとして益々纏め難くなる。
群れを強くするために群れの状態を不安定にして群れの存続を危うくするのは本末転倒で今の日本にそんな面倒な事を志向する勢力はいない。
現在世界で大きな問題となっているのも政情不安による難民の発生と侵入で覇権による侵略ではない。
だがこれは将来的に魔法を利用して世界の覇権を目指す勢力が現れる可能性を否定するものではない。
実際にシナの様に覇権争いで混乱している地域もある訳だし、それが世界規模になる可能性もある。
日本は混乱に巻き込まれるのは嫌だからシナを封じ込めているけど混乱に便乗してシナの覇権争いに加わった半島国みたいな例もあるから世界的な混乱を利用して覇権を目指す勢力が現れないとは言えない。
現状は自勢力の地盤を固めるので手一杯の所が多いからそんな兆候は見当たらないけどシナの状況からすると潜在しているだけで状況次第で顕在化してもおかしくはない。
日本が行っている魔法の軍事運用については世界中で同程度の魔法の運用を始めたら近代兵器による遠距離攻撃が無効になると想定している。
昔の様に近接戦闘が主流となる戦争に回帰してしまう訳だ。
近代兵器の抑止力としての効果が激減するとともに大量虐殺とかも困難になるのでそれはそれで良い事かもしれない。
魔法を近接戦闘で使用する際の注意点は相手を攻撃できると同時に自分を完璧に防御する様な状況は有り得ない事だ。
生物には個々に魔法の絶対領域が有ってその内側であれば他者の干渉を受けずに魔法を発動する事が可能である。
従って飛ぶ魔法の様に魔法を術者自身に行使するのを他者が干渉する事はほぼ不可能である。
バリアとシェルターが開発される前はアイテムボックスを使って遠距離からの攻撃の防御を行っていた。
何かが飛んで来たらアイテムボックスに収容すれば防御となる形だ。
これは熟練すればバリア並みに防御する事が可能だが同程度の魔法が使えるものが闘った場合は刀剣や槍等を使った戦闘となり勝敗は戦闘技術が握る。
バリアやシェルターが使えると少し状況が変わってシェルターで防御に徹すると相手の攻撃は届かない、そして防御する側も攻撃しようにも攻撃できない状態となる。
相手を攻撃するには自分を相手から攻撃可能な状況に晒さないといけない。
反面シェルターで防御に徹しさえすれば戦闘経験のない一般人でも負ける事はない。
この為、自衛隊では防御を主軸にした戦闘訓練を行う訳だけど……あれは私より上の世代の人が見るとショックが大きいだろう。
私も魔法の効果を青森の猿ヶ森砂丘の演習場での実験を始めてみた時は予想通りではあったけど目を疑った。
近代兵器ではシェルターで防御する歩兵一人を傷つける事すら不可能なのだ。
シェルターで防御に徹すると近代兵器の攻撃を受けても整列して行進が可能で攻撃側から見るといくら攻撃しても無傷で普通に前進してくる訳で気が付くと無傷の敵兵が目の前にいる事になる。
転移魔法や飛ぶ魔法を併用すれば地中海中空中の何処にでも侵攻可能だ。
そして敵の攻撃を受けて敵の魔法のレベルを判断して格下ならバリアに切り替えて敵を磨り潰す。
魔法が同程度使える敵だと対人攻撃は効率が悪いので戦闘も拠点の破壊が中心となる。
建造物等の無生物なら無人であれば攻撃魔法も有効で近代兵器も有効となる。
海外の現状はと言うとどうも日本人が当初に想定していたほどは魔法の普及が進んでおらず軍隊運用も進んではいない。
専制国家や独裁国家に類する権力志向の強い勢力の権力者は権力の維持を優先する。
この様な権力者は権力の強化に繋がる軍事力の増大は望むけど魔法の普及は権力基盤を揺るがす恐れがあるため魔法の教育には消極的となる。
そして魔法については上流階級の特権として勢力内での権力の維持に使われる。
この様な文化圏では鍛錬を積んで魔法を身に付ける者は危険分子として排除されるか上流階級に組み込まれ特権を得るかとなる。
上流階級に組み込まれた者は自らが得た特権を維持しようとするので自分の後に続く者が増えるのを好まないから限られた者にしか魔法を教えない。
現状に不満で危険分子と見做された革命を志向する者の殆どは自分が権力者に成り替わりたいだけで例え革命に成功しても大成に変化はない。
覇権争いが続くシナが典型的で近代兵器は使っているけど三国志とかみたいな様相になっている。
シナでは魔法使いは権力者に阿っているか侠客の様に振舞っている様だ。
難しいと思うけど昔の様に隠者として潜んでいる者も存在するかもしれない。
いずれにせよこのままだと魔法は一部の者が習熟するだけで教育して普及する事は無いだろうから大半は未熟なままとなる。
これからもこれまでのシナの歴史の様に覇権争いを繰り返していくのかはシナ人次第だ。
魔法に関してはシナが今の様な状況だと突出した優秀な個人が出て来る可能性はあっても軍事的な脅威となるかは微妙な状況だ。
なんか共産党支配の時に大陸から台湾に多くの武術家が逃げ出したみたいにその優秀な個人が難民に紛れて逃げ出している感じなんだよなぁ。
シナの権力者にとって魔法使いの多くは地位を脅かす者で迫害対象なんだろう。
そして世界の独裁色が強い勢力は何処もシナと同じ様に権力の維持を図っているのか似た様な状況らしい。
まぁ、覇権争いで内戦に発展していないだけシナよりはましだな。
シナ人が覇権争いなる内輪揉めで潰し合いをする状況が続くのは日本が巻き込まれない限りは日本人にとって良い状況である。
シナで内輪揉めが続く限り物資を供給して経済が潤うしシナからの侵略も収まる。
難民は少し厄介だけど台湾か満州に引き渡す事で話が付いている。
アメリカ・ヨーロッパは難民が陸路でくるため魔法教育は軍を優先する傾向が日本より強い。
これは日本以外のシナ周辺国も同じでシナから挑発を時々受ける事もあってか魔法教育は軍を優先している。
この為、何処の国も普通教育の魔法の基礎教育は日本より遅れ気味となっている。
魔法に関する情報は何処も機密なので殆どが神様情報の解析によるものだがそんな感じらしい。
魔法の基礎教育で問題となりそうなのはアジア諸国の高等教育が英語等の母国語以外の言語で行われていたりする事だ。
魔法教育にとってはこの言語の違いがかなり重要で高等教育を母国語で行っていない国は魔法の基礎教育を一般に普及させるのに障害となる。
そもそも魔法自体が新しい学問で基本的に自らの手で魔法技術を構築しなくてはいけない。
魔法の技術流出は何処の国でも群れの禁忌に触れるため、国外からの技術導入は見込めない。
ここで国力を上げるためには国民に広く魔法を普及させる必要がある訳だが母国語で魔法技術を構築しないと一般に普及させるのは困難だ。
だけど母国語で魔法技術を構築すると他の学問は母国語での教育がなされていないため科学技術等との統合が困難となる。
この点をどう克服するかが発展の鍵となるだろう。
日本では欧州文明の産物を日本語に翻訳して受け入れて日本語で教育可能なまでにしていたので問題とはならなかったがアジアでは多言語を公用語と定める国もあるので日本の様には行かないからな。
現状は日本が魔法を一番上手く利用して発展している訳だが魔法が使える様になってまだ十五年程しか経っていないから遅れていると言ってもたかが知れている。
遅れている理由が難民等の外因によるもので文化習慣等の内因によるものでなければ挽回の機会は有るだろう。




