23 次の研究テーマについて 1
大学院生になるのに試験を受ける必要があるなんて思っていなかった。
高校に入る時も大学に入る時もそのための特別な試験なんて受けてないし、同じ様なものだと思っていた。
でも「既定の点数を取れば受かるから」と言われて試験勉強をすることになった。
英語なんて必修科目の単位を取ってから3年近く何もしていない。
飛ぶ魔法に関してはまだ英語の文献なんてないから読む必要もないし、遣っていることはまだ機密扱いだから英語で発表する予定はない。
それに日本の大学では日本語しか出来なくても一通りの専門教育を受けることが出来るから日本語が出来れば充分だった。
大体、魔法は言語から制約を受けるから外国語の苦手な人は母国語が出来れば充分なはずだ。
魔法の行使者が魔法回路を造る時に言語にない概念はイメージし難いため魔法回路を造るのが難しい。
そして外国語を学習すると、言語感覚に優れた人は異なる言語の概念とかも的確にとらえて頭の中で整理できるのであろうが、一般人はそれが出来ないばかりか最悪の場合は母国語における概念自体があやふやなものになる。
魔法を行使する時に概念があやふやだと言語に無い概念がイメージし難いのと同じ様に魔法回路を造るのが難しいのだ。
だから一般人は母国語をしっかりと身に着けて概念を確立することが大切なのだ。
確かに魔法の行使者の概念とかも言語によって制約されていると言うことだから日本語で考えている人の魔法は日本語の制約を受けている。
でもこの世に制約のない言語は存在しないから魔法を行使するにあたって特に日本語が不利な訳では無い。
だから外国語なんて言語感覚に優れた一部の人間が出来れば充分だ。
だが諸々の個人的な事情と個人的な考えが正しいかどうかに関係なく英語の試験はある。
そして試験は神様情報を使えば大丈夫なはずだけど流石に少し不安だったから俺は試験のために英語の教科書を毎日捲ってデータボックスに詰め込み入試を何とか乗り切った。
英語は使わないからと以前データボックスから削除したんだけど同じ様なことが有るかもしれないからと試験が終わった後もデータボックスに残すことにした。
他の科目はデータボックスに有ったのを思い返すだけで済んだのに英語は削除したから苦労する羽目になった。
なんで削除したのか?……嫌いだったからに決まっている。
それで確かに大学院生になるのに試験を受ける必要があるのは嘘ではなかった。
そして既定の点数を取れば受かるのも嘘ではなかった。
でも試験後に「君は内部推薦枠だから大学院入試は確認みたいなものだから」と言われた。
試験も魔法関係の専門科目なんてまだないから英語と数学と選択科目の流体力学だった。
選択科目が流体力学だったのは飛ぶのに役立つかなと思って俺が受講したからだ。
面接が有ったけど事前にリハーサルもしたし受け答えの練習もした。
それに研究室の教授が受け入れを決めているのに他の教授が反対する理由が無い。
要は受けさえすれば大学入試と違って振るい落としが目的ではないから普通は受かると……
因みに真世歴元年以降は試験は出来て当たり前みたいな感じになっているので外から大学院に入る場合も面接で決めている様なものだ。
権藤先生は研究室に外から院生を2人受け入れるみたいだけど他の大学からうちの大学院に入ろうなんて人は以前はいなかった。
今は魔法関係は入りたい人がいるみたいだけど研究室の内部推薦枠の学生がいるから籍は少ない。
外から院生を2人受け入れるのは俺と沃土以外は企業に囲い込まれていたからだな。
研究室も割って准教授もいなくて助教が山南先輩1人の状態だから手下が足りないのもある。
院生の先輩2人は残る気が無いみたいだし、去年は院に進む人はいなかったから来年は院生4人と院生1人に学部生が2人づつ付くから学部生は8人だ。
研究室には他に高校生が4人と学部生が2人出入りしているけど昔の俺達と一緒で誰かの下についている人はいない。
強いて言えば6人全員が沃土の下についている感じだな。
6人とも何かあったら沃土か権藤先生に相談しているからな。
大学院に進む人はいても残る人は少ないし、外から連れて来ようにも魔法関係の研究者はうちの大学が一番充実している状況だし少なくても仕方がない。
でも去年卒業の先輩たちはなんで一人も大学院に進まなかったんだ?
他の研究室は2人ぐらいはそのまま大学院に進んでいるよな。
権藤研究室は俺達の後輩にあたる高校生が結構出入りしていて、遣っている魔法の研究内容によっては高校の間に企業と繋がりが出来る。
昔の俺達みたいな感じだな、それで就職協定とかは高校生の内に囲い込むことは想定していないから、高校生の間に囲い込んで、大学での研究に協力して卒業したらそのまま企業に就職と言う形が出来掛かっている。
ボールに乗って魔法で飛んでいた俺の仲間は殆どこの形で就職先が決まった。
でも既に問題に成りかけていてうちの大学に伝手のない某大企業の採用担当者なんかからクレームが出ているみたいだ。
うちの大学の卒業生は元々某大企業には就職していないし、就職先の会社の規模も良くて中堅大手ぐらいだったから、魔法で注目されるまで某大企業では採用枠自体が無かったはずだ。
表向きは出身大学で差別はしていない様な話だけどコネが無ければ以前は子会社にすら採用されなかった。
だから大学生自体も採用されない企業は眼中にないから某大企業に対しては就職活動自体していない。
うちの大学としては以前は問題にしてなかったのに今更クレームを出すなと言ったところだ。
実際、昔から伝手のある企業からはクレームは出てない。
それに魔法に関してはまだスタートラインは5年前だから学生を採用しなくても社員を1年でも2年でも聴講生として大学に送り込めば済む話だ。
うちの大学では講義を始めているし、講師も機密事項以外は質問すれば分かる範囲で教えてくれる。
後は防衛関連の機器を扱っていれば防衛省とも繋がりが有るはずだから色々情報が得られるはずだ。
防衛大学も自衛隊工科学校も自衛隊で採用された魔法関連の技術については教育が始まっているはずだから企業として対応方法はいくらでもあるはずだ。
それに魔法関連の人材が足りていないのはどの企業も同じはずだからうちの大学から採用できなくて特定の企業が困っているとは思えない。
個人的に困っているのは上司に色々言われる人事の採用担当者だけではないのかなぁ?
真世歴7年、日本の魔素生命制定から1年たった。
日本では日本国籍を有する成体の殆どが日本の魔素生命と繋がった。
排外的だとの批判も上がったが、日本の魔素生命は外国籍であることで繋がれない訳でもなく、日本国籍を取得するに当たっての必須条件にはしたが、元から日本国籍を有する者に繋がりを強制してはいない。
日本国籍の所得に関しては日本の魔素生命と繋がることを除けば以前より条件が緩くなっている。
それに魔素生命と繋がっていないからと言って法的に排除してはいない。
日本の群れの仲間とそれ以外を峻別するようにはなったが人の魔素生命と繋がっているので人であれば群れの一員と感じていることに変わりはない。
ただ人の群れが大きすぎて纏まりに欠けて不安定なため、国を纏めるための新たな魔素生命が必要に成っただけの事だ。
そしてそれは今の所は上手くいっている。
日本の様子を見て既に国の魔素生命を制定した国もあるし、近々国の魔素生命を制定する予定の国もある。
国以外の群れなら既に信仰とか部族とかで魔素生命を造って群れを纏めている所はいくつもある。
それで国内情勢が安定したからか今年から俺の監視兼護衛の人数が一人になった。
日本の魔素生命制定により、仲間と仲間でない者の峻別が可能になって俺に張り付いているより怪しい奴を監視した方が効率が良いとなったようだ。
最近になって権藤先生に聞いたけど真世歴4年の3月~6月頃に俺は拉致の対象になっていて危なかったらしい。
俺達が核物質の無害化に忙しかった頃かその直後かだな。
まだ自衛官が張り付いてはいなかったけど俺には公安とかの監視が付いていて俺が拉致される前に犯人グループを全員秘かに確保したそうだ。
犯人グループは中華人民共和国の大使館や領事館の職員で表ざたにすると外交官特権とかで誤魔化されて逃げられそうだし、殺すとばれちゃうから薬漬けにして眠らせていたようだ。
俺を拉致できなくても殺せば情報が取れるみたいな話も有ったみたいで充分危険な状況だったみたいだ。
「それで権藤先生は俺に忠告みたいなことを何回も言っていたんですね」
「君はずーっと呑気なままだったねぇ。アイテムボックスを利用した核テロの事を思いつくまでは呑気なままだった。あれなんて君が考えた無害化した核物質をアイテムボックスに回収の時に思いつかなくちゃだめだ。沃土君なんて魔法で核物質の無害化より魔法で核爆発のが簡単そうだとか。アイテムボックスに核物質を入れたらどこにでも持ち運びできるとか。すぐにレポートにして提出してたからね。公安とか自衛隊なんかその頃からピリピリしていたんだよ」
「それってまだアメリカで研究者の使った魔法で核爆発が起きる前ですよね」
「そうだよ。でこれは大学教授の手には負えないと伝手をたどって公安に情報を上げて初めの内は真剣に対応してくれる人が少なくて、防衛省の方も似たようなもんだった。それで一部の人達だけがピリピリしていたんだけど。そこでアメリカで魔法で核爆発だろう。一気に対応が変わって、君にも公安の監視が付くようになったんだ。大学も秘かに公安が張っていたんだよ。だから君は拉致されずに済んだ」
「アメリカで核爆発が無かったら俺に監視が付いていなくて拉致されていたかもってことですか?」
「可能性はあるね。どこで君に目をつけたか分からないから違う誰かだった可能性もあるけど」
「俺は天谷師匠と『日本は平和だよね~』とか話していたんですが全然違っていたわけですか」
「少なくとも君は違っていた。気が付いていなかっただけだ」
「どうして俺には教えてくれなかったんですか?」
「それは君が知らない方が監視し易かったからだ。君は行動パターンが決まっていて拉致もし易そうだけど監視もし易かったんだ。その時点では下手に知らせて行動パターンが変わる方が危険だと判断していたんだ。その内に自衛官の監視兼護衛が付く様になったし、君に教える必要は無くなった」
「だったら何故今頃になって話してくれたんですか?別に黙っていても良かった気がするけど」
「それは状況が変わって監視兼護衛も減らすから君にもう少し自覚して欲しいからだな。このまま監視を減らすだけだと呑気な君に戻って危険かもしれないからさ」
「確かに監視が減って『少しは安全になったかな?』とかは考えてました」
「安全確保の遣り方が変わっただけで状況はあまり変わっていないよ。君が重要人物であることは変わっていない。だから話したんだ」
如何やら状況は俺への拉致未遂の頃からあまり変わっていないらしい。
「取り敢えずは何に気をつけたらいいですか?」
「危ないと思ったら逃げることだね。素手で君にかなう人間はまずいないと思うけど、自爆テロでもされたら意味が無い」
「あまり街中に出ない方がいいですね。飛んで逃げるのが難しい」
「飛んで逃げると狙われ易くないかい?」
「相手の真上に飛ぶと結構見失うんですよ。みんなそんなに高く人が飛ぶとは思っていないんです。速度が速ければ確実ですね。動きが非常識すぎて脳が付いて行かないのかな。フェイントを入れれば消えた様に見えます。自衛官の方たち相手だと今は難しいけどそれでも最初は通用しましたから。ある程度離れると気配も掴みにくくなりますからね」
「監視している自衛官の君はどう思う」
「飛ぶのは止めて頂きたいとしか言えません。それが機密なので見られては不味いです」
「そうだよね。修君、外で飛ぶのは原則禁止だね。走って逃げなさい。異常に速くてもその方がましだ」
「でも飛んで逃げているのと同じですよ。あれは宙に浮いて滑っている感じだし」
「でもそれならプロテクトパーツでも出来るから公表済みだ。飛ぶ方は全然違うでしょう?」
「それはそうですね」
「機密を守るために機密をさらけ出しては意味が無い。ただ生命の危機を感じたら好きにしなさい。死んで漏れる機密は見られて漏れる機密より多いからね!相手を殺しても構わない」
幸いと言うか今の所その様な目には会っていない。
監視兼護衛の自衛官がいてその状況だと初めから飛んで逃げるのが正解だろ?
後はゲートとかホールとか呼んでる転移魔法を使うしかない。
小説の中か話に聞くだけで見たことが無いけど誰か使える人はいないかな?
そういえば、転移魔法については以前少し考えたことがある。
アイテムボックスが通常空間と亜空間に繋げる魔法だから類似の魔法で通常空間同士を繋ぐことはできるのではないかな?とかアイテムボックスに2ヶ所穴をあけて通り抜ければいいのではないかな?とか。
それで自分なりの転移のイメージを持って魔法回路を造り、魔法が発動して転移出来れば問題ない。
だがどの様なイメージを持つにせよ移動元はともかく移動先の認識が上手く出来そうにない。
この認識が出来なければ魔法はどう考えても上手くいかない。
移動先の認識がデータボックスに有る記録画像程度で良いなら何とかなりそうだけどそれなら誰かが成功しているはずだ。
その時は認識可能な近くの2か所間で出来ても手品の種ぐらいにしかならないかと思ってそれ以上の検討を止めた。
今は気を感じ取る事を組み合わせれば移動先の認識が深まって何とか出来ないかと考えている。
そうだこの転移魔法を研究テーマにしても良い気がするな。
権藤先生にも一応は上げて置こう。
卒業研究の論文はもうすぐ書き終えるし、後は研究の成果を発表すれば取り敢えず終了だな。




