4人目の過去と夢
「わっ、だ、だめだよボブちゃん!いきなり知らない人を指差したりしたら失礼だよ!」
ボブが歓喜の声をあげて青年に向かって指差した手を引っつかみ、琴葉が慌てたようにそれを下げさせる。
「こわい人だったらどうするの・・・・!」
下げさせてから、ボブの耳元でひそひそと琴葉が言う。
確かに琴葉の言うとおり、呪いをこうして受けているやつには何か一癖ある可能性が高い。
それ以前にあの青年が呪いとはまったく無関係な、それこそ何かに追い詰められた表情をしただけの変人かもしれないのだ。
そんなことから、それをきいてボブもしまったと気がついたらしい。
同じように慌てて腕を引っ込めたが、すでに遅かった。
前方の青年はぴたりと歩みを止め、怪訝そうにこちらを見つめていた。
青年はしばらくこちらをじっと見つめて、こちらも青年を為す術もなくじっと見つめる。
先に動いたのは、青年だった。
怪訝そうな表情から一転、青年は顔にふわりと人のよさそうな笑顔を浮かべ、先ほどまでの暗い表情などなかったかのような穏やかな雰囲気をまとった。
それから青年はそのままこちらに近づき、丁寧な口調で話しかけてきた。
「僕に何か御用ですか?」
落ち着いた態度に、柔らかく、人の良さそうな笑顔。
何の問題もない”良い人”に見える青年になんとなく俺は違和感を覚えた。
そんな俺の考えも露知らず、琴葉が横でぺこりとお辞儀をして、それに習ってボブもぺこっと小さくお辞儀をした。
空とリリは、動かない。横目で盗み見るとリリも俺と同じように眉間にぐっと皺を寄せ、青年を睨んでいた。
「い、いきなりすみません・・・!あのう、少しお尋ねしたいことがありまして」
そんな俺達に非難の目を向けながら、琴葉が言う。
こういう場には琴葉のようなやつが必要だな、とやれやれと思いながら空はその非難の目をするりとかわした。
「何でしょう」
青年は俺達のそんな態度も気にしていない様子で、ゆったりとした声音で尋ねた。
琴葉は明らかにほっとした様子で頷く。そして、本題へと入る質問をした。
「4月1日、2日の間に何か変わったことはありませんでしたか?」
その瞬間、空気が変わった。
人の良さそうな笑顔を浮べていた青年の表情が一瞬崩れ、圧し掛かるような重い空気を感じた。
琴葉ですらも気がつくほどに反応を示した青年だったが、すぐに表情を戻してこちらにまた微笑みかける。
「いえ。特に何も」
-・・・嘘だ。
瞬時に俺はそれを感じ取って青年を睨みつける。
絶対にこいつが呪いの”4人目”であることを、何故か確信した。
「嘘ね。懲りない奴ね」
空の感情を代弁するようにリリが鋭い声で言い、青年に詰め寄って睨み上げる。
青年は笑顔を崩さずに首を傾けた。
「何の事でしょう、僕にはわかりませんね。仮に何かあったとしても君達にお教えする義理はないかと」
青年が付足した一言が暗示するのは、何かあったということ。
それを聞き逃さなかった琴葉は、さっきまでの控えめな態度を一転し、リリと同じように青年に詰め寄った。
「・・・っていうことは何かあったってことですか?お願いします、それは呪いのせいなんです!呪いの4人全員が集まる必要がー・・・」
琴葉が勢いよく話しはじめた途中で、青年はぐいっとリリと琴葉を押しのけた。
そして、そのままどことなく冷たい笑顔を崩さずに言った。
「申し訳ありませんが、そのような遊びに乗っている時間は僕にはありません。では、僕はこれで」
青年は藍色の瞳を冷たく揺らし、そのまま返事を待つ事もなくマンションへと入っていった。
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「ここに来て非協力的な奴が現れるとは思わなかったわね」
リリが腹立だしげにそう言った。
あのあと結局もう青年と接触することはもちろんできず、俺たちは家に引き返した。
リリもボブも感じ取っている”あいつが四人目である”ということ。
琴葉にはそんな確信はないらしいのだが、呪いを受けた俺達は何故か直感でそう感じ取っている。
だからこそ呪いを解く最低条件である”四人全員が集まる事”をクリアするにはなんとしても絶対にあの青年を納得させ、呪いを解くことに協力させる必要があった。
「何か方法はねぇのか?たとえば夢を使うとか・・・。俺のときみたいに」
ボブが言い、俺は確かにと頷く。
「・・・今日は琴葉が無駄に急いで喋ったせいで逃げられたが、たぶんあいつも夢を見てるはずだ。」
空がじろっと琴葉を睨みながら言うと、琴葉は申し訳なさそうに目を逸らして肩をすくめた。
・・・明日またあのマンションの前で待ち伏せして、夢を見ないかと尋ねてみる方法がいいのかもしれない。
だが、ボブの意見に納得しかけた俺に、リリが鋭い声で言った。
「無理よ。あいつも夢の中で絶対”呪い”ってワードは聞いてるはずよ。それなのに琴葉が言った”呪い”って言葉に反応はしたけど、食いついてはこなかった。呪いのことをまず信じてないのよ、あいつは」
「・・・じゃあどうしろって言うんだよ」
リリの言うことは、正しいと言えた。
よくよく考えればその通りだ。4月からのこの数ヶ月、俺達が見る夢と同じような夢を見ているならば、”カゲ”に呪いのことをほのめかされているはずだ。
すっかり手立てをなくした俺達に、まだ「続きがあるのよ」とリリは言ってにやりとした。
「空。あんたの力を使えばあいつの呪いの内容を知れるじゃない」
何を言っているのかさっぱりな俺達に、リリは堂々と作戦を説明した。
*
「じゃ、おやすみ」
夜になって、パジャマに着替えたリリがひらひらと手を振って勝手に私物化した部屋に入っていった。
廊下にはじっとこちらを見据えるボブと俺だけになる。
「・・・何だよ」
鬱陶しいまでにこちらを見つめてくるボブに、ぎろりと鋭い視線を浴びせながら言うと、ボブはびくっとして後ろに下がる。
けれどすぐにまた嬉しそうな目でこちらを眺めて、これまた嬉しそうな声で言った。
「空ってすげーな!他人の夢に入り込んでその過去を知れるなんて。これでさすがにあいつだって信じるぜ!」
ボブの今言った事が、リリの考え出した作戦の始まりだった。
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以前、リリが呪い対象者だと知った際に、俺はリリの”過去”を見た。
『お前は全てを見るべきだ』と俺のカゲは言い、俺にすべてを見せたのだ。
その夢を見たとき、これは呪いによって見るようになった”夢”の一つなのだと思い、同時に俺の過去もリリたちに知られてしまうのではと恐れた俺は後にリリにそれを尋ねた。
過去は、誰にも知られたくなかった。
するとリリはそんなものは見たことがないといい、ほっとしたのを覚えている。
始めはリリが俺に気を遣って嘘をついているんじゃないだろうか、と疑っていたのだが過去を見られたことに対してリリが文句を言い出したところで本当なのだと理解したのだ。
それをきっかけにその後夢について話し合って、いくつか夢についてわかったことがあった。
一つ目は、俺達呪いにかかった呪い対象者は、お互いのカゲや、カゲと対立している姿を夢に見ることがあるということ。
二つ目は、夢の世界には「広場」のようなものがあり、そこを認識すれば、いつでもそこにいけるということ。
その「広場」は同時に夢を見ている呪い対象者が夢の中で遭遇し合える唯一の場所だ。
実際それぞれが「広場」を認識していたことは言っていなかったので夢でお互い遭遇しあったことは、まだないのだが。
それぞれのカゲの姿を見たのも、この「広場」だ。
呪いについて共通していることは、それだけだった。
要するにそれらのことからわかるのは、過去を見ることができるのは空だけだということだ。
そこでリリの作戦になる。
『まずはあいつの名前と過去を夢に入り込んで空が調べるの。絶対呪いについて何かわかるはずよ。そして、それをあいつに告げる。
何故知ってるのかと驚いているところに”広場”について認識を持っているか尋ねるの。
認識があるとわかればあとはそいつにそこへ来るよう言うだけ。
夢で私達が現れればさすがに何かおかしいって感じることになって、呪いのことも信じるはずよ」
つまり今晩の俺の任務は、あの青年の過去を見るということだった。
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「・・・別にすごくないだろ。お前もういいから早く寝ろよ」
きらきらした目でこちらを見るボブに、俺は言うと、ボブは残念そうに頷いた。
「おう、ごめん。じゃあ空おやすみ!」
俺の冷たい物言いにもボブはめげずにそう言うとまたもやリリと同じく何故か私物化した部屋に入っていき、廊下はしんと静まり返った。
夢は見ようと思えば案外見れるもので、カゲの気まぐれで見たくないときも見る。
俺は自室に入って布団にもぐると、夢を見ようと念じて目を閉じた。
*
『や、久しぶりだね。自分から来るなんて珍しい。』
目を閉じ、睡眠に入るなりすぐにまた俺は目を覚ます。
そこはいつもの真っ暗い、足元に水の満ちた夢の中だった。
「来たくて来たわけじゃない」
にやにやと俺と同じ容姿で笑うカゲに、俺は冷たく吐き捨てるように言う。
こいつはいつも、俺が来るたびに『今度こそ死ぬ覚悟はできたかい?』とナイフを放る。
そうして死ぬことが出来ない、けれど嘘を認める事もできない俺を嘲笑う腹の立つ奴だ。
カゲはにやりと笑って首を傾げた。
『来たくて来たわけじゃないって・・・。お前が嘘をついたからここに来る羽目になったんだろう。自分で来たようなもんじゃないか』
カゲの言葉に反論できず、俺は「黙れ」と一言言って睨むことしかできない。
それを愉快そうにカゲは見つめ、目を丸くして小刻みに肩を揺らして笑った。
『まあいいさ。じゃ、お望み通りお前にすべてを見せてやるよ』
カゲは俺の考えていることはすべてお見通しらしく、くるくるとその場で手を振った。
『じゃあ、記憶旅行に行ってらっしゃい、バカな俺』
カゲがそう言った瞬間、ずんと重い衝撃とともに空の瞼は自然と閉じられ、空はふっと意識を失った。
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目を覚ますと、そこはこの近くにある”青海家”が経営する大きな財閥会社の傍だった。
そこにぽつんと俺は立っていて、けれど通行人が俺を認識しないことから前の夢と同じくこの場所では俺はいないことになっているのだとわかった。
リリのときも、俺はそれに干渉することができなかったのだから当然といえば、当然だが。
しばらく立ち尽くしていると、財閥会社から早足で飛び出してきた青年を見つけた。
紛れもなくその青年は、”四人目”のあいつだった。
ようするにあいつはここの財閥の人間だということだろう。
青年はそのまま道を早足に歩き、どこかへと向かう。俺はそのあとを自然と追った。
青年は少し歩いたところにある小さな喫茶店の前で足を止め、そのタイミングを見計らっていたかのようにその喫茶店の扉が開かれた。
花の飾られた可愛らしい扉がキィ、と開かれると、中からふんわりとカールした綺麗な髪をした女性が現れた。
「要くん!今日も来てくれたんだ」
要、と青年をその女性は呼んだ。青海要、というのがこいつの名前らしい。
「百合に会うことだけが僕の楽しみだからね」
要はそう言ってその女性-百合に話しかけた。
そこで、俺ははっと気がつく。
この百合という女性が、どこかで見たことのある姿だからだ。
それから程なくして気がついたのは、この百合という女性が”夢”で以前見た四人目だと俺達が思っていた人物だということ。
そこでまた、ズンと頭に衝撃が走り、場面は切り替わった。
次に視界に広がったのは社長室のようなところで、要と、社長椅子にふんぞりかえって座る社長らしき人物が睨み合っている場面だ。
「お前が百合に余計なことを言って、僕が嘘をついた。だから百合はいなくなった!」
要がそう怒鳴り、それで俺はすべてを理解した。
-こいつは呪いにかかって、この百合と言う、おそらく恋人であろう女性を失ったのだ、と。
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『や、おかえり。バカなホラ吹き人の過去なんて知って面白いかい?どうせ死ぬお前には対して面白くないだろ。』
気がつくと、空はいつもの場所に戻ってきていた。
腹の立つカゲの声で我に返った俺はため息をついて頭をかいた。
「面白くはないがこれだけわかれば充分だ。」
俺が言うと、カゲはさして面白くもなさそうに息をつく。
そっと息をついてからカゲは俺のすぐ傍に歩み寄ってトントン、と俺の肩を叩いた。
じろりと睨みあげると、カゲはにやりといつも通り笑みを浮べて、向こう側を指差していた。
『満足しているところ悪いけど、あの要ってやつ死ぬかもよ。ほら』
カゲの指差す方向に、俺は信じられないものを見た。
・・・カゲの指差す先には、影壊しの一族”青影”と対峙してにらみ合う、要の姿があった。