夢と4人目
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プルル・・・ルルル・・・
機械的な電子音を耳に受けながら、俺は夜道をふらふらと歩いていた。
いつもならばこの電話はすぐに取られ、この夜道を一人でこうして足早に歩く必要もないのに、何度鳴らしても電話には誰も出ない。
何か、あったのだろうか。俺は寒さと不安から震えながら携帯電話の通話を切り、それをポケットにつっこむと走り出した。
夜道がこわかったから走ったのではない。それはただ、なんとなく走って行かないといけない気がしたからで。
「・・・・!」
息を切らしながら”家”の前に辿り着き、俺ははっと息をのんだ。
周りの家は煌々と電気がついていて、まだ誰もが寝るような時間ではないにも関わらずその”家”はすっかり電気が消えていた。
寝ているわけじゃ、ない。
直感で俺はそんなことを感じた。
妙な雰囲気に包まれたその”家”に俺は足を踏み入れることをためらった。
中に何があるのかという恐怖と恐ろしさから、何も見ていないのにもう足が震えていた。
なんとなく、何か感じていたのかもしれない。
ようやく息を整えてその闇の中に足を踏み入れて-・・・息をとめた。部屋から漂ってくる鉄錆のにおいと、重苦しい雰囲気に足がすくむ。
このにおいは、知っていた。平和な家からはするはずのない、におい。
「嘘・・・だろ・・・」
俺はただ、立ち尽くしてそう呟くことしかできない。
暗闇の中でぼんやりと見える、横たわる”それ”と鉄錆の生臭いにおいに包まれたこの場所に何があったのかなんて、子供でもわかる。
俺はがたがたと震えだし、その場にうずくまった。
「・・・そ、ら・・・・」
すると、掠れた小さなうめき声とも取れるような声が聞こえ、そこに目を凝らすと、さっきまでは見えなかった低い位置に何かが動くのが見えた。
その動きに合わせて小さなかすれた声は確かに俺を呼んだ。
俺は目を丸くしてしばらく固まり、すぐにそれが誰かを理解すると声のするほうへ駆け寄った。
声の主は、俺が駆け寄って抱きかかえると薄く微笑んでー・・・
*
「海っ!!!」
俺は叫びながら飛び起き、宙に手を伸ばした。
心臓がドクドクと脈打ち、べっとりと全身に汗をかいて、それが首を伝っていくのを感じる。
それを拭うこともせずに呆然としばらくそのままの格好で何とか息を吸い込みながら、あえいだ。
「夢・・・。」
ようやく息が整った頃、俺は小さく掠れきった声で呟いて、大きく息を吐き出してため息をついた。
ぐしゃぐしゃと頭を掻きながら空はもう一度ごろんとベッドに横になる。
汗をかいたせいで冷たくなったTシャツに不快感を感じながらも空はしばらく夢の嫌な余韻にのまれてぼうっとしていた。
この夢を見るのは、何度目だろうか。
琴葉やリリたちと出会ってからはほとんど見ていなかったので、2ヶ月ほどぶりかもしれない。
一時期毎日うなされていた事を思うとましなものだろう、と自分に言い聞かせながら空は今度こそ重い身体を起こした。
ちらっと枕元に置いたデジタル時計に目をやると、緑色の光を点滅させるそれは9時半を指していた。
琴葉がいつもここに来るのは、だいたい10時前後。何だかんだでめんどくさいので合鍵を渡してある辺り俺も緩いものだなと思う。
おせっかいな事に呪いについて考えるだけでなく毎日朝ごはんやら掃除やらをしてくれている琴葉は、いつも俺達がだいたい起き出す時間を見計らって来る。
俺もリリも、ボブもだいたい起き始めるのがこれくらいだった。
リビングに行けばおそらくボブかリリがもう起きていることだろう。
誰かと過ごすこの生活に慣れては来たものの、やはり少しつらい。特に、”あれ”を見たあとなんかはなおさらだ。
そんなこんなでどうにも誰にも会う気になれない気がした俺は服だけを着替えて以前のようにベッドの上で膝を抱えて座った。
夢の余韻は、もうかすれていた。
「海・・・。」
空はもう一度だけ、そっと名前を呟くと目を閉じた。
俺はいくら暮らす相手や、仲間のようなものができても人間が嫌いだ。過去からは、逃れられない。
呪いにかけられる前は、ずっとこうして息苦しい、息の詰まった毎日を過ごしていたのだ。
この苦しさから逃れるには早く呪いをといて今度こそ”この世から消えさせてくれ”と改めて願う・・・いや、自分で消えるしかない。
もう帰ってこない海は、俺の・・・。
感傷に浸りかけたところで、こんこんと部屋がノックされた。
「空、起きてる?朝ごはんだよ」
聞こえてきたのは、琴葉の声だ。
俺はそれには答えずに再びちらっと時計に目をやる。
時計は、いつのまにか10時を指していた。
どうやらぼうっとしている間に時間が立ってしまったらしい。
そんなことを考えていると、もう一度ノックが鳴った。
「空?あけるよ?」
俺はまた、それに答えない。
かわりにカチャ。という遠慮がちな音ともにゆっくりと扉を開いて中を覗いてくる琴葉の黒目がちな目を睨んだ。
「あれ?起きてたの?」
部屋に顔を覗かせるなり、琴葉は驚いたように少し目を丸くしていう。
俺は頷かずに視線を逸らした。睨んでもこいつには意味がなかったらしい。
むしろそれを気にするようすもなく、琴葉はにこっと微笑んでから「朝ごはんできたから、来てね」とだけ言うと部屋から出て行った。
俺は閉まった扉をしばらく見つめてから、のそのそと身体を起こし、立ち上がるとしぶしぶリビングに向かう事に考え直した。
夢の内容は薄れ、気分もましになってきたというのもあるし、琴葉の間抜な顔を見たら少しバカらしく思えたというのもある。
部屋から出てリビングに向かうと、すでにリリとボブは席についていて、リリは口をもぐもぐとやっていた。
そうして俺に気づくと、恨めしそうに言う。
「あんたが起きるの遅いから先に食べてるわよ。ボブみたいに忠犬でもなんでもないんだから待たないわよあたしは」
その様子と物言いからして、たぶんしばらく待ってくれていたんだろうなと思いつつ特に返事を返さずボブの横の椅子をずらして座った。
「お、おはよう空!俺は待ってたぜ」
席につくなりそわそわと嬉しそうにボブが言った。確かにリリの言うとおりその様は忠犬だ。
「・・・おはよう」
俺は何とかそれだけ返すと、もくもくと用意された朝食をほお張り始めた。
朝ごはんなんかはこうして、琴葉たちが家にいるようになってからちゃんと食べ始めるようになった。
以前はコンビニで適当に買ったものを食べたり、朝は起きなかったりで健康的な生活はしていなかったので少し不思議な感じが、今でもした。
変な、感じだ。
そんなことを考えながらしばらく食べたところで、正面に座る琴葉がウインナーをつっつきながら、言った。
「ボブちゃん。さっきの話の続きしない?」
琴葉が言うと、もぐもぐ食パンをほお張っていたボブが思い出したように頷いて顔をあげた。
それから、牛乳でそれを喉に流し込んでからもう一度頷いた。
「そうそう。俺、呪いに関係あるかもしれないかわった奴この前の文化祭のとき見たんだよ!」
「本当か、それ」
俺は食べかけていたパンを置いて、ボブに向き直った。
ボブはこくりと頷き、真剣な目をして言う。
「俺、先に文化祭に優たちと行っただろ?そのときにふとなんか感じて顔をあげたら、えっとほら、学校の前に新設のマンションあっただろ、綺麗なやつ」
ボブがそう説明するが、空はあまり覚えていなかったので首を傾げた。
あの時は嫌々来ていたもんだから景色なんて見ていないし、帰りは散々な目にあったせいでイライラしていて見ていない。
けれど正面の琴葉は覚えていたらしく「あったね」と頷いている。
「それでそのマンションの窓からなんかすごい思いつめた表情した奴が外を見てるのが見えたんだ。誰か探してた感じだったな・・・男の人で、たぶん、俺らより結構年上だと思う」
思いつめた表情、でぴんと来た。俺も同じように思いつめた表情に琴葉たちに見えたことだろう。状況的には充分ありえる。
もちろん俺だってその感情を今もまだ、忘れたわけじゃないが。
「男ってことはまたお前と一緒で姿が違うかもしれないってことか」
空が言うとリリが食べ終えた朝食の皿をかさねながらいたずらっぽく目を輝かせた。
「まさか!性別が入れ替わったおばかはボブだけでしょ?」
リリの言葉にボブがきっと睨みつけるがリリはケタケタと笑って視線をそらせた。
「ねえ空。夢で見たのは女の人だって言ってたよね?どれくらいの年齢の人?」
琴葉もしばらく笑っていたが、不意にリリと同じように、皿を片付けながら俺に尋ねて来た。
空はコーヒーをすすりながら、記憶の中の女性を思い浮かべる。
あれからはっきりした夢はあまり見ず、見えたときにも薄く影のように見えただけで正確に判断するのは難しかった。
けれど、予想するならば20くらいだった気がしないでもない。
「20くらい」
空がそのまま述べると、琴葉は納得したように頷いた。
「じゃあ怪しいかもしれないね、その男の人!もしかして恋人とかだったのかもしれないでしょ?誰か捜してたかもってことは、関係してるかもしれないよ!」
「・・・確かに」
琴葉の推察力にやや驚きながらも、その可能性はあるなと空は頷く。
それに対して、横でいつの間にか着替え、身支度までも整えたリリも同じように頷いた。
「絶対関係あるわ。そうと決まれば早く行くわよ!・・・・あんたたちまだ食べてるの?早く!」
まだ寝巻き代わりのTシャツ姿の俺とボブを睨み、リリがもどかしそうに言う。
急かすリリに、ボブは大慌てで従うが、俺は内心「そんなに俺は早く動けない」と毒づきながら、そのあとボブと心持ち急いで朝食の残りを平らげた。
*
「ここだ」
結局、俺がのろのろしたせいで、昼前になってやっと俺達はマンションの前に来た。
リリはさっきから不機嫌そうで、それでも一番真剣にその目は輝いている。
ボブが指差すマンションは、学校のすぐ傍に周りの風景とは不釣合いにでかく、綺麗な新設のマンションだった。
目がくらむような高さとハイテクな設備から、そこが決して安いマンションじゃないことがわかる。
「私の家・・・おばあちゃんの借りてたマンションも大きいけど、すごい大きいね」
横で琴葉があんぐりと口を開け、ぽかんとしながら言った。
近所にも関わらず、まじまじと見たことがなかったらしい。
「で、そいつが居たのはどの階だ?」
琴葉の言葉に適当に相槌を打ちながら、ボブに尋ねた。
すると、ボブはぎくっとしたように肩を揺らし、無言でこちらを見た。
「・・・覚えてないのか」
空が少し低い声で言うとボブはびくりとまた肩を揺らして目線を逸らすと、すすっと琴葉の後ろに隠れた。
リリと俺が睨んでいるので、安全地帯・・・逃げ場は琴葉しかないということだ。
「・・・・覚えてない」
琴葉の後ろにすっぽり隠れたあとも、ようやくそう、小さな声で答える。
空は大きくため息をついて頭をかいた。それにボブは申し訳なさそうに肩をすくめた。
空はそれから視線を外して、ちらっとマンションの入り口を見た。
マンションの入り口玄関はオートロック式になっているようで、住人が個々に鍵で開けるか、ボタンで部屋番号を呼び出して居住者にロックを解除してもらわなければ中に入れないようになっているようだ。
ボブは申し訳なさそうに肩をすくめているが、それはどのみちは入れないということを意味している。
「・・・ここでそいつが出てくるのを待つしかないだろ。お前しか知らないんだからちゃんと見とけよ。お前の仕事だ」
多少の慰めの意味もこめて、そう言うとボブは途端に張り切ったように琴葉の後ろから飛び出してきて目を輝かせた。
「俺の仕事だな!任せろ!」
「あんた単純すぎ」
ぼそっとリリが呟いたのも気にせずに、ボブは意気揚々と前に躍り出ていた。
こうして夏の暑い日ざしの中、うんざりする待ち伏せ待機が始まった。
*
「・・・出てこないわね。」
あれから数時間。
マンションを出入りする人は居るものの、ボブの言う暗い目をした青年は一度も現れなかった。
すっかり夕方めいた景色にため息をつきながら、リリが呟いたの同時に全員がため息をついた。
「今日はいないのかもしれないね・・・明日にしよっか」
粘り強い琴葉でさえも音をあげるほどに、夏の張り込みはつらかった。
すでに疲労した空は首を縦にも横にも振らず、それを目だけで承認する。
「帰るのか?じゃまた明日だな・・・ってああっ!!??」
と、帰ろうと立ち上がった瞬間ボブが道の向こう側を指差して叫んだ。
「あいつだ!」
-・・・ボブが指差す先には、こちらに向かって歩いてくる、ボブの言ったとおりの暗い目をした青年が、居た。




