文化祭2と決意《ボブside》
空を中庭で見かけ、声をかけようかと俺が思案していると、先にこちらに気がついたらしい空がため息をついた。
俺は諦めてメイド服のまま空のほうに進行し、空の傍へ行った。
「・・・・・。」
空は俺が傍に来ると、ちらっと俺の格好を見てから何も言わずにため息をまたついて、ベンチにすとんと腰を下ろした。
・・・なにそのため息!?
そんな言葉が口をついて出そうになっかのだが、寸での所で言い留まった。
空は相変わらず随分機嫌が悪そうだからだ。そんな空に、俺はおそるおそる声をかける。
「空は、ここで何かしてたのか?」
俺が尋ねると、空はこちらに目線をあわせないまま小さく唸るように答えた。
「別に。人ごみが嫌だから空いてるところで休憩してただけだ」
唸るように答えた空の瞳は、どこか拗ねているような、寂しげなような声だ。
そこでふと疑問を抱く。何故だか空は学校に言っていないというけれど、もしかしてこういうイベントも参加したことがないのだろうか。
俺がじっと空を眺めていると、空は迷惑そうな視線を向けてきた。
「・・・なんだよ」
俺はその言葉に、同じように空の横に腰をおろしていたベンチから立ち上がり、ぐいっと空の腕を引っ張った。
突然引っ張られた空はバランスを崩してよろめきながらも立ち上がる。
「いきなりなんだよ」
空は不満げに唸り、俺の手をさっと振り払ってしまう。
それでも俺は再び空の腕をひいて、「いいから!」とそれだけ言うと、そのまま無言で引っ張って中庭をぐんぐんと進んでいった。
無気力そうな空はなにやら文句を言いつつも大人しくついてくる。
それをいいことに俺はどんどん人ごみの中に入っていき、人ごみをかきわけて俺の教室の前まで空を連行した。
そこでようやく空のほうをくるりと振り向く。
空はこれでもかと言うほど嫌そうな、荒みきった目で人ごみを睨んでいた。
けれど俺はめげずに空と目線をあわせて、意気揚々と言った。
「空も一緒に文化際しようぜ!」
「・・・・は?」
一瞬の、間。
そのあと降ってきたのは恐ろしく低い疑問の言葉だ。
俺は一瞬すくんだけれど、めげなかった。
空はどうしてか、人を憎んで、死を選ぼうとした。もしこの呪いをといて本当に死んでしまったのなら、後味が悪い。
それならば琴葉が言った様に、空に死にたくないと心変わりさせる必要があるのだ。
だから、文化祭に参加してこういうイベントの楽しさを知ってもらおうと俺は考えたのだった。
空は迷惑そうにしているけれど、きっとこういったイベントに何らかの理由で学校に行っていないから参加した事がないはずだ。
「い、いいから!なっちょっとだけ!大和!あのさ服余ってない?」
後半は半ば逃げるように傍で客に笑顔で自分達お手製のパンケーキを振舞っている大和に向けて言う。
すると大和は驚いたように目をまんまるくして空を見つめた。
「え、翔ちゃんを今朝足蹴にした人だ!何、手伝ってくれるの!?うれしいな~!でも残念、執事服もう余ってないんだよねえ・・・」
残念そうな口調とは裏腹に、にやりと笑みを浮べる大和。
すぐにその意味を理解した俺は同じようににやりと笑う。
「・・・・?」
ただ一人状況を理解していない空を、見てにやりとさらに俺達は笑みを濃くする。
確かに執事服は余っていない。が、他にも衣装はある。
そのあと状況理解がおいつかない空を更衣室に連れ込んで女装させるのに時間はかからなかった。
こうしてわいわいと無駄にバカみたいに騒いだ文化祭はどんどん時間を進めていって、あっという間に終わりの時刻は迫っていた。
*
「はぁ疲「はぁーー楽しかった!」
俺の疲れたの悲鳴をかき消し、リリが叫ぶ。
こんな目にあわせた当の本人のリリが一番盛り上がって文化祭を満喫したようだ。
途中再び来店した琴葉が大和にくどかれたり、そのときにメイド服を着せられていた空が逃亡したままそれっきり帰ってこなかったり、バカ騒ぎした文化祭は疲れたけれど本音は案外楽しかったという感情が占めていた。
リリが楽しそうにうきゃうきゃ叫んでいる横で、琴葉がにやにやしてこちらを見ていることに気がついた。
妙に嬉しそうに微笑む琴葉に、俺はどんな目を向けてしまったのか、琴葉ははっとしたように顔を覆った。
けれどすぐに、その指の間からこちらに瞳を覗かせた。
睫毛に縁取られた黒目がちな大きな瞳が、嬉しそうに輝いている。
「ど、どうしたんだよ?」
俺がにやにや笑う琴葉に問いかけると、琴葉は「えへへ」と1回恥ずかしそうに笑ってから楽しそうな弾んだ声で言った。
「ボブちゃんありがとうね。空、文化祭の仲間に入れてくれて。」
俺は少し驚いて、目を丸くした。
琴葉は琴葉で、何か妙に空に気をかけているらしく、空が喜んでくれたのかどうかはわからないけれど琴葉はとても嬉しそうだった。
「空は嫌がってたけど、俺も空に死ぬ事を思い直して欲しいからな」
俺が言うと、琴葉はふにゃっとした笑みで微笑んで頷いた。
「私も負けてられないよ。空を生きる道に導かなくちゃ」
琴葉は再び決意するようにくせのあるふわりとした黒髪を揺らしながら言う。
俺はこくりと頷いて、同じように誓った。
呪いを解くことと同時に空のことを含め、仲間みんなの個々の問題を解決に導く事も課題だろう。
しばらくそんな会話をしてから、琴葉はちらっと夕闇の迫る窓を見てから言った。
「空、帰ってないよねたぶん。私探してくるね」
背を向ける琴葉の後姿に「たぶん中庭だと思う!」と叫ぶと琴葉はありがとうと言って教室を出て行った。
琴葉が空を捜しに行ったので、今後片付けのすんだ教室にいるのはリリと俺だけになった。
ふうと息を吐き出した俺の中に残ったのは満足感と寂しさだ。
こんな意味のわからない、けれど久しぶりに学校で過ごした時間はやはり楽しいものだった。
数日前まで当たり前だった日常の一部が切り取られ、日常じゃなくなってしまった今、その大切さと幸せが身に染みてわかる。
教室の中を、夕闇が浸し始めた。
その夕焼けをぼんやりと見ていると、いつの間にか静かに夕焼けを見つめていたリリが同じように窓の外を見ながらぽつんと呟いた。
「ね。来てよかったでしょ。自分にとって大切なものが何か、大切なものの重さがどんなものか、わかったでしょ」
振り向いたリリの茶色い瞳は夕焼けで赤く染まり、ゆらゆらと揺れている。
同じように赤く染まった銀髪と、その表情は悲しみに満ちているように見えた。
リリにも、大切な人をなくした過去があるときいた。そのことを、言っているのだろうか。
「リリ・・・?」
歳相応には見えない表情に俺が聞き返すと、リリはこちらをいつも通り睨んだ。
「何よ」
俺はいつもの表情に戻ったリリに慌てて首を振る。
「な、なんでもない。でも確かにリリの言うとおりだ・・・。俺も呪いを解くため、頑張る」
俺が言うと、リリはにっと笑った。
「当たり前よ。明日からはまた四人目を探すわ」
それに頷きながら、リリにこんなふうに諭されるのは何回目だろうかと俺が苦笑いなんかをしているうちに大和と優、続いて空と琴葉がやってきた。
大和と優は、満足そうに笑っていた。
ひどく不機嫌そうな野良猫みたいな顔をした空をつかみながら、琴葉も何だか楽しそうだ。
「送るよ、校門まで」
優がそう言い、俺達を校門のところまで送ってくれることになった。
校門に着くまで誰も一言も喋らず、校門の前に着くなり大和も優も、夕焼けに目を赤く染めながら一瞬だけ暗い顔をして、最後にぽつりと言った。
「俺達も翔を絶対見つける。君も頑張ってね。」
「今度は翔と一緒に来てくれよ!」
最後の大和の提案は約束できないな、と思いつつ俺は頷く。
「じゃあ、また。」
一緒にこいつらと過ごした時間を思い出して、リリの言うとおり大切なものを俺は再確認した。
-・・・絶対、ここに戻ってくる。俺の居場所は、ここなのだから。
俺は再び強く決意して、優と大和に別れをつげて学校を出た。
番外編end*