1.かわいげがないと言われる私
お久しぶりの方も、初めましての方もどうぞよろしくお願いします。
「かわいげがない」
何度、そう言われてきただろう。数えるのは、もうやめてしまった。
いつから、言われていただろう。それももう、忘れてしまった。
「あんなかわいげのない義姉のようになってはダメよ、私の天使」
私だって、できることならそうありたかった。好きでかわいげがないと言われ続けているわけじゃない。あいにくと、そんな自虐趣味は持ち合わせていない。
絵本の中のお姫様のように、歌劇のヒロインのように。無条件で誰からも愛される、そんな女の子になってみたかった。
けれど、物語の魔女のように救いの手を差し伸べてくれるような優しい誰かは、現実には存在しない。
お母様が亡くなり、お義母様を連れてきたお父様が、あれこれと理由をつけて家の仕事を私に振り始めた時も。女主人となったお義母様が義妹をあからさまに優先し始めても。
私に光が当たることはなく、助けてくれる存在は現れない。私は生きていくために、かわいげという曖昧なものに縋ることを、手放した。
「おはよう、私の天使。今日もかわいらしいわね」
「おはようございます、お母様。ふふっ、今日は花をモチーフにしたドレスにしましたの!」
「照れた顔もかわいらしいわ。お母様にそのお顔をよく見せて。それに、言葉遣いも上達したわ。さすがだわ。しっかり勉強しているのね、ロザリー」
毎朝、よくもこれだけ褒める場所が見つかるものだと思うくらい、毎朝。私の目の前で行われる挨拶。義妹はにこにこと笑顔を浮かべて、スカートをふわりと広げながらテーブルへ座った。
私への当てつけ、そして使用人たちへの刷り込みも含まれているのだとは思うけれど。ここで何か言ったらあからさまにお義母様の態度が変わるのは、もう何度か経験している。食事に集中しようと思ったけれど、冷えて脂の浮いたスープはただ、塩辛いだけ。
お義母様とロザリーの前には湯気の立つスープとオムレツ。採って来たばかりの野菜を使ったと使用人が説明したサラダを当たり前の顔で受け取ったロザリーは、ふかふかなパンに少し触れただけで嬉しそうな声を上げた。
「わぁ! このパン、温かいわ! パリパリでふんわりしていて、とてもおいしい!」
サラダを運び終えて待機していた使用人が、ロザリーの声を聞いて一瞬だけ表情を緩める。部屋の入り口に控えていた使用人は、わずかに考えるそぶりを見せたがそっと出て行った。おそらく、厨房の料理人に伝えに行くのだろう。
毎食きれいに食べるけれど感想をあまり言葉にしない私よりも、ロザリーの飾らない気持ちが料理人には嬉しかったらしいと、そう使用人たちが話していたのはつい最近耳にしたばかり。
ロザリーの喜ぶ言葉に気をよくした料理人が、私よりもロザリーやお義母様の好みそうな料理ばかり作るようになっていってることに、気付いてないとでも思っているのかしら。
冷えたスープに固くなったパンを出される食卓で抱く感想なんて、料理人だったら簡単に想像できるでしょうに。
「あ、お義姉様! もういいの?」
「……ええ。残りはあなたにあげる」
食べる気がしない。作ってくれることにも、配膳してくれることにも感謝はしているけれど、それだけだ。食事を残すのは心苦しいけれど、食べても味がしないのだ。
私が実務を回しているとはいえ、彼らを雇うのはこの家。つまり、主人であるお父様が雇い主。
つまりは私をないがしろにしたところで、それをお父様が知らなければ使用人はどこも痛くないということだ。
家令が伝えたとしても、家の執務に興味のないだろうお父様はなにもしない。だから、使用人たちは私をどう扱ったところで職を失うことはなく、彼らの現状が変わることはないと学習してしまったから。
「こんなに美味しいのに残されるなんて、料理人がかわいそうだわ」
「ああ、ロザリー。あなたは優しくていい子ね。……どこかの義姉とは大違いだこと。全くかわいげのない」
席を立った私に、ロザリーの沈んだ声が届く。すかさず飛んでくるのはお義母様の嫌味。実の子であるロザリーを褒めながら私を落とすことを忘れない言葉選びに、よく毎回そこまで言えるものだといっそのこと感心する。
「お母様、お義姉様だって体調の優れない日もあるわ。昼食は、いつもの場所に運んでもいいかしら?」
「体調が悪いなら、自分で厨房に取りに行った方がいいわよ。きっと、食事が喉を通らないのでしょうからね」
「そうですね。私は執務がありますので、失礼します」
ロザリーの言葉に同調することが多いのに、その提案を遠回しに否定するお義母様の本心は、私に食事を与えたくない。それに尽きる。私の食事が減れば、その分ロザリーにもっといいものを食べさせられると信じているから。
自分の食事は減らそうとしないお義母様のドレスのサイズは、この家に来てから二回ほど変わった。おかげで、クローゼットには少々手直しすれば着れそうなドレスが順番待ちをしている。今は針を持つ時間もないから、ずっと眠ったままになってしまっているけれど。
「ロザリー、かわいい子。あなたはあのように、かわいげのない振舞いをしてはダメよ」
私だって小さな子供ではない。ここで黙って何もしなければ本気で食事を抜かれると、これまでの経験から分かっている。厨房にいるほとんどの料理人が、お義母様とロザリーの味方だというのも。
食べたばかりで思いつくものもないけれど、軽食と夕食を考えて指示を出しておかなければ。
本日、朝から二度目のかわいげのないを背中で聞きながら食堂を出て、そっと近づいて来た使用人の一人、私が信頼している侍女に指示を出す。
「お嬢様、よろしいのですか」
「問題ないわ。あとで執務室に軽食を持ってきてちょうだい。あなたのいい頃合で構わないから」
「畏まりました。本日のご予定を確認して、お持ちいたします」
「助かるわ。ありがとう、シンシア」
お母様が生きていた時に雇われていた使用人たちは、お義母様が来てからあれこれと理由をつけて別の場所へと移っていった。辞めていった人だって少なくない。
お義母様に女主人として権限はあるけれど、さすがにお父様の同意なしで辞めさせることは出来なかったみたいだ。家のすべてを取り仕切っている家令は変わらずに、仕えてくれている。けれど、彼のほかに残ってくれたのは、ほんの数人。そのわずかな味方も、私に関わることが少なそうな仕事を割り振られている。
その家令の推薦で私付きになってくれたのが、シンシア。家令が直々に私付けだと宣言したからか、今のところお義母様はシンシアに手を出そうとはしていない。
「さて、今日は何から始めないといけないかしら」
お父様が家にいてもいなくても、領地や家の運営に関する書類は私のところに届く。私が仕事をしないことには家に収入がないという事は、さすがにお義母様でも理解している。私がこの部屋にいる時に限っては、無茶を振られることは少ない。
少ないだけで、気分転換とばかりに外の空気を吸いに出て顔を合わせた時には、あれこれと言いつけられる。要は、タイミングの問題だ。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
私が小さな頃の執務室は、お父様が使うインクの香りに満ちていた。休憩といってお母様が持っていくお茶のワゴンを押すのは、幼い私の役目だった。わずかな振動でカチャカチャと鳴る茶器を出来るだけ静かに持って行こうとして、とんでもなく時間をかけてしまった時もあった。
しょんぼりとした顔で出した冷えたお茶を、おいしいと飲んでくれたお父様の笑顔は、霧に隠れてしまっている。
「申し訳ありません、他のワゴンは使われておりまして……」
忘れていた懐かしい日を思い出したのは、シンシアが持ってきたワゴンがその時と同じものだったから。
「物を運べるなら何だってかまわないわよ。ちょうどいいタイミングだわ、シンシア」
「おそれいります」
書類の山を崩さないよう慎重に机の端に寄せてから、シンシアの入れてくれた紅茶をひとくち。休憩できるようなタイミングで持ってきてくれたシンシアには申し訳ないけれど、さっきやって来た書類のおかげでゆっくりと休める時間はあまりなくなってしまった。
「お父様が領地の特産品を売り込む晩餐会を開催するそうよ。それも、一週間後に」
「それは……」
「お義母様とロザリーに、デザイナーの手配を。今持っているドレスの手直しだったら、一週間でも間に合うでしょう。招待客の苦手な食材を書いたリストを作るから、あとで厨房に持って行って。
それから、庭師にも時間を作ってもらうように伝えてちょうだい。いつも手入れしてくれているけれど、今回は領地の売り込みも兼ねているから、飾る花を相談して選ばないといけないわ」
味わう間もなく空っぽになったカップを戻しながら、シンシアに指示を出す。ちょうどいいと言ったのは、休憩を取りたいタイミングだったからではない。屋敷全体に指示を出さないといけない出来事が増えてしまったからだ。
貧乏くじでも引いたとばかりの表情で書類を持ってきた使用人は、私の言葉を待つこともなく執務室を出て行ってしまった。この家での私の扱いは、まあその程度だ。家の執務をしているのは私だと理解していながら、それを私がやるのが当然だとばかり思っているお義母様に同調する使用人たち。
雇い入れの面接をしたのがお義母様なのだから、なるべくしてなったのだろう。それを正す気力もなく、家の執務に追われて放置してしまった私にも問題はあったのだとは思うけれど。
「じいや……アルバートが上手くやってくれているでしょうから、すでに指示があった場合はそちらを優先に。
シンシア、いつもあなたに任せてしまってごめんなさい」
「いいえ。それはいいのです。ですが、お嬢様。私なぞが言うのはおこがましいですが、」
「いいの」
眉を下げたシンシアの言いたいことを最後まで言わせないように、私はわざと言葉を被せた。そうやって心配してくれる人が傍にいてくれるのは、とても嬉しい。
本来なら私がやらなくてもいいだろう、執務。それでも、これは私が生きていくために身に付けたものだ。
かわいげがないと言われ続ける私が、必要だと思ってもらえるための手段。だからこそ、私が必死でしがみついているもの。
「気持ちはありがたくいただくわ、シンシア。だから、お願い。それ以上は言わないで」
「……畏まりました」
カラカラといつも以上に響いて聞こえるワゴンの音が遠のいてから、体の奥底に溜まったものを出し切るように、ゆっくりと息を吐いた。




