218.5話 海の脅威 後編
巨大海魔物が咆哮した。
海面そのものが震える。
触腕が十本。
二十本。
いや、それ以上。
海上を埋め尽くすように広がっていく。
一撃ごとに津波が発生し、海が怒り狂ったように荒れ始めた。
しかしアルカディア連邦軍は崩れない。
ロバートが大剣を掲げる。
「全軍!」
「訓練通りに動け!」
元帥スキルが発動する。
恐怖が消える。
混乱が消える。
兵士たちの呼吸が揃う。
教育によって鍛えられた軍は強かった。
エミリーが前へ出る。
狼獣人の将軍。
風属性魔法。
雷属性魔法。
重力魔法。
複数属性を同時展開する。
「前衛部隊!」
「触腕を切り離す!」
数十万人規模の魔法使いたちが動く。
風刃。
石刃。
光刃。
無数の斬撃が海を走った。
轟音。
巨大触腕が切断される。
青い血が海へ流れ落ちた。
しかし海魔物は止まらない。
失った触腕が再生し始める。
セリナが遠隔透視を続ける。
「核があります!」
「胸部中央!」
「魔石反応が異常です!」
その言葉を聞いたトミーが顔をしかめた。
「なるほどな。」
「維持費だけで国が傾く化け……いや怪物だ。」
「ブーチン王国らしい。」
彼は商人である。
だから分かる。
この怪物は兵器としては失敗作だ。
維持費が莫大すぎる。
教育を否定した国らしい発想だった。
力だけ。
恐怖だけ。
支配だけ。
その末路がこれだった。
「だから滅びたんだ。」
トミーは静かに呟いた。
その時だった。
黒雲が空を覆う。
海面が暗くなる。
誰もが空を見上げた。
巨大な雷雲。
その中心から一人の女性が現れる。
長い銀髪。
雷光を纏う美女。
カンナカムイだった。
「遅くなりました。」
微笑みながら言う。
その姿に海洋連盟の戦士たちが歓声を上げた。
「雷神だ!」
「来てくれた!」
カンナカムイは静かに海魔物を見る。
そして。
両手を広げた。
「雷属性。」
「重力属性。」
「空間属性。」
三重展開。
数百万の魔法陣が空に浮かぶ。
周囲の教師たちですら息を呑む。
桁が違う。
二十二億人の教育国家が育てた最高峰の魔法使い。
その力だった。
「落ちなさい。」
次の瞬間。
天が裂けた。
超広域雷撃。
雷神降臨。
数千。
数万。
数十万。
雷が海へ降り注ぐ。
海面が白く染まった。
巨大海魔物が絶叫する。
全身の魔導回路が焼き切れていく。
だがまだ生きている。
しぶとい。
数年前の侵略国家が残した執念だった。
「まだです。」
ミシェルが叫ぶ。
「核が残っています!」
「本体中央!」
その瞬間。
海洋連盟が動いた。
シャチ族。
イルカ族。
サメ族。
海中から突撃する。
彼らもまた成長していた。
教育を受けた。
魔法を学んだ。
超能力を学んだ。
そして仲間を得た。
オルカが巨大な槍を構える。
「海洋連盟!」
「突撃!」
海中部隊が一斉に進む。
ルミナが光属性魔法を展開する。
ガルシャが商人とは思えない速度で敵を翻弄する。
海の民も戦える。
学んだからだ。
そして。
最後の一撃を放ったのはマイケルだった。
かつて泣き虫だった少年。
今は教師団長。
治癒師。
教育者。
彼は杖を掲げる。
「皆さん。」
「力を貸してください。」
教師たちが魔力循環を開始する。
無数の魔力が流れ込む。
魔力操作。
魔力循環。
実質無限魔力。
ケルナインが残した技術。
教育として受け継がれた力だった。
巨大な光槍が形成される。
海面を覆うほどの規模。
マイケルが静かに告げた。
「教育は。」
「人を救うためにある。」
光槍が放たれる。
閃光。
轟音。
巨大海魔物の核を貫いた。
数秒後。
海面が静かになる。
怪物は崩れ落ちた。
数年前に滅んだ侵略国家。
その負の遺産もまた終わった。
静寂。
そして歓声。
海洋連盟。
セレンスキー教師団。
サンナ教師団。
アルカディア教師団。
全員が勝利を喜んだ。
戦いの後。
アクアマリナの港では盛大な交流会が開かれた。
種族は違う。
文化も違う。
海の民。
陸の民。
獣人。
魔族。
エルフ。
ドワーフ。
人族。
皆が同じ食卓を囲んでいた。
オルカが酒杯を掲げる。
「学びは海を越える。」
ルミナが笑う。
「私たちはもう孤立しない。」
ガルシャも頷いた。
「商売も教育も同じだ。」
「信頼がなければ続かない。」
夜空には満天の星が広がる。
マイケルは静かに空を見上げた。
かつて貧困村だったアルナ村。
病に苦しみ。
飢えに苦しみ。
未来が見えなかった村。
そこから始まった。
教育。
農業革命。
紡織産業。
物流。
治療院。
学校。
そして国家。
ケルナインは今ここにいない。
隠居している。
しかし。
彼が育てた人々は確かに前へ進んでいた。
マイケルは微笑んだ。
「環境は違う。」
「種族も違う。」
そして静かに続けた。
「だが学び合える。」
海風が優しく吹き抜けた。
新たな同盟はさらに強く結ばれたのだった。




