193話 大学都市
旧キンペイ帝国南部。
病院都市が完成してから数か月。
アルカディア連邦の発展は止まらなかった。
広大な新領土。
かつては荒れ果てた土地だった場所に、今では街道が走り、転移門が繋がり、農地が広がり、人々が暮らしている。
人口は十二億人。
食料充足率は一五〇〇%を超えていた。
飢餓は存在しない。
病による大量死も存在しない。
盗賊も奴隷商も消えた。
外敵もほぼ姿を消している。
だが、アルカディア連邦の指導者たちは満足していなかった。
病院都市中央会議場。
巨大な円卓を囲み、多くの代表者たちが集まっていた。
セリナ。
エルナ。
マイケル。
トミー。
ガイル。
リーン。
アリア。
各分野を代表する人材たちである。
セリナが口を開いた。
「病院都市は順調に機能している」
全員が頷く。
巨大病院都市。
巨大薬草農園。
巨大研究施設。
巨大教育施設。
全てが稼働していた。
「問題は次よ」
セリナは広げられた地図を指差した。
新領土中央部。
広大な平原だった。
「治療する場所はできた」
「研究する場所も増えている」
「でも専門家を育てる場所が足りない」
その言葉にアリアが笑った。
「ようやく気付いたのですね」
「教育ですか」
「そう」
セリナは即答した。
「人材を育て続けなければ文明は止まる」
会議室が静かになる。
誰も反論しない。
全員が理解していた。
アルカディア連邦がここまで発展した理由。
それは資源ではない。
土地でもない。
軍隊でもない。
人材だった。
教育だった。
エルナが微笑む。
「大学ですね」
セリナも頷く。
「そう」
「大学都市を建設する」
会議室がざわめいた。
その日のうちに計画は承認された。
数日後。
新領土中央部。
巨大な平原に数千万の建築部隊が集結した。
エミリー率いる警備部隊。
ロバート率いる統率部隊。
ガイル率いる建築部隊。
転移門から次々と資材が運ばれてくる。
鉄。
石材。
木材。
ガラス。
レンガ。
全てが無限に近い勢いで供給されていた。
ガイルが大声を上げる。
「基礎工事開始!」
数百万の土属性魔法使いが動いた。
大地が震える。
巨大な整地が始まる。
土が動く。
石が並ぶ。
地盤が固められる。
数時間後。
本来なら数年かかる作業が終わっていた。
続いて建築。
巨大な石柱が立つ。
壁が生まれる。
屋根が形成される。
無数の建物が一斉に姿を現していく。
建築とは芸術だった。
建築とは知識だった。
そして建築とは教育だった。
数日後。
巨大講義棟が完成した。
何十万人でも収容可能な超大型講義施設。
魔法映像投影設備。
音響設備。
魔法通信設備。
全てが備えられている。
さらに建設は続く。
図書館。
研究棟。
学生寮。
教員宿舎。
大食堂。
公衆浴場。
商業区画。
公園。
街路樹。
上下水道。
巨大な都市が少しずつ姿を現していった。
その光景を見ながらエルナは呟く。
「すごいですね」
隣にいたマイケルも頷いた。
「昔は本なんてありませんでした」
「勉強したくてもできなかった」
エルナは静かに微笑む。
彼女もまた貧しい時代を知っている。
学びたくても学べない。
病気になっても治せない。
そういう世界だった。
今は違う。
学びたい者が学べる。
努力した者が成長できる。
そんな環境が整いつつあった。
建設開始から一か月。
大学都市は完成した。
巨大な正門。
そこには大きな文字が刻まれていた。
アルカディア中央大学。
その名前を見た人々は足を止める。
圧倒される。
巨大だった。
広大だった。
美しかった。
大学都市全体が一つの国家のようだった。
中央広場。
開校式典が行われていた。
数千万人が集まっている。
若者。
職人。
教師。
農民。
兵士。
治癒師。
商人。
あらゆる人々がいた。
セリナが演壇へ上がる。
静寂。
誰もが耳を傾ける。
「アルカディア中央大学を開校します」
大歓声。
広場が揺れる。
セリナは続けた。
「ここは特権階級の学校ではありません」
「努力する人間の学校です」
再び歓声。
「種族も関係ありません」
「出身も関係ありません」
「貧しいかどうかも関係ありません」
「学びたい者は学ぶ」
「それだけです」
拍手が鳴り響いた。
長い拍手だった。
続いて各学部の発表が行われる。
魔法学部。
農業学部。
紡織学部。
鍛冶学部。
商業学部。
建築学部。
行政学部。
治癒学部。
教導学部。
さらに研究課程。
専門課程。
職人育成課程。
教師養成課程。
様々な学びの場が整備されていた。
トミーは商業学部を見て笑った。
「面白くなりそうだな」
商売もまた技術である。
経験だけでなく理論も重要だった。
ガイルは鍛冶学部を見上げる。
「職人が増えるぞ」
職人の教育。
それは文明を加速させる。
リーンは薬学研究棟を見つめていた。
「もっと薬を作れる」
知識は積み上がる。
受け継がれる。
だから進歩する。
アリアは少し離れた場所から大学都市全体を見ていた。
風が吹く。
長い髪が揺れる。
彼女は小さく笑った。
「面白い時代になりましたね」
研究者。
教師。
学生。
職人。
無数の人材が集まる。
知識が集まる。
知識が交わる。
新しい発見が生まれる。
文明が加速する。
それこそが大学だった。
夕方。
第一回講義が始まった。
巨大講義棟。
数十万人が席を埋める。
教師はマイケルだった。
かつて泣き虫だった少年。
今では連邦最高峰の教師である。
静まり返る講義室。
マイケルはゆっくりと語り始めた。
「皆さん」
「ようこそ大学へ」
全員が真剣な表情で聞いている。
「ここでは知識を学びます」
「技術を学びます」
「魔法を学びます」
「超能力を学びます」
そして少し間を置いた。
「でも」
「一番大事なのは人を学ぶことです」
静寂。
誰もが聞き入っていた。
「環境が人を育てます」
「だから良い環境を作れる人になってください」
その言葉に多くの者が頷いた。
それはアルカディア連邦の原点だった。
病を治す。
飢えを無くす。
街を作る。
教育を行う。
全ては人を育てるためだった。
夜。
大学都市には無数の灯りが灯っていた。
図書館には学生たちが集まる。
研究棟では研究者たちが議論する。
寮では若者たちが夢を語る。
学びの火は消えない。
それは未来へ続く灯火だった。
病院都市。
大学都市。
そして次に生まれる研究都市。
アルカディア連邦はさらに前へ進む。
食料だけではない。
医療だけでもない。
知識を生み出す国家へ。
人材を育て続ける国家へ。
その第一歩となる大学都市は、この日、正式にその歴史を刻み始めたのであった。




