120.5話 巡回治療団
冬が終わりを迎えようとしていた。
アルナ村の中央治療院。
朝早くから多くの人々が行き交っている。
治療師。
薬師。
教師。
研究員。
そして各村から派遣された研修生たち。
かつて病に苦しんだ土地とは思えない光景だった。
しかし。
ケルナインは新たな問題を見つけていた。
会議室。
マイケル。
エルナ。
リーン。
セリナ。
ミシェル。
ロバート。
各村の代表者たちが集まっている。
壁には巨大な地図が貼られていた。
アルナ村。
ベルグ村。
ノース村。
ハイランド村。
リーフ村。
ストーン村。
さらにその周辺には小さな集落が無数に描かれている。
ケルナインは地図を指差した。
「治療院は増えた」
誰もが頷く。
「医療教育も進んでいる」
再び頷く。
「だが病人は治療院まで来られるとは限らない」
室内が静まった。
それは盲点だった。
アルナ村周辺は発展した。
道路も整備された。
物流網も存在する。
しかし。
さらに遠く。
山岳地帯。
森林地帯。
荒野の集落。
辺境村。
そこには未だ十分な医療が届いていない。
ケルナインが続ける。
「なら行けばいい」
短い言葉だった。
マイケルが目を見開く。
「行く?」
「巡回治療団だ」
その瞬間。
新たな計画が動き始めた。
翌日。
巡回治療団設立が正式発表される。
参加希望者は予想を超えた。
若い治療師。
新人薬師。
教師。
索敵部隊。
護衛部隊。
数千人規模になった。
エルナが苦笑する。
「こんなに集まるとは思いませんでした」
マイケルも笑った。
「皆、誰かを助けたいんだよ」
それは真実だった。
かつて助けられた人々。
かつて救われた人々。
今度は自分が助ける側になる。
その循環が生まれていた。
巡回治療団第一陣。
団長はマイケル。
副団長はエルナ。
薬品管理はリーン。
索敵担当はミシェル。
護衛隊長はロバート。
総勢五百名。
壮大な出発式となった。
広場には数万人が集まる。
子供たちが手を振る。
老人たちが涙を流す。
「気をつけて!」
「頑張れー!」
歓声が響く。
マイケルは少し照れた。
昔の自分なら考えられない。
泣き虫だった少年。
自信のなかった少年。
今では多くの人々を率いている。
出発前。
ケルナインが近づく。
「緊張してるか」
「少しだけ」
マイケルが笑う。
ケルナインも珍しく微笑んだ。
「失敗してもいい」
「はい」
「学べ」
「はい」
それだけだった。
余計な指示はない。
もう必要ないからだ。
マイケルは深く頭を下げる。
巡回治療団は出発した。
最初の目的地は山岳地帯の集落だった。
人口二百人ほど。
冬になると雪で孤立する。
病人が出ても助けが来ない。
それが常識だった。
到着した時。
村人たちは驚いた。
大勢の治療師。
大量の薬。
護衛部隊。
教師たち。
誰も信じられなかった。
村長が震える声で言う。
「本当に無料なのか……?」
マイケルは頷いた。
「はい」
「どうしてだ?」
老人の目には疑念があった。
今まで散々騙されてきたのだろう。
マイケルは答える。
「昔、僕も助けられたからです」
それだけだった。
だが十分だった。
診療が始まる。
長年放置された病気。
怪我。
栄養失調。
感染症。
次々と治療されていく。
エルナが子供の傷を治す。
リーンが薬を配る。
新人治療師たちが記録を取る。
教師たちは衛生教育を始める。
「手を洗いましょう」
「井戸を清潔に保ちましょう」
「病人を隔離しましょう」
当たり前の知識。
しかし。
この村には存在しなかった。
数日後。
集落の空気が変わり始めた。
咳をする者が減る。
熱を出す者が減る。
子供たちの顔色が良くなる。
老人たちが笑う。
一人の老婆が泣きながら言った。
「こんなこと初めてだよ……」
マイケルは胸が熱くなった。
かつての自分もそうだった。
絶望しかなかった。
未来なんて見えなかった。
だが。
誰かが手を差し伸べてくれた。
だから今がある。
巡回治療団は移動を続ける。
山を越える。
森を越える。
川を渡る。
辺境の集落を巡る。
そのたびに医療が届く。
教育が届く。
希望が届く。
ある日。
ミシェルが空から戻ってきた。
「病気の集団発生を確認」
全員の表情が引き締まる。
場所は北部の小村。
感染症だった。
すぐに行動が始まる。
索敵部隊が情報収集。
治療師が準備。
薬品搬送。
護衛部隊出動。
到着した時には多くの住民が苦しんでいた。
だが。
以前とは違う。
治療法がある。
薬がある。
教育がある。
組織がある。
マイケルが指示を出す。
「隔離開始!」
「消毒!」
「薬品配布!」
全員が動く。
迷いはない。
数日後。
感染は収束した。
死者はゼロ。
かつてなら村が消えていた病。
今は乗り越えられる。
それが教育の力だった。
春。
巡回治療団は帰還する。
広場には再び人々が集まった。
歓声。
拍手。
笑顔。
マイケルたちは英雄扱いだった。
しかし。
本人たちは首を振る。
「違います」
マイケルが言う。
「英雄じゃありません」
「教師です」
周囲が静かになる。
マイケルは続けた。
「僕たちがいなくても大丈夫になるように」
「それを教えに行っただけです」
その言葉に。
ケルナインは少しだけ目を細めた。
正しく育った。
そう思った。
巡回治療団の成果は大きかった。
新たに百を超える集落が医療教育を受けた。
数万人が治療を受けた。
数千人の新しい治療師候補が生まれた。
そして何より。
人々が知った。
病は諦めるものではない。
学べば防げる。
学べば治せる。
その事実を。
夜。
中央治療院の屋上。
マイケルとエルナが夜空を見上げていた。
「疲れましたね」
エルナが微笑む。
「うん」
「でも楽しかった」
マイケルも笑う。
遠くには治療院の灯り。
研究所の灯り。
学校の灯り。
人々が学んでいる。
働いている。
成長している。
環境が人を育てる。
そして育った人がまた誰かを育てる。
その循環は止まらない。
巡回治療団はその象徴だった。
一つの村を救うためではない。
一つの国を救うためでもない。
人が人を育てる世界を作るため。
そのために。
彼らは再び旅立つ準備を始めていた。




