94話:未来を見る者たち
朝の空気は澄んでいた。
巨大な農地を渡る風は穏やかで、黄金色の麦畑を波のように揺らしている。
かつて盗賊や奴隷商に怯えながら暮らしていた貧困村は、今や人口八万人を超える巨大共同体となっていた。
農業革命。
紡織産業。
教育。
医療。
物流。
商業。
あらゆる分野が成長を続けている。
そして今日。
ヴァレリア商会第二陣の授業は新たな段階へ入っていた。
教師はマイケル。
教導スキルレベル五。
村最強クラスの教師である。
訓練場には商人たちが整列していた。
マーガレット・ヴァレリアも最前列に立っている。
彼女は既に第一陣として多くの能力を習得していた。
テレパシー。
レビテーション。
テレキネシス。
透視。
念聴。
遠隔透視。
王都本店との連絡も毎日念話で行っている。
距離という概念は既に大きく変わっていた。
しかし今日の授業はさらに異質だった。
マイケルが静かに言う。
「今日は未来視です」
商会員たちがざわつく。
未来。
見る。
そんなことが本当に可能なのか。
マイケルは頷いた。
「可能です」
「ただし万能ではありません」
「未来は変わるからです」
彼は地面に一本の線を描いた。
「未来視が見るのは確定した未来ではありません」
「最も可能性の高い未来です」
全員が真剣な表情になる。
「つまり」
「見た未来を知れば変えられる」
「だから未来視は絶対ではありません」
マーガレットは腕を組んだ。
なるほど。
商売と同じだ。
市場予測も絶対ではない。
だが知ることで結果を変えられる。
マイケルは魔力を流した。
青白い光が揺れる。
「フォアサイト」
未来視。
その瞬間。
映像が現れた。
商隊が街道を進む。
数時間後。
森から盗賊が現れる。
襲撃。
荷車炎上。
負傷者多数。
そこで映像が終わった。
商会員たちは息を呑む。
「盗賊だ……」
「未来なのか……?」
マイケルは頷く。
「このまま進んだ場合の未来です」
そして指を鳴らした。
映像が変わる。
今度は別ルート。
盗賊は現れない。
被害もない。
商隊は無事到着する。
「未来は変わります」
「だから価値がある」
静寂。
誰もが理解した。
これは戦闘能力ではない。
経営能力だ。
物流能力だ。
商売能力だ。
マーガレットの目が鋭くなる。
「つまり」
「事故回避」
「盗賊回避」
「輸送効率改善」
「全部に使えるのね」
「はい」
マイケルが微笑む。
「それだけじゃありません」
彼は別の映像を見せた。
市場。
穀物価格。
商人たち。
数日後。
価格暴騰。
さらに数日後。
価格暴落。
映像終了。
商会員たちの目が見開かれる。
「相場予測……」
「嘘だろ……」
「そんなことまで……」
マイケルは首を振る。
「絶対ではありません」
「でも可能性は見えます」
「だから準備できる」
それは商人にとって革命だった。
戦争。
飢饉。
不作。
流行病。
盗賊。
物流停滞。
それら全てに先手を打てる。
未来を変えるための情報。
それが未来視だった。
授業は続く。
商会員たちは一人ずつ挑戦した。
最初は難しい。
何も見えない。
ぼやける。
映像が途切れる。
だが。
ここには教導スキルがある。
そして何より。
努力を積み重ねる環境がある。
昼過ぎ。
最初の成功者が現れた。
若い物流担当だった。
「見えた!」
彼が叫ぶ。
「荷車の車輪が壊れる!」
皆が集まる。
確認すると。
確かに車輪の木材に小さな亀裂があった。
放置すれば数日後に破損する。
商会員たちは驚愕した。
未来視は本物だった。
夕方。
成功者は増えていく。
十人。
二十人。
五十人。
百人。
そして。
日没前。
第二陣全員がフォアサイトを習得した。
訓練場は歓声に包まれる。
マイケルも驚いていた。
「本当に凄いな……」
教導スキル。
教育体系。
そして本人たちの努力。
それらが噛み合った結果だった。
マーガレットは静かに未来視を発動する。
見えた。
商隊。
街道。
王都。
市場。
織物。
魔道具。
大量の注文。
利益。
発展。
そして。
さらに多くの人々。
彼女は目を開いた。
未来は確定していない。
変わる。
だが。
良い未来へ向かう道は確かに見えた。
その頃。
村の移住受付所では今日も列ができていた。
最近特に増えているのは魔族とダークエルフだった。
差別されない。
教育を受けられる。
働けば食べられる。
それだけで人は集まる。
ダークエルフの少女が受付で言う。
「本当に学校があるの?」
受付担当が笑った。
「ありますよ」
「読み書きも魔法も戦闘も商売も学べます」
少女は涙ぐむ。
故郷では学ぶことすら許されなかった。
魔族の青年も呆然としていた。
「教師が六万人……?」
「ええ」
「教導スキル持ちは四万人です」
青年は言葉を失う。
国家ですらそんな数字は持っていない。
それなのに。
ここは元々ただの貧困村だった。
教育が人を変える。
環境が人を育てる。
その証明が目の前にあった。
夕陽が沈む。
ケルナインは今日も村の端からその光景を眺めていた。
何も言わない。
何も命令しない。
人が育つ環境だけを整える。
後は人が勝手に育つ。
それが彼の考えだった。
訓練場では商会員たちが未来視を試している。
市場の未来。
商隊の未来。
商品の未来。
自分自身の未来。
彼らは笑っていた。
未来が見えるからではない。
未来を変えられると知ったからだ。
空には飛行訓練を終えた商会員たちが飛んでいる。
地上では新しい移住者たちが学校へ向かう。
工房では魔道具職人が働いている。
織物工房ではリーザたちが新型タオルを織っている。
農地では収穫が続いている。
全てが動いている。
止まらない。
かつての貧困村はもう存在しない。
そこにあるのは。
人材が人材を育て続ける巨大な国家の卵だった。




