1話 旅人ケルナイン、貧困村到着
荒れ果てた街道を、一人の男が歩いていた。
空は曇り。
風は冷たい。
街道沿いの畑は痩せ細り、作物はほとんど育っていない。
男は立ち止まり、静かに周囲を見渡した。
「酷いな」
その男の名はケルナイン。
旅人だった。
どこの国にも属していない。
貴族でもなければ騎士でもない。
冒険者ですらない。
ただ世界を歩いているだけの男。
しかし、その眼だけは異様だった。
鑑定。
目に映る全ての情報を解析する能力。
人。
土地。
病。
魔力。
作物。
建物。
一目で理解する。
ケルナインの視界に情報が流れる。
【土壌状態】
劣悪
栄養不足
水分不足
改良可能
【周辺人口】
推定237人
【村人口】
132人
【食料充足率】
四十八%
【病人】
三十七人
【労働不能者】
二十一人
【盗賊襲撃予測】
三日以内
【村存続予測】
一年以内に崩壊
ケルナインはため息をついた。
「思った以上か」
村が見えてきた。
木柵は壊れている。
見張り台は傾いている。
家屋は老朽化。
畑は荒れている。
子供達は痩せていた。
栄養不足。
病気。
貧困。
ありとあらゆる問題が積み重なっている。
村の入口には槍を持った少女が立っていた。
狼の耳。
灰色の尻尾。
狼獣人。
少女は鋭い目でケルナインを見る。
「止まりなさい」
ケルナインは立ち止まった。
「旅人だ」
「それは見れば分かる」
少女は警戒を解かない。
「名前は?」
「ケルナイン」
「目的は?」
「通りがかりだ」
少女は眉をひそめた。
嘘ではない。
しかし本当とも言い切れない。
そんな答えだった。
「最近、盗賊が増えてる」
「そうらしいな」
「奴隷商も出る」
「そうらしい」
「だから警戒してる」
ケルナインは頷いた。
少女の足元を見る。
傷。
古傷。
疲労。
寝不足。
栄養不足。
無理をしている。
守ろうとしている。
村を。
一人で。
「名前は?」
「エミリー」
狼獣人の少女は答えた。
「この村の防衛を担当している」
ケルナインは少し驚いた。
年齢は十六歳ほど。
普通なら子供だ。
しかしこの村では違う。
守る者がいない。
だから子供が戦う。
それだけだった。
「村長に会わせてくれ」
「断る」
即答だった。
「信用できない」
「当然だな」
「当然?」
「初対面だからな」
エミリーは少し拍子抜けした。
普通なら怒る。
反論する。
自分を信用しろと言う。
しかしケルナインは違った。
当たり前だと思っている。
「……変な人」
「よく言われる」
その時だった。
村の奥から悲鳴が聞こえた。
「誰か!」
「助けて!」
「子供が!」
エミリーの顔色が変わる。
二人は同時に駆け出した。
古びた家の中。
一人の少年が高熱で苦しんでいた。
母親らしき女性が泣いている。
周囲には何人もの村人。
しかし誰も何もできない。
「また熱病か……」
エミリーが苦しそうに呟く。
ケルナインは少年を見る。
鑑定。
【病名】
細菌性肺炎
【致死率】
八十二%
【治療可能】
可能
「水を」
ケルナインが言った。
「え?」
「水だ」
村人が慌てて桶を持ってくる。
ケルナインは水に手を入れた。
魔力操作。
魔力循環。
光属性。
浄化。
精製。
水が淡く光る。
周囲がざわついた。
「魔法使い?」
「いや……見たことがない……」
ケルナインは少年の額に手を置く。
魔力が流れ込む。
病巣を解析。
炎症を抑制。
細菌を浄化。
肺機能を回復。
少年の呼吸が安定していく。
顔色が戻る。
熱が下がる。
数分後。
少年は目を開けた。
「……お母さん?」
母親が固まった。
そして泣き崩れた。
「よかった……!」
「よかった……!」
村人達がざわめく。
奇跡だった。
この村では。
病人は死ぬ。
それが当たり前だった。
治療院はない。
薬もない。
神官もいない。
だから死ぬ。
それだけだった。
エミリーは信じられない顔をしている。
「どうして……」
「治療しただけだ」
「治療しただけで治る病じゃない」
「本来は治る」
ケルナインは静かに言った。
「治療法を知らないだけだ」
その言葉に村人達は黙った。
知らないだけ。
その言葉は重かった。
才能がないわけじゃない。
力がないわけじゃない。
知らないだけ。
ケルナインは周囲を見る。
痩せた子供。
疲れ切った大人。
荒れた畑。
壊れた柵。
病人。
貧困。
だが同時に見えた。
可能性も。
人材。
土地。
水。
魔力。
全部ある。
足りないのは知識だけだ。
「この村」
ケルナインは呟く。
「まだ終わってないな」
エミリーが振り向く。
「何?」
「助かる」
「本気で言ってるの?」
「本気だ」
ケルナインは村を見渡した。
鑑定結果は最悪。
だが絶望ではない。
改善可能。
それが全てだった。
畑は立て直せる。
病は治せる。
防衛は強化できる。
教育もできる。
人は育つ。
環境があれば。
指導があれば。
努力があれば。
ケルナインは空を見上げた。
灰色の雲の向こうに光がある。
この村は変わる。
今はまだ誰も信じていない。
エミリーも。
村人達も。
自分自身ですら。
しかしケルナインには見えていた。
十年後。
二十年後。
この場所がどうなっているか。
だから彼は歩き出した。
英雄になるためではない。
支配者になるためでもない。
ただ。
人を育てるために。
そしてこの小さな貧困村は、後に大陸中の人々が知る場所へと変わっていくことになる。




