第七十四話 すぐに確認できるというものだ
視点なしです。
「なるほど、そうでしたか」
愛想の良い笑顔を浮かべ、クレイグは一つ頷いて見せる。
「あの、第二皇女様にお伝えになるんですよね?」
「えぇ、そうですが。何か気になる事でも?」
クレイグが話を聞いていた相手、レイラは軽く息を飲み込むと「伝えてほしい事があるんです」と続けた。
「リディア邸でリアンと会って、話せたと」
「……わかりました。伝えましょう」
微笑みながら頷くクレイグを確認し、レイラはほっと胸を撫で下ろす。クレイグの主人を怒らせた身として、クレイグと話す事に緊張していたらしい。終始にこやかなクレイグに安心でもしたのだろう。
そんな姿を見て、「ここまで素直であれば楽なのですがね」と自分の周りにいる人間を思い浮かべ、クレイグは溜息を吐きたくなった。
野良の巣窟から主人に拾われてきた狐は教育の賜物か、「ジジィ」から「爺さん」、今では「クレイグさん」と呼ばせるまでに成長せさる事ができたが、主人の事となると途端に頭に血が上ってバカになる。外見を整えても根本は変えられないのかと、少し自分の教育方法に自信を無くしてしまったくらいだ。
最近拾われてきたエルフにしても、忌み者として虐げられてきたはずなのに、街を歩いていて違和感がない事に違和感を覚える。加えて時折見せる気品や高貴さは得体が知れない。
………まぁ、本当に得体が知れないのは主人なのだが。
思い浮かべた二人同様、そんな主人に拾われたクレイグも得体が知れない存在なのだろう。
「どうされたのですか?」
少し下の位置からクレイグを見上げていたレイラが聞く。するとクレイグは「いえ、なんでもありませんよ」と答え、そのまますぐにその場を去ってしまった。
───
フィニーティス王城図書館。観光名所が多い事もあり、人々が多く行き交いするフィニーティスは情報が豊富だ。そんな国の図書館であれば、様々な本が置いてある。しかも王城であるのだから、国に関わる書物も置いてある可能性があるかも知れない…が、生憎と今回の目的はそれではない。
クレイグはフィニーティスに来てようやく見慣れてきた男の姿を探していた。
主人がいたく気に入っているらしい髪色と、目立って仕方ない褐色の肌に長い耳。広いとは言え、見渡せばすぐに確認できるというものだ。
「ヨル様、少々よろしいですか?」
足音もなく現れたクレイグに一瞬身を固くした男、ヨルが顔をあげる。
「……驚かせるなよ、爺さん。ここは話をする場所じゃないぜ」
「小声であれば大丈夫でしょう。人もいませんし、ねぇ?」
少し眉間に皺を寄せたヨルが図書館内を見渡せば、確かに人がいない。というか、図書館の受付すらいない。
まさかフィニーティスの図書館受付にまでコネがあるわけでもなし、ヨルはさらに眉間の皺を深くして、不機嫌そうに呟いた。
「魔術か、それも相当な難術を軽々と…」
「コツを掴めば簡単ですよ。それより、座っても?」
「…勝手にしろ」
読んでいた本に視線を落としてしまったヨルに微笑んでから、クレイグはヨルの向かいの席に座る。一向にこちらを見る気配のないヨルを見て、クレイグは一人でに話し始めた。
「レイラ様に話を聞きました。第一皇女様とブラッドフォード第一王子殿下が恋仲になるところまで見え始めてきましたね。やはり下手に手を出すより待っていた方が得策でした」
「それ、姫さんに言ったら絶対不機嫌になるぞ」
「次の日には忘れますよ」
クッ…と、思わず吹き出しそうになる笑いを抑え、ヨルが肩を揺らす。
「第一王子殿下は少し勘違いをされているようですが、それはそのうち自然と解けるでしょうし」
「勘違い?」
「はい。本人だけが知らない事実というのは意外と多いものです。まぁ、第一王子殿下の場合は嫌でも理解しなければいけないでしょうねぇ」
「……よくわかんねぇが王族ってのは大変なんだな」
厄介な主人に魅入られた貴方も大変ですよ、と心の中だけで呟いたクレイグは、ヨルが読んでいた本へ視線を移した。
「…神話の本ですか。龍の神話の本もそうですが、お好きなんですか?」
「………別に」
「そうですか。熱心に読まれていたのでもしかしてと思ったのですが、ハズレてしまいましたね」
変わらぬ笑みの中で何を思っているのか、こういう時の笑顔が主人と心底似ていると、ヨルは思う。自分に敬語を使う主人は自分に何を思っているのかさっぱりわからない。神龍の本にしたって、なんの情報収集で借りたんだか。
「話は終わりか?術の中にいる感覚ってのは気持ち悪くて仕方ねぇんだが」
「あぁ、それは申し訳ありません。すぐに退散します」
展開された事に気づかなかったとは言え、気づいた今ならば元々魔力に敏感なヨルの気分を害するのは当たり前だ。クレイグは早々に立ち上がると、どこから出したのか白い杖を床に打ち突いた。
カンッ
いつの日かクレイグの手に握られていた白い杖。あの時はヨルとエスターお互いの殺気を沈めるために使われたが、今回は術を解くために使ったらしい。
後に残らない音が響いたと思えばそこにクレイグの姿はなく、ヨルは何事もなかったかのように視線を本へと戻したのだった。
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