第七十三話 俺を混乱させる言葉ばかり
ブラッドフォード視点です。
「お初にお目にかかります、ブラッドフォード第一王子殿下。カタルシアが第二皇女、アステア・カタルシア・ランドルクと申します」
彼女と似ているのに、どこか読めない笑顔を浮かべる少女は、何者なのだろう。
極度の女嫌いであるはずの弟が連れて来た少女の目が冷たい事に、気付かないわけがない。彼女の妹と言うだけあって顔立ちは似ているが、中身がまるで違う事が手に取るようにわかった。
「…初めまして、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。フィニーティスが第一王子、ブラッドフォード・フィニーティス・フェルンです」
当たり障りのない挨拶を返せば、少女は感情が読み取れない笑みを変えずに一つ頷いて見せる。彼女の妹なのだから良い印象を持たれた方が良いに決まっているが、なんだか無意識に警戒してしまいそうだ。
「姉がお世話になったようなのでご挨拶にと。いきなりで迷惑でしたか?」
「いえ、そんな事は…ただ、クリフィードが連れて来た事に驚いただけです」
俺の言葉を聞いて、少女は自身の後ろに立っているクリフィードを一瞥する。けれどやはり表情は変わる事なく、どこか気味の悪ささえ感じるほどだった。
「……クリフィード第二王子殿下とは少しお話をさせていただく機会がありまして、ここまで案内していただいたんです」
女性を視界に入れる事すら嫌がる弟と話せるのがどれほど凄い事なのか、この少女はわかっているんだろうか。弟も弟で少女に対して嫌悪感を表している様子はない。一体どういう事だ…?
母を激怒させ、彼女と接点ができ、なぜか今目の前には得体の知れない少女がいる。今日一日で色々な事が起こっているから、少し頭の中を整理したくなってくる。だが、無情にも目の前の少女は俺の心情を知ってか知らずか、俺を混乱させる言葉ばかりを吐くのだ。
「姉と懇意にされるのであれば歓迎いたしますよ。もちろん、最大限の協力もさせていただきます」
微笑みの隙間から、一瞬の悪寒を感じる。…これは、何か恨まれている時に感じる嫌な予感と似ている。けれど、どこか違うような気もして変な感じだ。
「堅苦しく考えないでください。ただ、私は姉の幸せを望んでいるだけですから」
そこで、パズルのピースがハマったような感覚に陥った。
この少女は俺に彼女を諦めさせようとしているんじゃないか?自分の姉が王位を継ぐ事のできない男に好かれていると、それが気に食わないのかもしれない。普通の姫ならまだしも、カタルシアはトップクラスの軍事力を誇っている。父がカタルシアの皇帝と友人であるから戦争になどなるはずもないが、もし戦う事になれば十中八九負けるだろう。そんな国の姫が、しかも長女が長兄であるにも関わらず王位に着かない男の嫁になる事を、許せないのかもしれない。もちろん、幸せになれる事もないだろう。彼女が俺に気を止める前に、釘を刺しに来たのか。
そう考えてしまうと思考はどんどんネガティブなものになっていって、俺は知らず知らずのうちに眉間にシワを寄せていた。
「兄上…?」
不思議に思ったのか弟が声をかけてきた。……彼女に惚れているらしい弟と、俺を諦めさせたい少女、なるほど、これなら手を組む事もありえるはずだ。
「……帰っていただけますか」
「え?」
初めて、少女が笑み以外の表情を見せる。
「いや、失礼。こちらが戻ります。私もカリアーナ姫君の幸せを祈る一人ですが、生憎と今は騎士達を待たせていますので、これで」
早々に座っていた椅子から立ち上がり小さく頭を下げれば、少女は薄く口を開けて目を見開いていた。…無礼は承知の上だ。だが、戦いばかりで礼儀の知らぬ俺ではここまでが限界。これ以上一緒にいれば暴言でも吐きかねない。
「兄上!どうしたんだよ!」
動揺している弟を見て、一瞬だけ、違和感を覚えた。
どうしてクリフィードは少女の後ろに立っているんだ?
カタルシアとは友好国であり、互いの王族と皇族は共に平等であるはずだ。なのに、なぜ弟は少女の後ろで、しかも立っている。女嫌いのはずの弟が隣り合わせで座る事を嫌がるのは想像に難くないが、だったら自分が座るはずだ。しかも、距離が近い。側近でもあるまいし、なぜ右後ろに背筋を伸ばして立っているんだ。
考えてみれば違和感だらけで、混乱しかける頭をなんとか冷やす。
………考えるのは後にしよう。今はこの状況から脱する事が一番だ。俺は部屋の扉の前まで来ると一度振り返り、「それでは」とダメ押しの一言を告げる。
弟はどうしてこうなっているのかわからないような顔をして、少女はただ唖然としていた。そんな二人を尻目に扉を開けばキィっと耳に残る嫌な音が響いた。
そう、だから。
「どうしたもんかな…」
そんな、強国の姫らしからぬ言葉遣いの声が呟かれた事に、全く気づかなかった。
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