第三十五話 うるっせぇ!!
「あらアステア、どこか出かけるの?」
フィニーティスに来て二日目、姉様が身支度をしている私を見てそう言った。
「うん。今日はリアンの家に行こうと思って」
「あぁ、そうね。そういえば彼は今どこに?」
「ホテルの食堂で食べ放題だと思う。食欲旺盛みたいで何よりだよ」
貴族がそれで良いのかと聞きたくなるが、おそらくリアンにそういう概念はない。
自分で家出したと言っていたし、自分は元貴族とでも思っているんだろう。ちゃんと破門されなきゃどこにいたって家の恥として扱われるだろうに。
「昨日も久々のフィニーティスを満喫してたみたいだし、家に帰しても案外上手くいくかもしれないから、ちょっと安心してる」
「そう上手くいくかしらねぇ…」
神妙な面持ちで小さく囁いた姉様を見て、首を傾げる。姉様は何か知っているのだろうか。
「あ、ごめんなさいね。でも、貴族は色々と事情がある家が多いから。伯爵家へ手紙は送ったの?いきなり行くのは迷惑でしょう」
「クレイグに送ってもらったよ。たぶん四日前くらいには届いてるはず」
「そう。ならもてなしてもらいなさい。もてなされる事も皇族の仕事よ」
その常識はわかりませんよ、私。前世庶民の私が「姫だからもてなしやがれ!」って態度取れるわけがない。姉様がそんな態度なのかって聞かれたら即座に否定するけど、意味合い的には同じだと思う。もてなされて私が満足すれば、相手方が「我々は姫君を満足させた!」って胸を張れるのはわかるけど、やっぱ苦手なものは苦手なのだ。
「早めに帰って来なさいね。ここら辺には慣れていないでしょう」
優しく、愛しいものを触る様に撫でてくれる姉様に自然と笑みが溢れ、「うん」と頷く。
姉様の言いつけは守らないとね、心配かけちゃ駄目だ。
「ありがと、姉様。行って来ます」
「気をつけてね」
美しすぎる姉は今日も優しすぎて私の癒しです。
エスターもこの場にいれば天国だったのに…まぁ今も天国ですけどね!!
───
泊まっているホテルから二時間ほど。
観光地が密集しているエリアから少し離れ、けれど王都の貴族家として申し分ない威厳ある門が見えて来た。
……馬車で二時間って、どんだけ王都広いのよ、フィニーティス。
「ここがリディア家です。門番を呼んできますね」
………ほほう。これはちょっと好感度アップだぞ?
てっきり「我がリディア家にようこそ!」とか言うのかと思ったが、ちゃんと線引きはしてるのか。おそらく騎士として育ったせいで貴族間の礼儀や、破門されなければ貴族をやめられないという常識的な事は知らない様だが、ちゃんと人間としてはできている様だ。うん、良い事だと思うよ。
私に手を貸すヨルにお礼を言いながら馬車を降りる。
門近くの門番室を盗み見れば、門番は天地がひっくり返ったかの様な顔をしていた。…まぁ、元後継がいきなり帰って来たら驚くわな。
門番との話も早々に私のところへ戻って来たリアンは、「私がご案内する事になりました」と笑顔で言う。
門番がこっち凝視してるんだけど……気まずっ!!あー!もう!早く行きましょ!
リアンを私の斜め前に立たせ、緩い速度で開く門の前に立った。
───
リアンに案内された部屋で待つ事三十分。………遅すぎないか?
連れて来たヨルと、念のため馬車で待機させているクレイグ。良かった、連れて来たの二人だけで。
エスターなら十分くらいで「アステア様を待たせるなんて!!」と怒りだしていたに違いない。今はパーティー用のドレスやアクセサリーを見繕ってもらっているけど、早めに帰らないとなぁ。
私が溜息を零せば、私の隣に座っていたリアンの肩がビクッと揺れた。
「申し訳ありません…父は戦場で生きてきた人間なので、生死に関わる時間以外にはルーズでして」
時間にルーズな理由が聞いた事ない理由なんだけど。え、戦場に昔から出てた騎士ってみんなそんななの?生死に関わる時間以外って生活の大体がそうじゃない?あ、生活が戦場だったのか。
「なんか…すごい親だね…」
「昔からです。私と弟はいつも振り回されっぱなしで」
「あぁ、そういえば弟が今の後継者なんだっけ?」
私が質問すれば、リアンは「はい。自慢の弟ですよ」と答えてくれた。私の後ろで棒の如く立っているヨルが、面白そうにリアンへ視線を向ける。
「その弟を、怒らせてなきゃ良いな」
ヨルの言葉に目を見開いたリアンがどういう事か聞こうとすれば、扉が無作法にガチャッと音を立てた。
「申し訳ない!!遅れてしまったか!?」
がはははは!と豪快な笑い声と、汗臭い体で登場した男が私とリアンの向かいの席に座る。えーと、もしかしなくても…。
「リディア伯爵…ですか?」
「いかにも!我が愚息がお世話になりましたなぁ!カタルシアの姫殿下よ!!」
とりあえずの第一印象は。
うるっせぇ!!
お読みくださりありがとうございました。




