第三百十三話 罪人の再来
アステア視点です。
聖女が選ぶ男、確かにそうだ。装置に過ぎない、それも間違いではないだろう。主人公はリリアなのだから、彼らの役割はリリアと恋をし、幸せのために尽力する事でもある。
けれど、それでも、なんだか今の言い方は引っかかる。
乙女ゲームにおいて攻略対象とはなくてはならないゲームの主軸だ。どんなにストーリーが良くたって乙女ゲームと銘打っている以上は主人公と恋をする攻略対象が魅力的でなければ意味がない。
なのに乙女ゲームを元にしている世界で攻略対象を軽視するような事を言うとは。
なんだこの違和感。
そもそも、本当に最初に立ち戻って考えてみれば、なんでリリアが攻略対象を選んでいない事をバレットは許してるんだ…?
クロス・クリーンの物語を進める上で一番重要なのは攻略対象。キャラごとに大なり小なりストーリーの展開が違うのだから、バレットの望む「シナリオ通り」を遂行したいなら、攻略対象選びこそ一番大切にしなければいけない山場だろう。
それともあれか、リリアの相手は後々出会う神龍で良いと思っていたのだろうか。けれど、そうであっても一緒に行動するキャラクター自体は選ばなければいけないはずだろう。
なのに、この男は。
「バレットさんって、乙女ゲームした事あります?」
「………は?」
私の質問にバレットは不意を突かれたような顔をして声を返した。
いや、うん、これは私が素っ頓狂すぎたな。
「あ、んー、えー、質問変えます。バレットさんって攻略対象の事どう思ってるんですか?」
「………お前と話す時間が無駄に思えてきた…取引は中止だ」
ぎちり、バレットを拘束していた鎖が耳障りな音を立てる。けれど聖域の時のように弾き飛ぶ事などなく、バレットの顔が不快そうに歪んだ。
中止以前にこっちは取引拒否ってんだよ!という叫びは心の中にしまうとしよう。
『……姫さん』
「はい?」
未だ馬にまたがった状態でバレットを見下ろしながら、ヨルは楽しげな声色で私に告げた。
『養父、なかなか良いもん残してくれたみたいだ』
「グ──ッ!?がッ、ハッ──!!!」
その言葉が私の耳に届くと同時、鎖から逃れようとしていたバレットの首には食い込むほどにキツい金属の首輪がかけられ、その身は金の鎖でさらに縛り上げられた。聖域で見た罪人の再来だ。
「なんで」
あの時は簡単に弾き飛ばされたのに。
『時間が経つごとに使い方がわかっていく感じがするんだよ。面白いなコレ、ゾワゾワするのに不快感はないっつーか、頭がどんどん冴えてきてる』
「つまりどういう事ですか?」
『使い方覚えたって事だ。それ以外はわからん』
結局わからないんかい!!!
そっぽを向いてしまったヨルが猫みたいで可愛いという感情を押し殺し、「そうですか」とだけ答える。つまりなんだ?この得体の知れない金の鎖をもっと上手く扱えるようになってきたって事?
状況が状況だっただけになんの説明もなかったけど、ヨルの体で今何が起こっているんだかマジでわかんないな。神龍の事だからヨルの害になるような事は絶対にしないとは思うけど…。
「ヨル、些細なことでも違和感があったら言ってくださいね」
『姫さんは心配性だな』
「それは」
と、そこで思わず口籠る。私、なんて言おうとした…?
──それはヨルが大切だからですよ──
「ッ……それは、ヨルが危なっかしいからいけないんですよ。もっとしっかりしてください」
ああ嫌だ。確かに一緒に行動をしているけど、ヨルが私の騎士じゃない事に変わりはない。私の側を離れた事実は消えないんだ。ヨルが私の事をどう思っていようがどうでも良い。私からヨルへの感情がこんな軽く現れてしまうのが、心底嫌だ。
私の言葉を受けて首を傾げ『そぉか?』と不服そうに答えたヨルから視線を外し、バレットを見下ろす。
逃げようと捥がけば捥がくほど鎖はバレットの身を強く締め付け、その度に痛々しい声が溢れていた。聖域の時と全く違うのは、ヨルが言う通り力の使い方を理解し始めているからなのだろうか。
まあ今はそんな事どうでも良い。
「これで、取引する余裕も逃げる余裕もなくなっちゃいましたね」
サァッと顔が青ざめるバレットの姿はやっぱり人間臭い。
この世界の主催者…神様との道を繋ぐ、今のところ唯一の手がかり。逃げられなくなったのは嬉しい誤算だ。どこまでも追いかけるか、他に手段を探すか、玉砕覚悟で体当たりするかの3択が消え、あっという間にわかりやすい答えに辿り着けた。
馬から降りると、私の身を守ろうとするかのようにヨルもついてくる。2人分の足音が瓦礫だらけの部屋に響き、ピタリとバレットの前で止まった。
「今度は逃がしませんよ、バレットさん」
同じ目線になるのは嫌だからしゃがみ込むなんて事はせず、結局見下して笑いかければ、こちらを見上げるバレットの目にわかりやすく苛立ちの色が滲んだ。
お読みくださりありがとうございました。




