二十
彼女はそのことを識ってはいまいか。
私は彼女の一瞥で*暗々裡に、*笑中に刀ありと謂った調子の打算めいた匂いを嗅当てた。*重瞳の相を灯した明眸は恰も裡側へ雪崩る牌の山積である。*虹彩の陥没を覗込むと折目佳く生揃った睫毛が肉附き胖な眼瞼へ納り、豊艶とした眼球が逢着った時と不渝ずにあった。ところが、俄と私は芸術が時折肉慾めいた誤解を欲する時と同一ような、一種奇怪な視線を発掘た。
それは主人が奴隷へ求める誤解であり、或いは親が子へ求める誤解である。即ち本質を恐れる自分を悟られないことであり、虚栄心がないように詐欺ける虚栄心である。
このような誤解は毒のような優越感を齎し、心の裡へ満遍なく刺す嗜虐性が随意に顕れる。彼らは誤解に期待し、誤解に焦がれ、それによって得られる怡の価値を知悉して居る。それは孤独を富まし、感覚を鋭利く磨く*符牒である。
彼らにとって誤解の旨は基督教徒の耳を搏つ聖書の一言一句と差異はない。娼婦の如き習で、彼らは理解によって苦しみを覚え誤解によって快楽を得ることで、辛うじて逆説的に自分の*操を確認める。
銀灰色に褪んだ美しさも、麗人の雪を欺くような白い肌は全て誤解の表情をしている。彼らは*一眸の裡に*詮議の芽を潰し、誤解という誤解を招き、手曳する。倦怠はたちまち峻烈さへ変貌る。恰度汗を滴せている美人が、そのだらけた貌を程好く引締まった腕で団扇を煽ぐようなもので、清冽な符号はたちまち一つの誤解から地面を這う無聊へ巻取られ、夢現の境目を粉飾せてしまう。
これは芸術家が芸術を表現すことで自己を蔽隠す習慣と能く似ている。傑れた芸術がより多くの謎、誤解の影を落とすのは、芸術家を表すよりもはるかに芸術家を隠すためであることは屡々ある。我々はこれで誤解する。
恂に奇妙ではあるが、今ある誤解との*邂逅は初から予期されて居たかのように、却って自然と思い倣された。
まるで永すぎた午睡の涯のような、現実へ俄かに影の射した風に氣附くようなものであった。
暗々裡…人の知らないうち
笑中に刀あり…上部は人当たりをよく見せかけながら内心陰険で、人を陥れようとすること
重瞳…一つの目に二つの瞳があること。貴人の相
虹彩…眼球の角膜と水晶体との間にあり、中央に瞳孔を持つ円盤状の薄膜
符牒…しるし
操…節操
一眸…一目に見渡すこと
邂逅…思いがけなく出会うこと




