77話 プールへ行こう
八月に入り、麗奈たちの居候生活も残りわずかとなったある日。
有給休暇を取った母さんが、午前中から姫奈と二人で出掛けていった。買い物をして、今日も一緒に夕飯を作るそうだ。本当の親子みたいに仲良しだ。
本当の娘である姉さんはというと、さっきからソファの上でだらけながら映画を観ている。よくわからないが、タイムリープした金持ちの主人公が、なぜか貧乏な人生を歩むというものらしい。
俺が姉さんの隣に寝転がって英単語アプリをぽちぽちしていると、洗濯を終えた麗奈が近づいてきた。
「ねーねー歩」
「ん?」
スマホの画面から顔を上げると、麗奈が微笑みかけてくる。
「海かプール行かない?」
「……えっ、今から?」
「うん」
すでに十二時過ぎだ。プールはともかく、今から海へ行こうという人もなかなかいないだろう。
「……随分急だな。水着はあるのか?」
「こんなこともあろうかと持って来てるわ」
持ってるのか。準備万端だな。それなのに、なんで当日に提案してくるんだ。
「じゃあプールにしよう。海は今からだと時間的にキツイだろ」
「うん、そうしよ! お姉さんはどうします?」
「暑いから行かない」
だろうな。この人、夏はマジで外に出ないからな。
「どこのプールに行くんだ?」
「常盤のレジャープールでいいんじゃない? 室内だし、ウォータースライダーとかもあるみたいよ」
「へえ、よさそうだな」
常盤市は二つ隣の市だ。スマホで検索してみると、里見駅前から直通のバスが出ているらしい。
「他にも誰か誘ってみるか?」
「うーん。じゃあ夕亜に聞いてみようかな。バイトかもしれないけど」
「んじゃ俺は京介でも呼ぶか」
スマホを操作して、京介に電話を掛ける。
何度かコールしても出ないので、終了ボタンを押した。まあ、突然掛けたしな。一応メッセージでも送っておこう。
麗奈の方はというと、平木さんに電話が繋がったようだ。
「あ、もしもし? 夕亜、何してるの? ……お母さんと買い物中? 駅前のモールで? ……いや、歩とプールに行くんだけど、暇だったら一緒にどうかなーと思って……うん、今から。……だって今思いついたんだもん。急だし、無理なら無理でいいわよ。……え、行く? ほんと? でも用意とか……そっか。じゃあ一時のバスに乗るから、里見駅前のバス乗り場でね。はーい」
麗奈が通話を終え、スマホをポケットにしまう。
「行くって」
平木さん、こんな急なのによく来るな……。
俺と麗奈は、普段着のTシャツ姿で、水着とタオルだけ手提げ袋に入れて家を出た。思いつきで行動しすぎな気がするが、まあいいか。
自然と手を繋いで、駅へ向かって歩く。……暑い。日差しが強い。これは長時間外にいるのはキツいな……早くプールに辿り着きたい。
隣では、麗奈が上機嫌で鼻歌を歌っている。
元気な麗奈に感心しながら歩いていると、ポケットのスマホが鳴った。京介からメッセージだ。
「京介も『急いで行く!』だって」
「私が言うのもなんだけど、こんな急に誘ったのによく来るわね」
俺もそう思う。
駅前のロータリーにあるバス停に着いて数分後、平木さんが亜麻色の髪を靡かせながらやってきた。
「お待たせー。歩君も! こんにちは!」
「うん、こんにちは」
笑顔で挨拶を返しながら、平木さんが持っている紙袋に視線を移す。他に荷物らしきものはない。
「もしかして、それ、水着?」
「そうそう。今買ってきたの」
「え、わざわざ買ったの?」
なんか思いつきで誘ったのがちょっと申し訳なくなるな……。
「違う違う! 別の日にクラスの子とプールに行く約束してるから、元々買うつもりだったんだよ。近くに水着売り場があったし、ちょうどよかったの!」
「あ、そうなんだ」
それならよかった。
それにしても、やっぱり麗奈と違って友達が多いんだな。麗奈なんかほぼずっとうちにいるぞ。
しばらく三人で雑談していると、バスが来る直前、京介が走ってやって来た。汗だくで息を切らしながら、膝に両手をつく。
「はぁ……間に合った……あっつ……」
「こんにちは、相葉君!」
平木さんが笑顔で挨拶する。
「……あ、ども……! 今日はよろしく……」
「お前もよく来たな」
「そりゃ来るに決まってんだろ……」
「お、おう」
来るに決まってるのか。何がそこまでこいつを突き動かしたのだろう。
◇
バスに乗って、約五十分。やってきたのは、巨大なドーム型のレジャープールだ。夏休みだとはいえ一応平日だからか、それほど混んではいないみたいだ。
更衣室で水着に着替え、ロッカーの鍵がついたリストバンドを腕に嵌めて外へ出る。
プールサイドの壁際に立って待っていると、やがて麗奈と平木さんが更衣室から出てきた。
「お待たせ!」
手を振りながら歩み寄ってくる麗奈は、真っ白のシンプルなビキニだ。余計な飾り気がない分だけ肌の露出は多く、細身の割に大きな胸がこぼれそうになっている。ネグリジェとは違ったエロ可愛さがあるな……やばい、何かドキドキする……。
一方、少し後ろをついてくる平木さんは紫のビキニ姿だ。胸元にフリルがあしらわれ、腰には短いパレオを巻いている。麗奈に比べて華やかで大人っぽい。
「行こ!」
二人とも周囲の男たちからの視線を集めているが、麗奈がお構いなしに腕を引いてくる。
「おう。どこ行く? 結構広いけど」
「とりあえずあっちの流れるやつ入ろ!」
こいつ、プールの楽しそうな雰囲気のせいかテンションが高い。めっちゃわかるけど。
「えっ、ちょっと待って!」
さっそく近くの流れるプールへ向かおうとする俺と麗奈を、平木さんが引き留める。
「何よ? 早く入ろうよ。暑いし!」
「あ、うん。でもその前に、水着の感想を聞きたいっていうか……せっかく買ってきたんだよ?」
「え、でも私は別に、結構普通のやつだし」
「いや、そういう問題じゃなく……」
平木さんの水着はなんかオシャレだし、きっとデザインにこだわって選んだのだろう。一応褒めとくか。
「その水着、可愛いと思うよ。な?」
「うん、可愛いよ。凄く似合ってる」
京介も腕を組みながら頷く。
「そ、そうかな……ありがと。でもそこまでジロジロ見られるとちょっと恥ずかしいんだけど……」
頬を赤くして、もじもじする平木さん。陽キャのこの人でも照れたりするのか……新鮮だな。
珍しい姿にかえって目を引かれていると、麗奈が俺の腕を掴み、上目遣いを向けてくる。
「ねえ……私は?」
「え、お前も感想が欲しいのか?」
「うん、やっぱりちょうだい」
とは言っても、麗奈の水着はシンプルなものだからな……。
「お前も似合ってると思うよ」
「可愛い?」
可愛いか、だと? 改めて麗奈の姿に目をやる。
うーん……こいつの水着とポニーテール、反則級に可愛いな……。
「……俺は凄く好きだな」
「えへへ……そっか」
満足そうに口元を緩める麗奈。
思わず見とれていると、平木さんがジト目を向けてくる。
「……なんか歩君、麗奈のことだけマジじゃない?」
「いや、そんなことないと思うけど……」
「えー、全然態度が違うし」
俺、態度に出てたのか……。まずい、無意識だったぞ。
「彼女だから贔屓しちゃったんだな」
京介が納得したように頷く。
「ぶー」
平木さんが不満げに頬を膨らませる。もう少し大げさに褒めた方がよかったのだろうか。でも彼女でもない女の子の水着をあんまり褒めすぎても気持ち悪くないか?
「どうしたの歩。最近やけに優しくない? めっちゃ甘やかしてくれるし……」
「素直に褒めたのに、何か文句があるのか?」
「えへへ……ない!」
ないのか。相変わらず、こいつは褒めておけばOKだな。あと、最近は甘やかさないとなぜか料理に影響が出るだろ。
「とにかく早くプール入ろうぜ」
「うん!」
「そうだね!」
テンションの高い三人とともに、俺は流れるプールへと向かった。




