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6話 教室での接触

 最近、私には、三島君に膝枕をしてあげるのと引き換えに、昼休みの居場所が出来た。


 騒がしい教室と違って、静かでとても落ち着ける場所だ。


 彼が眠ってしまうと少し手持ち無沙汰になるけど、教室にいるより気が楽だし、無防備に寝息を立てるあいつのだらしない寝顔を眺めているのも悪くないと思い始めている。


 膝枕をしてあげるのも慣れてきた。最初は恥ずかしさがあったが、彼には気にする素振りもないし、劣情みたいなものも感じられない。私だけ意識しているのが馬鹿らしくなった。


 最近はあいつが私の太腿に頭を乗せてきても、特に拒絶したくなるような感情がない。……慣れって怖い。


 何故校舎内のフリースペースで過ごす為にあいつに膝枕をしなきゃいけないの? とか、何故あいつは私の太腿を枕にすることに対して何とも思ってない感じなの? とか突っ込みたいところが色々あるけれど、あまり細かいことは気にしないことにした。


 あいつには迷惑を掛けているし、私の居場所があるだけで良しとしよう。


「舞岡さん、おはよっす!」


 穏やかな気持ちで教室へ足を踏み入れると、すぐに声を掛けられた。茶髪に金メッシュを散らした、チャラそうな男子だ。


「あ、うん! おはよ。藤…………」

「藤崎だよ! 何で覚えてないんだよ。冷たくね!?」

「ごめんごめん、ちょっとまだうろ覚えで……おはよ、藤崎君」


 私はにっこりと微笑んでみせる。


「あ、うん。まあいいか。ところで舞岡さん、金曜の放課後って暇?」

「……え、何で?」

「良かったらカラオケ行かない? そこにいるメンバーと、あとE組の奴らも何人か来るから、全部で12〜3人くらいになると思うんだけど」

「……」


 笑顔を貼り付けたまま固まる私。


 彼が親指で示した先には、クラスでも目立つ派手目な連中が騒がしく雑談している。


 ……無理。あの騒音の塊みたいな人種が苦手なのよね。しかも知らないE組の人まで来るって? 多分同じような騒がしい人たちだろうし、そんな連中とカラオケだなんて、もはや拷問でしかない。この笑顔を維持したまま過ごすのもきつい。


「そうね。ちょっと予定を確認してみないと……」

「じゃあ夜にでも連絡していい?」

「あ、やっぱり金曜は忙しかったかも」


 個人で電話やメッセージなんか面倒だし、帰ってからも猫を被って愛想良く話すだなんてやってられない。1度連絡すると今後も何かある度に連絡が来そうだし。


「まじ? でもE組の奴に舞岡さんを誘ってくれって頼まれてるんだよなぁ」

「へー……そうなんだ」


 それを聞いたことで、マジで行きたくなくなった。何だか合コンみたいじゃん。面倒臭い人たちに絡まれるに決まってる。


「別の日に調整するか……」

「……」


 日にち変更!? いやいや、気が乗らないの察してよ。


 まずいわ。このままだといずれはカラオケ合コンに連行される。どうにかしてうまく断るかこの場から逃げるかしないと。


 私は笑顔を維持したまま逃走手段を模索する。


 その時、そばの入り口に、救世主三島君が現れた。ナイスタイミング!


「あ、おはよー。三島君」

「うん、おはよ」


 すれ違う女子に爽やかな笑顔を振りまく三島君。


 教室での彼は、驚くほど外面がいい。あの清涼感あふれる微笑みの裏側に、ふてぶてしい本性が隠されているとは、誰も想像できないだろう。


 けれど、今の私にとっては、あの嘘くさい爽やか笑顔が唯一の命綱に見える。


 彼は私を視界の端に捉えながらも、特に気にした様子もなく通り過ぎていく。逃がさないから!


「あっ、ごめん! そう言えば私、今からこの人に勉強を教えて貰う予定だった!」


 私は三島君の懐に飛び込み、彼の左腕を両手で力いっぱい抱え込んだ。


 不意を突かれた三島君は笑顔を崩し、「え?」と困惑の表情で私を見下ろす。


「(お願い、話を合わせて!)」

「……」


 私は彼の腕をさらに強く抱いて引き寄せる。


 彼は眉を寄せ、嫌そうな顔を浮かべた。


「じゃあ藤……崎君またね!」

「あ……うん」


 藤崎君は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で立ち尽くしていた。また彼の名前を忘れそうになった。危ない危ない。


「おい、何かあいつらめっちゃこっち見てるんだけど……」


 三島君が面倒臭そうに言うので、ちらっと振り返る。あ、ほんとだ……でもこのまま逃げるに限る。


 教室の後方を目指し、窓際をゆっくり通り過ぎる。


 私は近くに人が居ないことを確認してから、さらに彼に身を寄せた。


「てか助けてよ。困ってたのに」

「え? 何か笑顔で話してたじゃん」

「猫被ってたの! あいつらのノリは苦手なのよ」


 最後列にある彼の席へ辿り着き、自然と足を止める。


「それはわかるけど、何で俺が助けなきゃいけないの?」

「……私毎日あんたに膝枕してあげてるんだけど?」

「じゃあ俺が寝てるとこに来んな」


 そう言われると辛い。居場所がなくなる。


「寝るの邪魔するわよ?」

「……」


 三島君は苦虫を噛み潰したような顔になった。


「……助けるってどうやって?」


 こいつ、どんだけ寝るのを邪魔されたくないんだ。


「そりゃまあ……『こいつは俺の女だから、遊びに誘うんじゃねえ!』とか?」

「嫌だ。話を盛り過ぎだろ」

「んー、じゃあねー、『こいつは俺としか遊ばないから』とかは?」

「大体同じだろ。そんなもん彼女じゃなきゃ不自然だ」

「んじゃ、『こいつその日は俺と予定があるから』は?」

「別の日に誘われるだけだな」

「じゃあ『こいつは家が厳しいから遊びに行けないんだ』っていうのは?」

「お前んちの事情なんか知らないわ。そういうのは自分で言えよ」

「もう、ほんとわがままね」

「わがままなのはお前だ」


 そんな会話をしている間も、私は彼の腕を抱きかかえたままで。


 そんな私たちの姿に、教室中の生徒たちが息を呑むような驚愕の視線を注いでいることに、このときの私は、全く気付いていなかった。







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