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43話 図々しいぞ

 もはや見慣れた光景となった舞岡家の門をくぐった。


 平日の放課後に訪れるのとは少し違う、休日の午後特有のゆったりとした空気が、どこか新鮮に感じられる。


「ただいまー」


 俺は玄関で靴を脱ぐと、麗奈の背中を追うように廊下を歩き、リビングへ足を踏み入れた。


「あ、歩君、こんにちは!」

「てめえ、また来たのか!?」


 ふむ、親父もいたか。今日は土曜だしな。


 休日を過ごしていたらしい彼は、ソファでゆったりと新聞を広げている。


 相変わらず俺に対しては喧嘩腰だが、どことなく嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「こんにちは。麗奈がご飯を食べてけって」

「飯を食いてえんなら俺と勝負しろ!」

「まあ、別にいいけど」


 ほらね。やっぱりそうくると思った。この人、顔を合わせる度に勝負を吹っかけてくるんだ。


「お前が負けたら麗奈のことは諦めるんだな」

「はいはい」


 これも毎度のことである。


 2度目の勝負のときに、「麗奈のことは認めてくれたんじゃなかったっけ?」と尋ねると、「お前が勝った日だけな」と返ってきた。何だそれ。大人としてこんなに理不尽でいいのだろうか。


 まあ偽の恋人である俺とは違って、おっさんにとっては大事な娘だ。彼氏が居るのが面白くないという父親の気持ちも、何となくわかる。


 けれど、俺は疑っている。この人は単に将棋で勝負がしたいだけなんじゃないか? その為にご飯と娘を口実にしているだけじゃないのか?


 まあそれでこの人が満足するのなら、少し付き合うくらい構わないが。


 おっさんがいつものように将棋盤を出してきたので、俺は向かい側に腰を下ろす。


「仕方ねえな。じゃあお前が勝ったらお義父さんと呼ぶのを許可してやろう」

「いや、それはいいよ」


 そんな特典全然いらない。例え俺が麗奈と本当の恋人だとしても、特にそう呼びたいとも思わないだろう。おっさんで十分だ。


 ちなみに戦績は今のところ3戦3勝。楽勝というわけではないが、とりあえず一度も負けていない。


 毎度俺が勝てば夕飯、負ければ麗奈と恋人解消という条件だ。


 麗奈は最初こそ、ご飯目当てで勝負を受ける俺にぶつぶつ文句を言っていたが、俺が連勝すると3度目の勝負では何も言ってこなかった。


「参りました……」

「わーい。夕飯ゲットー!」

「くっそぉ……」


 甲斐の虎を自称する男は深く頭を垂れ、呻き声を上げた。これで4連勝。今後もまあ大体は勝てるだろう。


 悔しそうに「何故だぁ!」と叫ぶおっさんを放置し、キッチンへ向かう。


 麗奈が家着にエプロンを身に付け、髪を後ろで一纏めにした姿で、まな板に向かっていた。普段とは違う家庭的な落ち着きがあって、物凄く可愛い。


 隣に立って手元を覗き込むと、彼女は包丁でとんとんとリズム良く玉ねぎを切っている。


「何を作ってるんだ?」

「とりあえずあんたにはオムライスでも作ろうと思ってるけど、どう?」

「ありがとうございます」


 オムライスは大好物だ。


「ソースは何がいい?」

「おすすめでいいよ」

「うーん、わかった。じゃあ適当に作ってみるね」


 よし、俺のオムライスとお前のオムライス、どっちが美味いか勝負だ。


 俺はリビングへ戻り、ゲームに興じている姫奈の隣に腰を下ろす。


 スマホの英単語アプリをしながら、麗奈のオムライスを待つことにした。


 しばらくすると、キッチンから「出来たわよ」と声を掛けられた。


 ダイニングテーブルへ移動すると、麗奈が湯気の立つ皿を運んできた。


 置かれた皿の上にあるのは、ふわとろに仕上げられた半熟卵のオムライスだ。キノコがたっぷり入ったデミグラスソースが艶やかに彩っている。


 立ち上る湯気と共に、まずは濃厚なデミグラスの芳醇な香りが鼻を突き、そのすぐ後に、卵に閉じ込められたバターの甘い香りが追いかけてくる。


「頂きまーす」


 手を合わせ、スプーンで掬って口へと運ぶ。


「……っ、美味い!」


 敗北感にも似た感動が押し寄せた。


 舌の上で溶ける卵の甘みを、赤ワインの酸味を隠し味にしたデミグラスソースが鮮やかに引き締める。噛み締めるたびにキノコの旨味がじゅわりと溢れ出し、バターの芳醇な香りが鼻へ抜けていく。


 一匙ごとに突きつけられる圧倒的な実力差に、喉の奥が熱くなった。


 悔しいが、俺のオムライスより断然美味い。こいつには料理では勝てない。何故だぁ!


「良かった」


 隣に腰を下ろした麗奈が、満足げに微笑む。こういうときは普通に可愛いんだよな。髪を後ろで束ねているのも似合ってるし。


 それにしてもマジで美味いなこれ。食べる手が止まらない。


「……なあ、頼みがあるんだけど」

「ん? 何?」

「姉さんにも食べさせてあげたいんだけど、できればもう1つ作ってタッパーとかに詰めてくれないか? 小さいのでいいから」

「うん、いいわよ」


 麗奈は嫌な顔一つせず、快く引き受けてくれた。


「歩こらてめー! 持ち帰りなんて図々しいぞ!」


 しかし、将棋盤の前で魂が抜けたようになっていたはずのおっさんが、突然正気に戻って文句を言ってきた。


 確かに図々しいお願いだ。料理をするのは麗奈だが、食材を買う金はこの人が稼いでいるのだ。勝負に勝ったとは言え、持ち帰りは報酬の範囲外だろう。


「それくらいいいじゃん」


 隣で麗奈が言う。手間も増えるというのにとても気前の良い奴だ。


 俺はおっさんに、丁寧に頭を下げた。


「確かに持ち帰りだなんて図々しかったな。ごめん」

「そうだろ。わかりゃいいんだ」

「そう言えば、姉さんは俺より将棋が強いんだが……」

「どうぞいくらでも持ち帰ってくれ。麗奈、歩の好きなだけ作ってやれ」


 ……あんた将棋が強ければ何でもいいのか。


 隣で麗奈が「何だそれ」と呆れたように溜め息を吐いている。


 毎度勝負で勝っているとは言え、さすがに申し訳ない。今度いくらか食費を包んで渡そう。おっさんが居ない日も、何度もこの食卓にお世話になっているからな。


「お姉さん、オムライスが好きなの?」

「うん。お前のオムライス、美味いから凄く喜ぶと思う」

「そっか。あ、昨日の残りの肉じゃがもあるんだけど食べる?」

「頂きます」


 麗奈は上機嫌で冷蔵庫へ向かった。


 オムライスを食べ終えてすぐ、麗奈が温め直した肉じゃがを運んできた。


 早速食べ始めたが、これも絶品だ。


「まさか隠し味に鹿児島の焼酎でも使ってるんじゃ……」

「全く使ってないわよ」


 麗奈は料理自体が好きなのか、いつも気前良く作ってくれる。しかもめちゃくちゃ美味い。


 こんな女の子は中々居ないんじゃないだろうか。姉さんなんか料理どころか家事を全くしないしな。


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