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4話 麗奈視点

 私は学校ではなるべく波風を立てないように過ごしている。誰に対しても感じ良く、愛想良く接しているつもりだ。


 朝は「おはよー」と笑顔を添えて挨拶を交わすし、帰り際には「またねー」と軽く手を振る。休み時間の雑談も、当たり障りなく話を合わせる。


 他人には共感できないことも多いけど、本音を話したところで理解を示してくれるとは限らない。だったら、空気を壊さず、表面だけでも穏やかにしておいた方がいい。


 私はそうやって、自分なりに人間関係を円滑に保とうとしていた。


 けれど、一部の女子たちはモテる私のことが気にくわないらしく、ときどき嫌味を投げつけられたり、通りすがりに睨まれたり、根も葉もない噂話が広まっていたりする。


 もちろん普通に接してくれる子もいるけど。


 中学の頃から似たようなことはあったから少しは慣れているけど、やっぱり良い気はしない。


 彼女たちの好きな男が私のことを好きになったからって、私が責められる筋合いはない。だって勝手に言い寄ってくるんだからしょうがないじゃん。


 かと言って絡んできた男子たちに冷たくすると、それはそれで「感じ悪い」とか「調子に乗ってる」などと言われかねないので、一応彼らにも笑顔を向けて愛想良く対応する。


 しかしそのせいか、男子からの呼び出しは絶える気配がない。人気のない場所に呼び出されるのももはや日常だ。


 ほとんどが大して話したこともない男子だし、興味もないので、即決で「ごめんなさい」と、交際を断っている。


 で、結局女子に嫉妬される。


 あんたらの好きな男とは色恋沙汰にならないから、マジで勝手に嫉妬すんのやめてくんない? 大体男の方から言い寄ってくるんだから、あいつらに文句を言えばいいじゃん。そっちには言えないからって私に当たってくんなっつの。


 本当ならそんな女子連中と関わりたくはないけれど、あからさまに彼女たちを拒絶しても、それはそれで私のことを嫌ってもいい口実を作ってしまう。さらに言えば、普通に接してくれる女子たちにまで距離を置かれそうだ。


 嫌われ過ぎると面倒だし、本格的に虐められたり、ハブられたりするのは嫌だ。


 そんな学校生活を送っていた為、昼休みは特に窮屈で、落ち着かなかった。呼び出しに来る男がいると、その度に体育館裏とか行かなきゃいけないから、それも面倒臭いし。


 だから、この場所が居心地良くなった。


 特別教室棟の端にある階段の最上階。屋上へは出られないので、何もないただの踊り場だ。


 ここにはいつも彼がいる。三島歩君。細身で大人しそうな雰囲気の男子生徒だ。彼とは最近クラスメイトになったばかりで、教室では1度も話したことがない。


 彼は誰も来ないこの場所に毎日入り浸り、昼寝をしているらしい。変わり者過ぎるでしょ。


 だけど、騒がしくて落ち着かない教室とは違って、ここは静かで、時間の流れが穏やかだった。


 私は毎日この場所へ足を運んで、彼の隣に腰を下ろし、世間話をしたり、愚痴を吐き出すようになった。


 彼は気の利いた慰めの言葉をくれるわけでもないし、相槌も適当だったりするけれど、私の話はちゃんと聞いてくれた。よく考えると、彼は真っ当なアドバイスもくれていたような気がするし。


 私は自然体で気楽に過ごせるこの場所を好きになっていた。もう私の居場所だと思っている。


 現在、三島君は私の膝の上で眠っている。


 彼は、教室では人畜無害な爽やか少年に見えるのに、ここでは無愛想で、態度もふてぶてしい。


 私も猫を被ってるけど、こいつに比べたら可愛いものね。


「本格的に虐められたときは助けてやる」って言ってくれたときは、何だか安心したし、嬉しかったけど。


 だってそうすることが当たり前みたいに、それを出来ることが当然みたいに言ってた。


 まあもし本当に虐められたら、私もとりあえず殴り返すけどね。掃除用具入れのホウキとかで殴るし。最悪モップとかで殴る。


 でも相手が多くて負けそうなら彼に頼ろう。


 ともかく、彼はぶっきらぼうだけど、優しいところもあるみたい。それに何となくだけど、彼も私のことを嫌ってはいないと思う。冷たいときもあるけど、本当に眠いからだったんじゃないかと、今となっては思う。


「マジで寝てるし……」


 三島君は私の太腿に頭を預けて、数分も経たないうちに静かな寝息を立て始めた。スカート越しに彼の頭の重みと体温が伝わってくる。すーすーという間の抜けた音が、妙に脱力感を誘う。


 今までも、私が教室へ戻った後、本当に眠ってたのか……


 でも、今日は何となく戻りたくなかったのよね。だってここに居た方が楽だし、好き勝手話せるし、それなりに楽しいもん。


 彼の寝顔に視線を落とす。


 私、男の子に膝枕をするのなんて初めてなんだけど……


 彼が良い感じに煽ててくるから、何だか気分が良くなって、つい流されて膝枕を了承してしまった。


 ついでに無駄な台詞まで言わされた。ほんと巧みだったわ。この私を操るなんて。


 改めて流れを思い返してみると、何だか騙された感じがするのよね……よく考えると、そばで静かにしていれば良かったんじゃないかと思う。


 それに私の膝枕なんて、結構喜ぶ男子が多いと思うんだけど、何でこいつは何とも思ってない感じなわけ? 何で私の太腿に頭を乗せるのに全然躊躇いとかないの? しかもすぐに熟睡したし。


 彼は今も私の太腿を枕にして、ぐうすかと呑気に眠っている。


 うーん。ムカつくけど……まあいいか。


 ふと、彼の緩んだ口元から、透明の液体が溢れていることに気づいた。


 ……何このだらしない顔。ヨダレ垂れてるじゃん。


 こいつ、教室では爽やかな笑顔を振りまいてるくせに、寝るときはヨダレ垂らすの? 信じらんない。マジウケる。


「そうだ。写真撮っちゃおー」


 せっかくだから撮っとかなきゃね。面白いから。後で夕亜に送ろう。


 夕亜は別のクラスの、唯一仲が良いと言える友達だ。だけど、彼女は友達が多く、毎日は一緒には居られない。


 私はブレザーのポケットからスマホを取り出し、彼の顔へ向け、シャッターボタンを押した。


 カシャッ、という軽快な音が静かな空間に響いた。


「ん……」


 音に反応したのか、彼がもぞりと身を捩り、口元がスカートへ近づく。


「うわっ、ちょっと!? ヨダレ付けないでよ!」


 思わず声を上げる。ヨダレなんてつけられたら、さすがに笑えない。


 しかし、その声が静寂を乱したことに気付き、私は息を呑んだ。


 ……しまった。起きちゃうかも。


 私の膝枕にお構いなしに頭を乗せてぐうすかと眠るのは腹立たしいけれど、こんな床で熟睡するほど眠いのなら、寝かせてあげたいとは思うのだ。


 まあ私が居座って寝るのを邪魔したのは悪いと思うんだけどね……マジでこんなに熟睡してるだなんて思わなかったし……


「ん……」


 三島君は寝惚けつつ、もぞもぞとまた寝返りを打った。


 そして、彼の顔が退けた場所には、薄らと濡れた跡があった。嘘でしょ……


「んぅ……」


 三島君は寝惚けた様子で、シャツの袖で口元を拭い、それから私のスカートをゴシゴシと擦る。


「……っ」


 え、ちょっと、太腿触ってるんだけど……!


「……」


 彼は何事もなかったかのように動かなくなった。またすーすーと寝息が聞こえ始める。


 いや、ちょっと待って。もしかしてスカートにヨダレがついたのをそれで済ませる気? ありえないでしょ。


 まあ洗濯してくるからスカートを脱げとか言われても困るんだけど……


 うーん。帰ってから洗えばいいか……替えのスカートもあるし。


 何でこいつはこんなに私の扱いが雑なんだろう。酷くない? みんなにはもっと優しいくせに。私にももっと優しくしてくれてもよくない?


 昼休みが終わりに近付くと、三島君は目を覚まし、眠そうに目を擦りながら、緩慢な動きで体を起こした。


「あんたほんとにこんなところで眠ってるのね……」

「……ん」


 三島君は「ふあ」と欠伸をかみ殺し、手で口を覆う。ぼんやりとしたその眼差しは、まだ現実に戻りきっていない。


「私、邪魔……?」


 ふと、申し訳なさが込み上げてきて尋ねた。


「……んー……そんなことないよ」


 あ、やっぱり優しいかも。さっきは邪魔そうにしていたのに、今は私のことを受け入れてくれた。


「黙って膝枕をしててくれるならな」

「……膝枕はしないといけないのね」


 膝枕するの、結構恥ずかしいんだけど……何でこいつは平然としてるわけ?


 でも教室にいるのも怠いし行く場所がないのよね。1人で校内をうろつくのも嫌だし。


「……また明日も来るわ」


 結局そう答えた。膝枕は恥ずかしいけど、出来ないことはない。多分今後も頑張れば大丈夫。 ……でも、こいつ、ヨダレを付けるしなぁ。それはやめてほしい。


「……いや、普通来ないだろ。膝枕も俺が眠りやすくなるだけじゃないか」


 三島君はまだ眠そうな目をこちらへ向けながら、呆れたように言う。


「ふーん。眠りやすいんだ?」

「ん、まぁ、多少はな……」


 へー、そっかそっか。眠りやすいのか。ようやく私の太腿の価値がわかってきたみたいね。何だか思ってたのと違う価値基準だけど。


「仕方ないわね。またやってあげるわ」

「え……何でだよ。無理に来なくてもいいんだけど……」


 む……何か面倒臭そうな顔してる。マジで来なくてもよさそうだし。そりゃそうだろうけど、何か悔しい。


「仕方ないわね。またやってあげるわ!」

「……」


 強めにリピートすると、彼は心底面倒臭そうな顔をした。え、駄目なの? 私の膝枕……


「……とにかく教室に戻ろう。授業が始まる」

「え? う、うん。ちょっと待って」


 彼は立ち上がり、眠そうに欠伸をしながら階段を下り始めた。


 その背中を、私は慌てて追いかける。


 こんなに眠そうなのにちゃんと授業は出るんだ。意外と真面目だなぁ。



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