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38話 デートに行こう

「ねえ、デートに行かない?」


 昼休みの喧騒から少し離れた、いつもの薄暗い踊り場。


 階段を軽やかな足取りで上がってきた麗奈は、隣に腰を下ろしながら、開口一番にそんなことを言い出した。


「急に何だよ」

「クラスの女子とデートの話とかするのよ」

「ふーん」

「ごまかすのも大変だし、1度くらい行っといた方がいいと思って」


 確かに、女子同士が恋愛話で盛り上がっていれば、そういう話題になることもありそうだ。


 デートに行ったことがなければエピソードにリアルさが欠けるので、嘘でやり過ごすのも難しいだろう。


「デートか……」


 以前なら迷うことなく断っていただろうけど、今ではあまり麗奈のことを無下には出来ない。連日のように彼女の家で過ごし、夕飯までご馳走になっているのだ。


 俺が躊躇っているように見えたのか、麗奈が不安そうな視線を向けてきた。


「……私とデートするの、嫌なの?」

「いや、全然いいよ」

「えっ、いいの?」

「うん」


 面倒だという気持ちはあるが、たまには日頃の夕飯の借りを返しておきたいし、彼女の要望には出来るだけ応えてやろうと思う。そこまで大層な頼みでもないしな。


「じゃあ明日学校休みだから、明日でいい?」

「いいよ」


 明日は土曜日だ。どうせ何も予定がない。


「じゃあ里見駅前で待ち合わせね」

「わかったよ」

「ちゃんと来てよ? すっぽかしたら『約束ブッチされたー』とか言って教室で泣くからね」

「何それ最悪」


 そんなことをされたら冷たい視線を浴びるどころじゃ済まない。女子たちに吊るし上げられるだろう。


 何でこいつはすぐに泣くんだ。しかも俺が泣かれると困るのをちゃんとわかってるところがタチが悪い。



※※※



 翌日の土曜日。午後1時の少し前。


 俺は約束の10分程前に、待ち合わせ場所である里見駅前のロータリーに到着していた。


 見上げる空は抜けるように青く、降り注ぐ光に初夏の訪れを実感する。


 家を出るまでは少し億劫だったが、外へ出てしまえば、たまには休日に遊ぶのも良いかという気持ちになる。麗奈となら余計な気も遣わずに済むから楽だし。


 行き交う人々の波をぼんやりと眺めながら壁に寄りかかっていると、ふと、視界の端にひときわ目を引く女の子の姿を見つけた。


 麗奈は人ごみの中からこちらを見つけるなり、パッと顔を輝かせ、小走りで駆けてくる。走らなくてもいいのに。


 彼女は俺の数メートル手前まで来ると、ふっと勢いを緩め、とてとてと少し照れくさそうな足取りで近づいてきた。


「もしかして待った?」

「……そんなことないよ」

「何か眠そうね」

「丁度昼過ぎだからな」


 口を手で覆い、ふあと小さな欠伸を噛み殺す。


 平日なら弁当を食べ終えて昼寝をしている時間だ。昨日の夜も遅くまで勉強していたので、眠くなるのは仕方がないだろう。


「ねーねー、ちょっとオシャレしてきたんだけど、どう?」


 彼女は淡いラベンダー色のブラウスに白いカーディガンを羽織っており、ふわりとした白いフリルのミニスカートからは、健康的な白い素足が伸びている。


 華奢な肩からは小ぶりなレザーのポーチが下がり、首元では可愛らしいシルバーのネックレスが陽の光を反射してきらりと光っている。


「可愛くない? 結構頑張った方だと思うんだけど」


 麗奈はスカートの裾を両手でちょこんとつまみ、ひらひらと小悪魔的に揺らしてみせる。その動きに合わせて白い太ももがチラチラと見え隠れし、目のやり場に困ってしまう。


 こいつって意外と無防備だよな……色々と見えそうなときあるし。てか見えてるときあったし。


 着飾ってきた彼女は魅力的だった。制服や家着の彼女とは違った印象で、彼女の姿を見つけた瞬間から可愛いと思っていた。


 ドクン、と胸の奥で心臓が跳ねるのを自覚してしまい、それを悟られまいとするあまり、言葉が喉の奥でつっかえる。


「……可愛いと思うよ」


 俺は観念して、短く本音をこぼした。


「ほんと?」

「うん」

「好きになった?」


 何だその質問。どういう意図で聞いてきたのかマジで謎なんだが。


「……ちょっとだけ好きになったかな」

「へー、ちょっと好きになったんだ。やったー」


 麗奈はにこにこと無邪気な、満面の笑みを浮かべている。だからそれ何のキャラだよ。


「……何がそんなに嬉しいんだ?」

「だって、普段はあんまり可愛いとか言ってくれないじゃん」

「何で俺が普段からそんなことを言わなきゃいけないんだ」

「減るもんじゃないんだから毎日言ってくれればいいでしょ? 私も気持ちいいし!」


 呆れてため息をつく。こいつは無駄に素直過ぎて残念なんだよな……


「……最近は、割と毎日可愛いと思ってるよ」

「えっ、ほんと?」

「うん」

「っ…………ふーん……そっか。毎日思ってるんだ。えへへ……」


 麗奈は分かりやすく頬を朱に染め、照れ隠しのように俯きながらも、その口元は緩んでいる。


 まあ今日はデートだし、多少甘い言葉を投げてやっても罰は当たらないだろう。


「それで、今からどうすんの?」

「あんたが決めていいわよ。デートは男にリードして欲しいってクラスの女子が言ってたし、同意してる子も居たから間違いないわ」


 それは俺も聞いたことはあるが、本当だろうか。女子が行きたい場所へ行くことも普通にあると思うんだが。


 とは言え、行き先を俺が自由に決めていいというのなら、俺が決めたい。あちこち歩き回って服や小物を物色するような、ショッピング的なデートは御免だからな。


 中学の頃、女子の買い物に付き合わされたことがあるが、いちいち長くて疲れたので、二度と行きたくないと思った記憶がある。


「本当に俺が決めていいのか?」

「え……うん」

「いいんだな? どこでも!」

「いや、どこでもって……いかがわしいところは駄目よ……? いくら今日の私が可愛いからって……」


 麗奈は頬を赤く染めながら、不安そうに上目遣いでこちらを窺う。


「ふむ」


 顎に手を当てて思考を巡らせる。


 要するに、クラスの女子にデートの話をしたいわけだから、それらしいところへ行けばいいんだよな。でないと今日出てきた意味がない。


「じゃあ、映画でも観に──」

「駄目! ラブホなんか駄目だから!」

「えっ」

「えっ」


 俺の間の抜けた声に一歩遅れて、麗奈もきょとんとしながら顔を上げる。


 周囲を歩いていた通行人たちが一斉にギョッとしてこちらを振り返った。お前、学校だけでなく街中でも注目を集めるつもりか。


「今何て言った?」

「な、なんでもないわ……!」


 顔を真っ赤にしながら誤魔化そうとする麗奈。やっぱり聞き間違いじゃないな。こいつは何を勘違いしてるんだ。


「お前、俺がそんなところを提案すると思ったのか?」

「っ……あんたのことだから、また馬鹿なことを言い出すんじゃないかと思ったのよ!」

「お前に言われたくねえわ。大体、そんな風に思ってるくせによく俺に行き先を決めさせようと思ったな」


 毎度突拍子もない馬鹿な発言をするのは、どう考えてもお前じゃないか。そのせいで俺が今までどれだけ苦労したと思ってるんだ。


「……何で映画?」


 麗奈がまだ熱の引かない頬を膨らませ、拗ねたように尋ねてきた。


「だってデートっぽいだろ。それに映画自体がそれなりに楽しめるし」

「まあ、デートっぽくはあるわね」

「どうする? 嫌なら別のところを考えるけど」

「ううん、行こ。あんたにしてはまともな場所だし、映画観に行くのなんて久しぶりだもん」

「あ、俺も。あんまり行く機会がないからな。あと俺はまともだ」


 家で姉さんが録画した映画を観ることはあるが、わざわざ映画館へ足を運ぶ機会は滅多にない。毎度映画館へ行くと金が掛かり過ぎるからな。


「じゃあ向こうのショッピングモールにある映画館でいいでしょ?」

「いいんじゃないか」


 目的地が決まり、俺たちは自然と肩を並べて歩き出した。


 隣を歩く麗奈はすっかり機嫌を直したようで、小さく弾むような足取りで鼻歌まで口ずさんでいる。


 その無防備な横顔と、歩くたびに揺れる白い手を見て。


 俺は不意に、その細い手を掴んでいた。


「っ!?!?」


 ビクッ、と麗奈の小さな肩が跳ね、歩みがピタリと止まる。信じられないものを見るような目で、繋がれた手に視線を落としている。


 彼女の顔が、みるみるうちに耳の先まで赤く染まっていく。そして、ゆっくりと顔を上げ、上目遣いを俺に向けた。


「な、何……? これ……」


 あれっ、俺は何故こんなことを……


「あ、いや……デートだから……駄目だったか?」

「……駄目じゃない」


 麗奈は潤んだ瞳で呟いた。


 そうだ、きっとこの前、おっさんに挑発されたせいだろう。そう無理やり自分を納得させる。


 隣では、彼女が再び繋いだ手に視線を落とし、にぎにぎと感触を確かめるように握り返している。柔らかくて冷たい、女の子の手の感触が伝わってくる。


 麗奈がまた、窺うように、ちらっと俺を上目遣いで見上げる。


「何だよ?」

「いや……あんたがこういうことしてくるの、珍しくて……」

「まあ、そうだな……」

「……なるほど。そんなに今日の私が可愛かったのか」


 麗奈は納得いったというように微笑んで見せた。


 その顔を見ていると、気の利いた反論すら浮かんでこなかった。


「うん……まあ、とりあえず行くか」

「うん」


 手を繋いだまま、歩き始める。


 何だかいつもと違って雰囲気がぎこちない。


 しばらく歩くと、駅前にそびえ立つ大型のショッピングモールに着いた。


 8階まである大きな建物で、エレベーターの横の案内図を確認すると、7階に映画館が入っているらしい。


 エレベーターに乗り、7階で降りると、ポップコーンの匂いが漂う広々としたロビーが広がっていた。


 チケット売り場へと歩き、大型モニターで流れる予告編や、ズラリと並んだポスターを見やる。


「何か見たいのあるか?」

「私は何でもいいわ」

「じゃあこれは?」

「全然いいわよ」


 俺が選んだのは、アクションとSF要素が入り混じった海外映画だった。


 特に前情報や内容は知らないが、ポスターの派手な雰囲気に一番興味を惹かれた。


 こういうときに意見が合わずに揉めることもありそうだが、麗奈は嫌な顔一つせず、迷うことなく頷いてくれた。


 思い返せば、彼女は何かと気前の良い奴だ。膝枕を頼めば何だかんだ言いながらも結局は許してくれているし、家へ行くと当たり前のようにご飯を出してくれる。


 彼女の、こだわりがなくて、基本どうでもいいやーとか思ってそうなところも、俺は割と好きだ。

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