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17話 何とかしなければ

 次の休み時間になっても、舞岡は涙を浮かべ、怯えたような表情で自分の席に座っていた。


 教室内は舞岡の言動のせいで未だに騒ついている。女子たちは心配そうに彼女に「大丈夫?」などと声を掛けているし、色んな生徒が俺に刺すような視線を向けている。


 ……早く何とかしなければ。


 舞岡を心配している女子たちの姿とかメンタルに刺さる。つーか何か腹立つ。


 だけど舞岡に近付くと騒ぐ上に泣くので近付けない。本当に何であいつはこう厄介なんだ。


 あ、そうだ。


 あいつの連絡先を知ってるんだ。メッセージで誤解を解けばいい。そうしよう。今すぐだ。


 俺はスマホをポケットから取り出し、彼女へ向けてぽちぽちと文字を打つ。あくまで冗談っぽく。明るい感じでいこう。


 歩:昨日はいっぱい怒ってごめんね! 電話で言ったことは冗談だおw 本気にしないでね♡


 よし。こんなもんでいいだろう。


 メッセージを送信し、舞岡の方を見る。


 彼女はすぐに気付いたらしく、スマホをポケットから取り出し、画面に目を落とす。


「なっ……? え?」


 舞岡は目を見開いて固まった。そしてスマホに顔を近付け、もう1度メッセージを読み直している。そんな大層な文章じゃないだろ。


「はあああぁぁぁ!?」


 舞岡は椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がり、信じられないものを見るような目で俺を凝視した。顔を真っ赤に染め、わなわなと体を震わせている。


 俺は頬杖を突いて窓の外に目を向けた。今は他人のフリをしておこう。このまま知らん顔をして、彼女が落ち着くのを待とう。今あいつの怒りを鎮めるのは恐らく無理だ。


 窓の外はとてもいい天気だ。絶好のピクニック日和じゃないか? なんて平和なんだろう。


 ──ガツン。


 突然、後頭部に鈍い衝撃が走った。


「──っ!? ……いってぇ! 誰だよ!? ……おわっ!」


 頭を抑えながら振り向くと、舞岡が鬼のような形相で拳を握り締めていた。グーで俺の後頭部を殴ったらしい。嘘だろ……普通に痛かったんだが。


 舞岡は俺の胸ぐらを掴み、底冷えするような声音を発した。


「あんた死にたいの?」


 あ、ヤバい。これマジだ。目が笑ってないもん。


 神様、死んだら異世界転生でお願いします。出来れば全属性魔法が使えて最強でお願いします!


 舞岡は真っ赤になった顔をこれ以上ないほど顰め、ぷるぷると肩を震わせる。


「……私が昨日からどれだけ、絶望と覚悟を繰り返したと思ってんのよ……っ!」


 彼女の瞳に涙が溜まっていく。


「一体どんな恥ずかしい目に遭わされるのかって本気で悩んで……っ! 今日なんて泣きながら可愛い下着を選んだんだからね!」


 ……可愛い下着ってどんなやつだろう。


「わ、悪かったよ……でも冗談で良かったじゃん。本気だったらそれはそれで困るだろ?」

「とりあえずもう一発殴らせて。そしてあの世で反省してきて」


 もう一発殴るだけであの世って行けるんですか? あとあの世で反省してもこの世に戻って来れないんですが。


 舞岡はまたもや拳を握り締める。


「ちょっ、待て待て! 俺たちは付き合ったばかりの超ラブラブな恋人だろ? 昨日お前が告白して俺は受け入れて、みんなから祝福されて恋人になったんだ。OK?」

「はっ」


 舞岡は恐る恐る振り返る。


 彼女の表情には焦りが見える。良かった。正気を取り戻してくれたみたいだ。


 彼女の背後へ目を向けると、案の定、教室内の視線のほとんどが俺たちに向けられていた。


「ねえ、麗奈めっちゃ怒ってるじゃん……」

「舞岡さんがあんなに怒るなんて……一体どんな酷いことをされたんだ?」

「三島君に限ってそんなことないと思ってた……」

「もしかして可愛い下着をわざわざ付けさせて……?」

「スマホを見て怒ってるってことは、ヤバい写真でも撮られたんじゃ……」


 ……泣きそうだ。


 俺の高校生活は昨日の今日で最底辺まで落下してしまった。


「えっと……」


 舞岡は冷静になったらしく、俺の胸ぐらから手を離す。良かった。まだ生きていられる。社会的にはほぼ死んだけど。


 舞岡が「どうしよう」と窺うような視線を向けてくる。


 ほぼお前の言動のせいなんだけど。みんながどんな想像をしてるか、もはや考えたくもない。


 京介なんか涙目になってるし。どうせ超薄っぺらい涙だしどうでもいいけど。


「(仕方がない、何とか誤魔化そう)」

「(やるしかないわね)」


 俺と舞岡は視線を交差させて言葉を交わす。何とかして健全で微笑ましい恋人を演出し、この場を乗り切るんだ。


「い、いやー、舞岡さんってば勘違いしちゃって。おっちょこちょいだなぁ」


 俺は立ち上がると、爽やかな笑顔を作り、舞岡の肩をぽんぽんと叩く。


「えへへ……ごめん」


 舞岡も、後頭部を掻きながら笑顔を作った。


 教室の空気が僅かに弛緩した。よし、この調子だ。


「だって、ダーリンったら冗談が上手いんだもん」


 舞岡はまるで愛情を示すかのように、俺の右腕を抱え込む。よし、こういうときは息が合う。お前を信じていたよ。でもダーリンって……


「いやいや、俺の方こそ言葉足らずで勘違いさせてごめんね。悪気はなかったんだ」

「うぇ?」


 空いた方の手で、彼女の頭を撫でる。


 舞岡はぴきっと身体を強張らせた。みるみるうちに、彼女の頬が赤く染まっていく。しまった。こいつまだ警戒してるのか。


 舞岡はばっと俺から離れ、頭を抑える。


「なっ、何するの!? みんなの前で! そういうのは2人きりのときじゃないと!」


 警戒したわけではないのか。


 でもお前が俺の腕に抱きつくのはどうなの? 基準がわからない。


「なあんだ。仲良しじゃん」

「舞岡さんが頭撫でられて照れてる……可愛い……」

「2人のときはあんなことしてるのか!」

「ちくしょう! イチャつきやがって!」


 女子からは好意的な声が、男子からは嫉妬の声が聞こえてくる。


 この際、男子からのヘイトは諦めよう。


「そ、そうだったね……ごめんごめん。今度から2人のときだけにするよ」

「もう、あなたったら! 気を付けないと、だ、め、だ、ゾ!」

「……」


 舞岡は上目遣いで俺の胸をつんつんと突く。何だそりゃ。何のキャラだよ。お前キャラ作りめちゃくちゃだよ。


「「「…………」」」


 もう1度周りを見ると、クラスメイトたちが絶句していた。


 先程のように18禁な情事を疑っているわけではなく、俺と舞岡のやり取りを見て唖然となっているのだ。


 あとは舞岡のキャラが崩壊しているせいだろう。意味不明だからな。


 まあいい。今はわざわざ可愛い下着を付けさせて写真まで撮った疑惑を何とかできればいいんだ。


 教室内の空気はさっきまでよりは大分ましだ。俺超ピンチだったから。マジで。こいつのせいで。


「さっきはびっくりしたけど、これからは仲良くしましょうね、ダーリン!」

「うん、そうだね」


 舞岡が俺の手を取りながら笑顔を向ける。俺も精一杯の笑顔を返した。だからダーリンって何だよ……お前日本人だろ。


「とにかく舞岡さん、そろそろ席に戻らないと授業が始まるよ」

「そうね。じゃあまた後でね!」

「うん、またね」


 舞岡は花が咲くような笑顔を作り、小さく手を振って離れていく。俺も笑顔で手を振り返す。


 彼女はまた女子生徒たちに囲まれ、「ちょっと勘違いしちゃって」とか「もちろんまだ何もないよー」と誤魔化していた。


「なあんだ」「妊娠とか言ってるからびっくりしたよー」という女子たちの反応も聞こえる。どうやら誤解が解けたらしい。良かった。本当に良かった。


 その後、普段話し掛けてくれないし休み時間にはほとんど居ない隣の席の北原さん(ギャル)が、「何か大変だったね」と、俺を気遣うような言葉を掛けてくれた。彼女に対する好感度が少し上がった。


 次の休み時間も舞岡は女子たちと仲良くお喋りをしていたので、どうやら問題はなさそうだ。よしよし、とりあえず一安心だ。


 しかし、男子たちがさらなる殺気の籠もった視線を俺に向けていることに気付いた。問題だらけでした。

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