18話 覚悟
両手を枕にして寝転がっていると、すぐに眠気が襲ってきた。腹が満たされたこともあるが、少し疲れていたのだろう。
それにしても、教室と違ってここは静かで落ち着く。できれば放課後までここにいたい。
……舞岡の奴、来ないな。いつもならとっくに現れている時間なんだが。
冗談で片付いたとはいえ、あんなに怯えていたんだ。来なくても無理はない。
それに、休み時間には女子と楽しそうにお喋りしていたし、俺と恋人になったことで男子たちからの呼び出しもなくなるだろう。
もうここに来る理由がなくなったのかもしれない。
別に、気にしてるわけじゃないけど。元通りになっただけだし。
……眠くなってきた。寝よ。
「……もう寝ちゃった?」
遠のきかけていた意識が、ぼんやりと引き戻される。
薄く目を開けると、舞岡が階段からひょっこり顔を覗かせていた。
「……あれ?」
「何よ?」
「……いや、来るとは思わなくて。お前クラスの女子と仲良くなってただろ」
「そんなすぐに仲良くなるわけないでしょ? いつもよりは話したけど」
「そこは頑張って慣れていきなよ」
心のどこかでほっとしていた。こいつが来なくなったって、困ることなんか何一つないのに。
「何? 私が来ちゃ迷惑だって言うの? 膝枕してあげてるんだからいいじゃない」
そう言いながら、俺のそばへと歩み寄ってくる。こいつ、そんなに教室にいるのが嫌なのか。
「……つーかもう眠いんだけど」
「わかったわよ。はい」
舞岡はスカートの裾を整えながら、床に女の子座りをして、太ももをぽんと叩いた。世間話の相手はできないと言ったつもりなのだが、膝枕はしてくれるらしい。
俺は促されるまま、彼女の太ももに頭を預ける。心地よい柔らかさと温もりが伝わってくる。
「……そういえばお前、朝から俺が近づくとビビってたじゃん。もう大丈夫なのか?」
「うん、まあ……何か大丈夫っぽいなと思って」
「あ、そう」
できれば最初からそう判断して欲しかったんだが。危うく社会的に殺されそうになったぞ。
「……今日はあんたのせいでとんでもない目に遭ったわ」
見上げると、舞岡は頬を赤らめ、眉を寄せている。
「元はと言えばお前が嘘告白なんかしたせいだろ」
「は? あんたがとんでもない脅し方をするからでしょ?」
「あ? 別に冗談にしなくてもいいんだけど?」
「ぐす……」
舞岡の目尻に、じわりと涙が浮かぶ。
「あ、いや……ごめん。冗談だから」
「う、うん……」
思わず謝ると、舞岡はあっさり泣き止んだ。さすがに泣かれるとちょっとね……罪悪感もあるし。てかさっきのトラウマがかなりあるから!
「……あと、昨日もごめん。怒りすぎた」
俺だって少しは反省している。あの電話のせいでこいつが取り乱して、ヤバい事態になったわけだし。
「ほんとよ……。マジで色んなことを覚悟したんだからね」
「色んなことって?」
「最終的には子供三人、庭付き一戸建てまで覚悟したわ」
「いやこっちがビビるわ」
こいつは俺の一言でどこまで未来設計したんだ。思考が極端すぎる。
「まあでも……そこまで想像したら、ちょっと幸せそうだったかな」
「……ふーん」
わからなくもない。きっと理想の家庭みたいなものを思い描いたのだろう。俺だって、そんな想像をすればなんか悪くない気がしてくる。
「ちなみに子供の名前がね――」
「名前考えたの!? 嘘だろ!?」
怖いわ! 恋人にもなっていないどころか、お互い好意もない状態で子供の名前を考える奴なんているのか!?
「嘘じゃないわよ。聞きたい?」
「聞きたくない。……もう寝るから静かにしてて」
「……はーい」
俺は横を向き、目を閉じる。
うーん……どんな名前にしたんだろう。いや、やっぱり聞かない。なんか聞いたら現実になりそうだ。




