10話 嘘告白 後半
勝利の余韻に浸りながら窓際へ視線を向けると、唖然とした表情でこちらを見ている三島君がいた。
彼はおそらくこれが「嘘告白」だとわかっているので、照れたり戸惑う素振りは一切なく、『あいつ何とんでもないことやってくれてんの?』という顔だ。そりゃそうよね。つい勢いに任せて、膝枕をしていたことまで口にしちゃったんだもの。
「好きになったきっかけは!? 何だったの!?」
別の女子が瞳をきらきらと輝かせて尋ねてきた。恋愛沙汰に興味深々な女子らしい。
好きになったきっかけか。普通そういうのがあるものなのか……どうしよう。何か適当に答えないと。私は高速で脳内の「恋愛フォルダ」を検索する。
「えっと……ある日、超良い感じに壁ドンされて……? 好きになっちゃった、みたいな?」
んなアホな! 何言ってんだ私。だって夕亜が持ってる少女漫画にはそんなシーンがあった気がするもん。
──ゴンっ。
本日二度目の鈍い衝撃音が聞こえた。
見ると、また三島君が額を机にぶつけていた。うわ、痛そう。……あいつ大丈夫か?
彼は額を押さえながらゆっくりと顔を上げ、『お前マジでふざけんなよ?』と言わんばかりに、私を睨んできた。ごめん、今のは私も答えを間違えたような気がする。
教室内がさらに盛り上がってきた。重なり合う黄色い声に紛れて、あちこちから私の発言についての反応が聞こえる。
「散々男をフっといて嘘だろ……?」
「舞岡さんチョロ過ぎる……!」
「私はわかるなぁ」
「マジかよ。くそっ、俺も壁ドンしとけば……!」
しまった。理由がチョロ過ぎたかもしれない。何でもっとマシなのを思いつかなかったんだろう。例えばナンパから助けてくれてとか、ベタだけどもうちょっとマシなやつ。
「三島君! 返事は?」
気付けば、数人の女子が窓際の席に居る三島君に詰め寄っていた。え? 返事って何?
「舞岡さんがこんな盛大に告白してるっていうのに返事はないの!?」
「そうだよ。ちゃんと答えなきゃ!」
「え……? マジで?」
三島君の顔には、私と同じような、返事に対する疑問と戸惑いが現れている。
そうか。本人がいるところで好きとか言っちゃったから、告白して交際を申し込んだような雰囲気になってるんだ。
まあいいか、あいつだし。どうせ嘘告白だってわかってるだろうし? 返事なんかどうでもいいわ。
あいつで良かったー。これが他の男子だったら本気にされてマジで付き合わなきゃいけなかったかもしれない。あぶなー。まあそもそも他の男子の寝顔なんて撮る機会は無いんだけど。
「告白されたんだから返事をするのは当たり前でしょ?」
「もしかして三島君、適当に誤魔化そうとしてるわけじゃないよね?」
「それともまさか断るの?」
「舞岡さんがあんなに頑張って告白してるんだから、無下にはしないでしょ?」
「そ、そうだね……」
いつの間にか彼を囲む女子が増えている。何だかあいつが責められているような……大丈夫?
普通に考えれば、こんな噓告白など「ごめんなさい」して断ればいいだけだ。しかし彼は私以上の猫被り野郎なので、この状況で女の子の健気な想いを無慈悲に切り捨てることができないのだろう。クラスメイトたちへの印象に配慮しながら私の告白に答えなければならないのだ。
「えーっと……」
三島君は困ったように私に視線を移す。周囲の目からは、突然の告白によって戸惑っているように見えるだろう。だけど私にはわかる。あの瞳の奥からは怒りの感情が漏れ出している。
彼は口元を上げ、何とか笑顔を作った。
「いやー、嬉しいな。舞岡さんみたいな綺麗な人が僕のことを好きだなんて」
あれは教室用の爽やか笑顔だ。心にもないことを言っている。そもそもあんた一人称が違うでしょうが。でもあいつに綺麗って言われるとちょっと嬉しいかも……えへへ……
「じゃあ付き合うの? それともOKするの?」
女子たちの追求が止まらない。いやそれ選択肢ないじゃん。断らせないつもりなの?
「えっと……とても光栄だとは思うんだけど、僕はあまり彼女のことを知らないんだよね。だからちょっと……」
あいつ、上手いこと躱そうとしてるな? そうはさせないわよ。何で私がムキになってるのかわかんないけど、何となくノリってやつ?
「そんな……! 凄くショック……せっかく勇気を出して告白したのに……」
私は俯き、もじもじとした仕草で、健気な女の子を演出してみた。さらに瞳を涙で潤ませ、流し目を彼に向ける。
「……っ」
あっ、あいつ今眉毛がピクってなった! 笑顔を作りきれていないわ! こわー。笑顔なのにこわー。
三島君はにこにこと爽やか笑顔を私に向ける。『何必要ない演出してんだお前!? 絶対後で泣かす!』とか思ってる笑顔ね。私にはわかる。
何だか本当に後が怖くなってきた。ちょっと悪ふざけが過ぎたかもしれない。
「ちょっと三島君? 女の子に膝枕までさせておいてそれはないんじゃないかな?」
「っ……それは、色々と事情が……」
「それに、朝はあんなに麗奈と仲良さそうにしてたのによく知らないなんて可哀想じゃない?」
「そうそう。超いちゃついてたじゃん!」
「え……いちゃついてはいないと思うけど……」
「いやいちゃついてたよ! 超いちゃついてたよ!」
私あいつといちゃついていたと思われてるのか……まあこの場ではこれでいいか。
「でも、僕なんかじゃ彼女に釣り合わないと思うな……それに舞岡さんはモテるから、付き合うと不安になったりしそうだし……」
「ああ言ってるけど、舞岡さんはどうなの?」
彼の言い分を聞いて、すかさず私の近くにいた女子がエアマイクを突き付けてきた。
「いくら他の男に言い寄られても浮気はしないし、ずっと彼を愛し続けるわ」
「一途! 舞岡さん超一途!」
教室の温度がさらに数度跳ね上がり、また男子たちの「嘘だろ……」「くそっ、何で三島に……」という嫉妬の声や舌打ちが聞こえてきた。段々と彼にヘイトが重なっていくような……まあいいか。
「三島君、あのいじらしい麗奈を見て何とも思わないの?」
「あんなこと言われて断る気なの? 膝枕までしてもらってたくせに!」
「まさか都合良くキープしてるんじゃないでしょうね?」
「うっ……」
どうしよう。そろそろあの人たちを止めた方がいいかな……言い訳が成功して寝顔写真の件は解決したわけだし。私も追い詰める側に参加しておいてなんだけど、あいつの答えとかどうでもいいし。
ふと、三島君を取り囲む女子たちを眺めて、私はある違和感に気づいた。あの辺の女子たち、無理矢理私とあいつをくっつけようとしてない? 純粋に私の恋を応援する女子以外に、便乗しているだけの女子もいると見た。何故? 何か理由がある?
うーん。
……
……
……
そうか。なるほど。
モテる私に彼氏が出来れば、あの人たちにとって好都合なのか。私をライバル認定している女子ならなおさらだ。ということは、私に彼氏が居れば、今まで女子たちに嫉妬されて嫌われることもなかったのかもしれない。それに告白の為に知らない男子に呼び出されてわざわざ断りに行く必要もなくなるし。
そう言えば……遊び人だっていう噂をなくすには、真剣に誰かと付き合えばいいってあいつも言っていたっけ。
すごい。めちゃくちゃメリットがあるじゃん。
告白してきた知らない男子と付き合うことなんて考えられなかったけど、嘘告白だとわかっているあいつなら話が別。真面目に付き合う必要もないし、恋人にうってつけだ。
何で今まで気付かなかったんだろ。アホか私。
つまり私としてはこのままあいつが偽恋人になってくれれば良いってわけだ。あとはあいつ次第。
「えーっと……いいのかな。僕なんかが舞岡さんの恋人になっても……」
三島君はなおも往生際が悪く、優柔不断な男を演じている。『俺なんか相応しくないですよ』というような言い方をしているけど、実際には私と恋人になるのを何とか回避出来ないか探っているのが見て取れる。多分私と恋人になるのが色々と面倒臭いのだろう。
それとも好きな人でもいるとか? それならしょうがないから断ってくれてもいいんだけど。
「何言ってんの。麗奈が三島君のことを好きって言ってるんだからいいのよ。ね、麗奈?」
「うん、そうね。でもあまり無理に言っても悪いし……私は別に大丈夫だから……」
そろそろしつこく粘る女子の皆さんを止めておかないと。いくら私にメリットがあると言っても、無理矢理恋人にさせるのはさすがに気が引ける。てかあいつ絶対キレてるから。怖いからマジで。何か笑顔だけど怖いから!
「そんな! 無理じゃないよ!」
「私たちに任せてよ!」
「え、でも、彼の意思もあるし……」
「それは何とかなるよ!」
「麗奈も三島君と付き合いたいんでしょ?」
「うん、まあ……そうね」
彼の意思が何とかなるとはどういうことなんだろう。
女子たちが頼もし過ぎるからもう身を任せよう。あんたらだけで勝手に頑張ってください。
私は今さら後戻りは出来ない。これで「実は嘘告白でしたー。てへっ」なんていうのは無理だ。とんでもないことになる。後はあいつ任せね。
頑張ってね三島君。私は高みの見物をしておくわ。いやそれは違うか、当事者だし。後でごめんなさいしとこ。
そして。
女子たちの包囲網により、逃げ場を塞がれた彼は観念したらしく。
「じゃあ………………僕で良ければ……これからよろしく、舞岡さん」
三島君はそう言って、爽やかな笑顔を私に向けてきた。めちゃくちゃ葛藤が見えた。
「ありがとう! よろしくね、三島君!」
私はすかさずそう答えた。一点の曇りもない笑顔で言ってやった。まあ何だかんだであいつがOKしたんだし良いわよね。
「…………」
うわっ、あいつ超苦笑いだし口元が微かにヒクついている。そして時折私を睨んでくる。怖いよー。
「わあーおめでとう!」
「お幸せにー!」
「ぐすん……ついに麗奈に彼氏が……本当に良かった……」
女子たちの祝福の嵐に包まれた。何か泣いてる人も居るんだけど……そんなに私に彼氏が出来て欲しかったのか。
「くそぉ、三島の奴OKしやがった! 当たり前だけど!」
「何で舞岡さんが三島なんかに!」
「三島、放課後校舎裏な!」
「とりあえず後でぶん殴る!」
「呪ってやる!」
一方で、成り行きを窺っていたらしい男子たちからは不穏な声が飛んできた。
三島君は「くっ……」と、とても嫌そうに顔を歪めた。何かごめん。私モテるんだった。
「この壁ドン野郎が!」
最後に投げられた一言を聞いて、三島君の瞳から光が消え、表情が固まっていた。あの人壁ドンとか全くしていないのに、これはちょっと可哀想。ほんとごめんなさい。
いや待てよ? 壁ドンはしていないけど、毎日私に膝枕をさせた罪があるわね。じゃあそれくらい言われてもしょうがないか。
今だに教室内には女子たちの黄色い声が上がっている。それに混じって男子たちの不穏な声も聞こえるけれど……
とにかく助かったー。一見落着。




