第十四話 潜るぞ、諸君
意識が……ぼんやりと浮上してくる。
なんか痛い。ていうか、超痛い。
「んあ……?」
寝ぼけまなこで周囲を見渡すと──
俺の両腕は、二人の娘にガッチリと極められていた。
トゥエラが左腕を抱え込み、テティスが右腕をきめる。
まさにダブル腕ひしぎ逆十字、地獄のダブルロック状態。
「いででででっ!? なにこれ夢!? 罠!? どっち!?!?」
「おとーさん、あったかいからつい……」
「わたしも寝返りうったら、こうなってたのです……」
満足そうに腕にしがみついたまま、もぞもぞ動く娘たち。
……かわいいけど、痛い。
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歯を磨き、装備を整える。
そして──無数に空いた横穴の群れを、改めて見渡す。
「どれがいいと思う?」
娘たちに聞いてみると──
「あっち! いや、こっちも気になる!」
「わたしはこっちの細いやつ!」
「そっち狭すぎ! トゥエラ潰れるよ!」
まるで宝探しのように騒ぎ出す二人。
……まったく纏まらない。
「じゃあ、お馴染みのアレで決めるか」
鉄筋棒を一本取り出し、軽く手のひらで立てて──
ぱたん。
「……微妙だな」
倒れたのは、ちょうど穴と穴の間だった。
「まぁ……どこも大差ねぇか」
肩をすくめて、小さく笑う。
とりあえず、準備しておいた“カメラ付きラジコンカー”を取り出す。
──これはリフォーム前の現場点検で、床下の腐食やシロアリ被害の確認に使ってたやつだ。
まさか、異世界の地下探査に使うことになるとはな。
「よし、こいつで様子を見てみるか」
おっさんは、カメラの映像を携帯にリンクさせ、ラジコンをゆっくりと横穴に滑り込ませていった──
携帯の画面に目をやりながら、慎重にラジコンを奥へと進めていく。
「うーん、やっぱこのカメラ、視界せまっ……」
ピンボケぎみの映像が、岩肌と砂埃の入り混じった通路を映し出す。
天井は低く、湿気がこもっているのが伝わってくる。
──そのときだった。
画面の奥で、何かが、ヌル……っと動いた。
「ん?」
ズームをかけてみると──
「……スライム?」
そう呟いたが、俺の脳裏にある“スライム”とは、明らかに違った。
かわいいやつじゃない。
でかい痰みたいな──
ネバついた半透明の塊。
表面がぬめり、内側で何かが動いているように見える。
「うわっ……キッモ……」
娘たちも、画面を覗き込んでドン引き。
「これ、生きてんの……?」
そのとき──
ラジコンの前方で、スライムがぬるりと盛り上がった。
カメラに、ぎょろりと赤い何かが映る。
「……目ぇ、あんのかよ……」
思わず、携帯を遠ざけた。
一旦、ラジコンを戻す。
手早く、先端にカセットボンベ式の小型バーナーを取り付け、固定。
再び、ラジコンをスライムの元へと走らせた。
バーナーは、前方45度下を炙るような角度。
点火スイッチを押すと──ゴォッと、青白い炎が唸りを上げた。
「炎魔法の……操縦……?」
テティスが感心したように呟くが、どこかズレてる。
「いや、ただのバーナーだよ」
画面の中で、スライムの赤い“目”のような部分が浮かび上がる。
その部分を狙い、バーナーをゆっくりと近づける。
──そして。
パァァン!
小さな爆発音とともに、スライムが四散した。
その場に、赤く輝く石のような“何か”が残されていた。
「……あっさりしすぎだろ」
俺は眉をひそめる。
「こんなのが原因で、採掘をやめたって? まさかな……」
スライムは確かに不気味だったが、倒すのに特別な技術も魔法もいらない。
「倒せるけど湧く、とか……?」
「あるいは、もっとヤバいのが奥にいるとか?」
娘たちが口々に憶測を漏らす。
俺は、あえて言葉を返さず、腰袋の位置を調整し、ゆっくりと立ち上がった。
「行くか」
俺は照明付きのヘルメットをかぶり直し、
娘たちを振り返って、静かに言った。
「潜るぞ、諸君」




