第十二話 まるで底なしの闇に、家族全員で挑むような
道は、だんだんと勾配がきつくなっていった。
ごつごつした岩場に、朽ちた小屋の残骸が点々と現れる。
「……あれか?」
ふと視線を上げると──
山肌に、ポッカリと空いた黒い穴があった。
鉱山の入り口らしきものが、遠目にぼんやりと見えている。
「……妙に、静かだな」
風もなく、虫の声もない。
おっさんは、腰袋をぎゅっと締め直した。
近づいてみると──
山肌にぽっかりと空いた大きな穴は、まるで二車線道路にあるトンネルのようなサイズだった。
無骨な木材の柱と梁が、崩落を防ぐために組まれている。
年月に晒され、黒ずみ、苔むしてはいるが──
それでも、かろうじて鉱山の入り口を支えているようだった。
「……昔は、相当賑わったんだろうな」
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ぴちょん……ぴちょん……
水の滴る音が、鉱山の奥から静かに反響している。
かつて松明が掛けられていたらしい壁に掘られた窪み。
そこへ、俺はLED投光器をセットしていく。
光がじわじわと暗闇を押し返す。
娘たちにも、しっかりと照明付きヘルメットをかぶらせた。
俺自身もヘルメットを叩き、装備を確かめる。
鋼鉄プレートで補強された編み上げブーツ。
それをぎゅっと締め直し、深く息を吸い込む。
「……よし、行くか」
俺たちは、未知の暗闇へと足を踏み入れた。
特にモンスターらしきものは見当たらない。
天井には、蝙蝠のような生き物が、びっしりと張り付いているくらいだ。
「……手羽先にちょうどよさそうな……」
ぽそっと呟くが──
今のところ、襲ってくる気配はない。
警戒はしつつも、俺たちはそのまま慎重に奥へと進んでいった。
トンネルは、徐々に狭くなってきた。
足元の傾斜も、ほんの少しずつ──だが確実に、下っている。
道の端には、打ち捨てられた道具が散乱していた。
ツルハシは鉄が波打ってて、たぶん焼き入れが甘い。
スコップは先端が曲がってて、さらに柄の差し込みがガバガバだ。
「うわ……ひっでぇなこれ。まともに掘れたんか?」
思わずつぶやく。
どれもこれも、実用品というより、農具の延長か、それ以下。
とてもじゃないが、本格的な採掘に使える代物じゃなかった。
──どうやら、この鉱山は、トロッコやレールを敷くほどの技術もなかったらしい。
やがて、通路の終点に辿り着く。
行き止まりか──と思いきや、ぽっかりと口を開けた縦穴があった。
「……おいおい……マジかよ」
俺は眉をひそめる。
いくら五十路近いおっさんでも、21世紀を生きた文明人だ。
炭鉱の仕組みなんて、まるで知らん。
後方の壁にアンカーとフックを打ち、
全員の腰に命綱を結びつける。
慎重に、そーっと、穴の縁に近づく──
けれど、覗き込んでも、真っ暗で何も見えない。
そこで、バケツを取り出す。
中には、酸素濃度と有害ガスを探知できる計器を仕込んである。
それを、色分けされたロープに結びつけ、ゆっくり、ゆっくりと降ろしていく。
(このロープは1メートルごとに色が変わっていて、深さを測るのにぴったりだ。)
腕がだるくなってきた頃──
ふっとロープがたわんだ。
どうやら、底に着いたらしい。
最悪、水没してるかと心配したが……そんな感じでもなさそうだ。
携帯のアプリにBluetoothでデータが送られてくる。
──酸素濃度、問題なし。
──有害ガス、検出なし。
「よし、行けるな」
俺は、娘たちに向かって頷いた。
下水道管の保守点検作業のときに使った知識と道具が、まさかこんなところで役に立つとは。
やっぱ、大工をやっててよかった。
──深さ、およそ50メートル。
問題は、どうやって降りるかだ。
俺が腕を組み、思案に沈んでいると……
ワクワクした顔で、娘たちが俺を見つめていた。
(いや、お前ら……これは遊びじゃねぇんだぞ?)
心の中で小さくツッコミつつ、道具を取り出す。
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まずは、フルハーネス型の補助具を着込む。
続いて、降下用ワイヤーを装着。
これは、手元のスイッチ操作だけで、ゆっくりと安全に降りられるスグレモノだ。
「じゃ、行ってくるわ」
手を振った俺に──
「おとーさん、あたしたちも行く!」
トゥエラとテティスが、元気よく叫んだ。
「……はぁ?」
思わず間抜けな声が漏れる。
この高さ、マジでシャレになんねぇぞ?
50メートルだぞ?エレベーター何階分だと思ってんだ?
だが──
娘たちは、すでにやる気満々でハーネスを装着し始めていた。
(……止めても無駄か)
ため息をつきつつ、装備をもう一度しっかりチェックしてやる。
「いいか。ちゃんと俺に続けよ。危ないと思ったら絶対動くな。わかったな?」
「はーい!」
「はぁーい!」
ノリだけは超いい。
仕方ない。ここは、家族行動優先だ。
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ワイヤーを慎重に操作しながら、まず俺が穴へ降りる。
すぐ後ろから、トゥエラとテティスも続く。
ゴウン……ゴウン……とワイヤーが静かに鳴る音だけが、洞窟に反響していた。
まるで底なしの闇に、家族全員で挑むような──
そんな、不思議な感覚だった。




