滅(2)
「大丈夫かよ」
茶化すわけでもなく真剣な面持ちであたしを見つめている九条。
「え、あ、うん……」
「俺と一緒でよかったろ? お前ひとりじゃパニクって騒ぎ散らかして暴れまわってただろ絶対に」
目に浮かぶわ、自分のその姿が。
「た、たしかに」
正気を取り戻したあたしは、すべての階のボタンを押した……けど動かない。非常用インターホンを押すと管理会社に繋がった。
・・・・・・結論、しばらくここで待機。
悪天候なおかつ落雷のせいで広範囲の停電があったらしく、小一時間ほどこの状態で待機になる可能性が大。
このエレベーターには非常用の懐中電灯や非常食とかちゃんと備え付けられているし……うん、問題ないよね。
こういう時は救助が来るまで楽な体勢で待つべし。
壁に背中を預け、そのままズルズルと座り込む。
それにしても……寒い。小刻みに震える体を温めるように腕をさする。
「その震え、寒いのか怖いのかどっちだよ」
「え? あぁ、たぶん両方? さすがに怖いでしょ、この状況は」
「こんなハプニングあるあるじゃね?」
「いや、なかなかないでしょ」
「……なぁ、このシチュ燃えね?」
神妙な面持ちでなにを言ってんの、こいつは。
「はあ? あんたって人は本当にっ」
着ているブレザーを脱いであたしの前にしゃがみ、ふわっと優しく掛けてくれた九条。
「え……あの、ありがたいけどあんたに風邪引かれると困るっ」
「あ? 羽織っとけ、寒いんだろ?」
「寒いけどっ」
「べつに俺寒くねぇし、俺が体温高ぇのも知ってんだろ?」
そう、九条柊弥は平均体温が高めである。
「ありがとう九条」
「ん」
── 1時間ほど経過
「いやぁ、あれはまじで傑作だったな。だいたい誰の女にちょっかいっ」
「……ねぇ」
「あ? んだよ」
「あたし達、ここで死ぬのかな」
「はあ? なぁに言ってんだよ大袈裟なっ」
「だっておかしいじゃん! あの九条財閥の御曹司がエレベーターに閉じ込められてる大事件なのに救助がこんなにも遅いなんてどうかしてないっ!?」
血走った目で取り乱すあたしを見ている九条は、もちろんドン引き。
「どうかしてんのはお前だろ」
「なんっでそうも冷静でいられるわけ!?」
「だぁから、こんなことよくあることじゃね?」
「ねぇよ! あたしはこんなところで死ねないの! これからも律達のためにお金稼がなきゃいけないし、律達の衣食住をすこしでも充実させるのが長女であるあたしの務めなの!」
「いや、それは親の務めであってっ」
「律達の成長を近くで見届けたいし、律達のこともっと愛してあげたいし、いつまでも律達っ」
「だぁから! 落ち着けって!」
「これが落ち着いてられるかぁ!!」
「こんっのブラコンがよ! その熱量彼氏である俺にちったー注げよアホ女!」
「はあ!? じゅうぶん注いでるじゃん!」
「足んねえっつうか時々ムズいんだよお前の愛情表現わ! ツンツンツンツン微デレすぎんだよ!」
「なっ!? そっ、そんなこと言ったらあんたの愛情表現なんてクセしかないじゃん!」
「あ!?」
「はあ!?」
「「…………」」
口を閉ざすとシンッと静まり、なんの物音もしない空間。無言真顔で見つめ合い、徐々に若干の気まずさが互いの表情に出る。
「はぁ、やめやめ。騒ぐな、無駄な体力消耗する。だいたい大規模な停電が起こってんなら救助が遅れるのも仕方ねえっつうか普通だろ」
九条のごもっともな意見に上っていた血がサーッと分散していく。
「……騒いでゴメンナサイ」
「まぁ騒がしくなかったら七瀬らしくねぇけどな」
「ははっ、たしかに? …………ん?」
「あ? なんだよ」
羽織っている九条のブレザーのポケットに何気なく手を入れると、ガサッという感触。
それを摘まんで取り出してみると──
「「…………」」
【また激しく抱いてね♡】と書かれたコンドームの個包装。
「あのさ、九条」
「これはっ」
「てめぇ浮気してんだろ」
生気も輝きも、ありとあらゆる感情が消え失せた真っ黒な瞳で九条を見つめる。
「はあ? してねぇよ、するわけねぇだろアホか。これはっ」
「じゃあセフレか、セフレだろ、このクズが」
「はぁー、だぁから違ぇっての。聞けよ、俺の話を」
「バ○ス」
「おまっ、ちょいちょいグレーゾーンいくのなんなの? 滅びの呪文はやめろ」
「滅」
「ドストレートだな、清々しいくらいに」
あたしは手に持っているコンドームを九条に投げつけ、完全にシャットダウン。
これぞまさに“無”。
「ちゃんと俺の話聞いてくんね? 決めつけんなよ、勝手に。でもまぁ、信用されねぇことばっかしてきた俺が悪いのはわかってる。そのへん七瀬を不安にさせてんのも百も承知。ぶっちゃけ後悔もしてんだよ、自分の行いに。でも消せねぇだろ、なかったことになんてできねぇじゃん、過去なんて」
九条の行動や言葉や態度は良くも悪くもいつだって直球だ。
「コンドームはさっきすれ違った女が去り際に入れてったんだよ。俺は記憶にねぇけど、まぁたぶんヤったことあんだろうな、知らねぇけど」
ほら、こうやって包み隠さず話してくれる。だから安心できるし、信用信頼できる。
わかってる、わかってるのに、ごちゃごちゃと悪い想像が頭の中で膨らんでいくんだもん、仕方ないじゃん。
「……すぐ捨ててよ、そんなもの」
「それはまじで悪かったって」
ちらりと九条のほうを向くと視線が絡み合って、その優しい瞳はすこし困っているようにも見えた。
「ごめんなさい」
「なんの謝罪だよそれ、謝るのは俺だろ。悪かった」
「ううん」
「……七瀬、俺は後にも先にも愛っ」
「管理会社の者です! 到着が遅れました、申し訳ありません! お二人ともご無事ですか!?」
九条の声に被せるようにインターホンから聞こえてきた管理会社の人の声。
きまり悪そうな表情を浮かべる九条を横目にあたしは立ち上がってインターホン越しに管理会社の人とやり取りをする。
「では、最寄りの階まで動かすので念のため手すりに掴まるなど安全な体勢でお待ちください」
「はい、よろしくお願いします」
九条がそっとあたしの腰を掴んで引き寄せる。
「ドタバタすんなよ」
「あたしをなんだと思ってるのよ」
「珍獣」
「もう……ん」
動き出したエレベーターとともにあたし達の唇が重なった。
「っ!?」
ドアがいつ開くかもわからないこの状況で舌を入れて絡めようとしてくる九条。
逃げようにも腰を馬鹿力で押さえつけられてて動けないし、舌を逃がそうもんなら激しい追跡を食らって逆効果。
「んんっ……く、じょ……はぁっ……」
ガタッと振動して止まったエレベーター、そしてドアが開く。
「ごちそうさん」
ニヤッと笑みを浮かべた九条と息が上がっているあたし。
「っ、あんたほんっとなに考えてるの!? ばっかじゃないの!?」
「見られたわけでもねえんだし、セーフじゃん」
本当に本当にギリギリセーフすぎる……というか抱き合ってるしほぼアウト。こんなところ管理会社の人に見られたとか最悪すぎる。
「ご無事でなによりです!」
「……あれ、七瀬さん?」
呼ばれて振り向くとそこにいたのは──
「え、谷君?」
中学の同級生だった。




