12 解呪と甘い罠(3)
バルドが戻ってきたが、宮廷医の到着はあと数時間かかるとの報告だった。レオは苛立ち、思わず声を荒げる。
「フローラに何かあったら……! そもそも私はフローラを呼べと命令した覚えはないぞ!」
バルドは全く堪えることなく、淡々と答える。
「殿下はあの森に行ってから、目の色が変わられました。王族として国の支えとなる決心をされ、内乱を制圧し、悪を戒め、国に平和をもたらそうと奮闘された。そして、この数ヶ月、時折森の方角をじっと見つめておられた」
「私は……!」
「フローラ様は実際に殿下の呪いを解かれました。我が国の第二王子の命を救った救世主、我が国の聖女となられましょう」
「!」
その意味を理解したレオが動揺を見せたことに満足したように、バルドは微笑んだ。
「殿下の恋路を叶えて差し上げたかったのです」
「余計なお世話だ。フローラが目を覚さねば、意味のない妄想だ。何かあれば、私は自害する」
「何を!」
バルドが声を荒げそうになった横で、影がふっと揺らめき、突然、黒猫が姿を現した。
『それはまた。フローラが命を懸けた意味がないなぁ』
「何者!?」
バルドとレオが瞬時に臨戦体制を取るが、猫は悠然とフローラのベッドへと歩みを進める。そして、ベッドに飛び乗ると、レオに向かい話し始めた。
『金色の瞳を持つ御子よ』
「……魔物か?」
レオはいつでも剣を抜けるはずなのに、黒猫の放つ覇気のようなものに耐えるだけで精一杯だった。見ればバルドの顔は蒼白で、今にも膝をつきそうだ。
『我が名はクロード。その魔女はこのクロードが引き受けよう』
クロードと名乗る猫が、フローラをじっと見つめる。
「……何故、フローラは目覚めない?」
『それを聞いてどうする。無力な人間』
「私は、フローラを娶りたい。彼女が目覚めた時、側にいたいのだ」
その言葉を聞いて、クロードは鼻で笑う。
『ふん。お前のせいで目覚めぬというに、笑わせる』
「どういうことだ?」
クロードは、面倒そうに今のフローラの状態を説明した。
フローラは解呪による跳ね返りによって呪いを受けた。普段のフローラなら、一晩寝れば回復するが、今はそれが難しい身体なので、自力での復活は難しいとのことだった。
「フローラは病気なのか?」
『魔女に媚薬を盛られておいて気付かぬとは、片腹痛いわ』
レオが目を見開いた。媚薬の話は初耳だったバルドも驚く。
「まさかっ」
『腹の子には呪いがいかぬように二重に魔法を展開したせいで、フローラ自身が危ないのだ。魔力を補充し解呪せねばフローラは死ぬぞ』
「なんだって!?」
フローラが死ぬ。
その衝撃的な言葉がずっしりと頭に響く。レオは悔しさでギリリと剣を握りしめた。そして、クロードに向けていた剣を下ろし、頭を下げた。
「クロード殿。頼む! フローラを助けてくれ!」
『森に入らぬ限り、魔物は人間を襲わぬ。魔物を無駄に狩らぬと誓え』
「……!」
クロードが提示してきた交換条件。それは、人間と魔物の不戦条約と言える内容だった。
人間側としても、魔物が襲ってこないのだと分かれば、無駄な軍事力を割かなくてよく、国民の命も守ることができる。
願ってもない条件だった。
「分かった。森以外の場所では約束出来ないが、森には入らないよう国民に徹底させよう。魔物は狩らぬ!」
クロードがニヤリと笑う。
『約束を違えるなよ、人の子』
そして、クロードから光が放たれ、次の瞬間には、フローラの顔色は元の桃色に戻っていた。
クロードはレオの前から忽然と消えていた。
*
「フローラ!」
目を開けた途端見えたのは、眩しいほどに美しい金の瞳。サラサラとした銀の髪。その整いすぎた顔立ちは、一気にフローラを覚醒させた。
「……レオさま?」
「ああ! よかった!」
しかし、フローラはまだ夢の中にいるのでは、と目を疑った。
なんとレオは、その美しい金色の瞳に涙を浮かべているのだ。そしてフローラが目覚めたことに歓喜しているかのようなそぶりで、彼女の額に口付け、目を覚ます前から握り締めていたらしい手の甲にもキスを何度も落とした。
呪いを解く前との態度の違いに戸惑う。というか森にいた頃とも違う、甘い接触にフローラは大混乱だ。
「レ、レオさまっ!?」
「フローラ……よかった……本当に……」
まるでフローラの存在を確かめるかのように、髪や額、頬を、その大きな手で慈しむように触る。金の瞳が優しく細められた。
その瞳には、呪われていた時の濁りはない。森で出会った頃と同じ、太陽のような金色であることに、フローラは安堵した。
「あの……?」
「私の呪いを解いてくれたこと、礼を言う。フローラに会えて嬉しい。ずっと会いに行きたいと願っていた」
「え……」
てっきり媚薬を盛られ、怒って出て行ったのだと思っていた。『会えて嬉しい』とは、どういうことなのだろう。
呪いが解かれた彼は、今本心を言っているのだろうが、フローラは疑問でいっぱいだった。
「ああ、起きて早々騒がしくしてすまない。ゆっくりしていていい。ただし、今後はこの私の部屋で療養してほしい。大丈夫、お腹の子も元気だ」
「!?」
何故、お腹の子のことを……!? 倒れたことで身体を調べられたのか、とフローラは思わず自身の腹に手を当てた。
「安心してくれ。堕ろせなんて言わないし、君から取り上げるつもりもない。フローラとの子が授かったのだと知って嬉しい。私はその子の父として、君を妃にしたいと思っている」
「ええ!?」
にっこりと極上の笑みで宣言されたが、フローラは混乱するばかりだった。
何故腹の子の存在がバレてしまったのか、妃だなんて身分不相応な突拍子もない話になったのか疑問だらけだ。
大好きな黄金の瞳は、あの森で見つめていた頃よりも、もっとキラキラと輝いて見えた。フローラはその無邪気な笑みにキュンとしつつも、自分の置かれた状況に混乱するばかりだった。




