13 解呪と甘い罠(4)
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ガルディア王国王太子アルノルドの朝は早い。早朝から剣術の稽古をこなし、汗を流した後は、ひたすら夜遅くまで公務をこなす。次期国王として、公務のほとんどを担っていることもあるが、まだ内乱後の後処理も山ほどあって多忙を極めているのだ。だが、そんな苦労は微塵も感じさせない涼しい顔で書類を片付けていく。
先日、弟のレオナルドが呪いを受けた。ガルディア王国南部を発端とする内乱は、表向きの首謀者も協力者も全て捕え、上手く鎮静化したはずだった。しかしこのタイミングで第二王子が狙われた。これは何を意味するのか。その調査も難航していた。
幸いなことに、呪いは森の中に住む魔女が解呪してくれた。ピンク色の珍しい髪色をした美しい少女だ。魔女による解呪についての報告書にじっくりと目を通す。
「魔女殿は妊娠していたのか」
「はい。宮廷医の話だと妊娠初期のようです。解呪もそのせいで命懸けだったとか」
側近が淡々と報告をくれる。
「腹の子は、レオナルドの子か?」
「魔女本人からはまだ聴取出来ていないそうですが、レオナルド殿下はお心当たりがあるそうで……」
「ははっ。媚薬でも盛られたか」
レオナルドは視察の際にも命を狙われている。その時に逃げ込んだのが、魔女のいる森だったのだ。そこで傷が癒えるまで数日過ごしたと聞いていたが、その時だろうか。
「恐れながら……。レオナルド殿下が襲われた先の森に住んでいて、傷の手当てをして殿下の子を身籠り、その後殿下の呪いを解いてみせる……なかなか出来すぎた偶然かと」
「……」
アルノルドはピンク色の髪の魔女を思い出した。そしてゆっくりと微笑んだ。
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「聞いた? レオナルド殿下が寵愛する魔女様のこと」
「フローラ様でしょう? 命懸けで殿下の呪いを解いたとか!」
「魔物と人間の和平条約にも一役買ってるらしいわ!」
「何より殿下が溺愛していらっしゃるのよね」
レオが魔女に渡す花束を手配すべく自ら庭園に通っているだとか、魔女のためのドレスや装飾品をたっぷり買い占めているだとか、二人のための離宮が急ピッチで建設中だとか。
侍女達の噂話は延々と続き、「殿下が溺愛している」エピソードが付け加えられるたびに歓声が上がる。
(どうしてこんなことに……)
フローラは廊下の端に身を隠しながら、自分とレオの噂話を偶然聞いてしまい、いたたまれない気持ちになっていた。
レオの呪いを解いたあの日、そのままレオの寝所で休むよう言われた。すぐに身体を動かせず、言われた通りに休ませてもらった。
あれから一週間。フローラは歩行も出来るし、妊娠初期の気分の悪さも少しずつ回復してきている。しかし、客室に戻して欲しい、出来れば森に帰りたいとレオに頼んだが、レオは首を縦に振ってくれなかった。
「フローラが心配で公務も捗らないのだ。頼むからこの部屋でしばらくゆっくりしてくれないか」
大好きな金色の瞳をウルウルさせてそうお願いされては、「では後少しだけ……」とずるずる延ばされ、結局ずっとレオのベッドでゴロゴロと過ごす日々。
体力不足にもなるし、散歩でもしようと廊下へ出たところ、侍女たちの噂話に出くわしてしまい、気まずくなって戻ってきた。
数日間、王子の寝所で寝泊まりしているのだ。噂話になるのは仕方がないのかもしれない。
(これから、どうしたら良いのかしら)
フローラは森に帰りたかった。報奨金をたっぷりと貰って、静かにお腹の子と暮らすつもりだった。だが、レオの部屋には日に日に赤ちゃんの服やベッド、おもちゃまで揃えられていくし、フローラの為の服や靴や装飾品がたんまりと贈られてくるのだ。
一番に困るのはレオ自身だ。毎日嬉しそうにフローラを抱きしめキスをしてくる。愛おしそうに腹を撫で、毎夜、同じベッドで優しく抱きしめられて眠るのだ。そんなことをされて絆されない女性はいるのだろうか!?
(森に、帰りたい……)
森に帰ってまた一人になれば、この苦しい胸の疼きも治るだろう。魔女が王子妃になるだなんて前代未聞に違いない。レオがまた変な恨みを買って、呪われたり毒を盛られたりしないように、自分は身を引くべきだ。フローラは必死に自分に言い聞かせていた。
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「で? そろそろご説明していただきたいのですが?」
「なんだ? 公務が終わったのなら私はすぐフローラの元に戻りたいのだが?」
どうしてこう王族の皆様は、腹黒いオーラを放つのだろうか。自分が女性なら、こんなに執着深い腹黒夫はごめんだ。そんなことを思いつつ、バルドは今日こそ詳細を聞かねばとレオを呼び止めた。
レオナルドの私室にフローラが寝泊まりするようになって一週間。レオナルドはわずかでも時間があれば、私室へと向かいフローラと過ごしてきた。公務中は一分一秒が勿体無いと言わんばかりの形相で、徹底的にスピード勝負で片付けていく。
おかげで内乱で混乱していた公務の一部がすっきりと片付いたのだが、バルドがレオナルドとゆっくり話す機会がなくなっていた。
だが、バルドは、あの日、黒猫の魔物クロードが言っていた、『レオナルドがフローラに媚薬を盛られた』話をはっきりとさせておきたかった。宮廷医の話では、フローラが妊娠しているのは間違いない。だとしたら、本当にレオナルドの子どもなのか、そして媚薬を盛られたことは事実なのかはっきり聞かなければならない。そして予期せぬ結果であるならば、フローラを人知れず消すことも視野に入れねばならない。
レオナルドの様子からして、妊娠は喜ばしいことなのだろう。だとすれば、魔女との間の子であることをよく思わない連中への対処を考えなくてはならないし、万が一フローラを妃にと望むのであれば、その反発に備えた対策もせねばならない。
(頭が痛いが、今日こそはっきりさせなくては……!)
ここで呼び止めなければ、いつも通りフローラの元へ走って帰るのだろう。だが、今日ばかりはレオナルドを問い詰めることにした。
「フローラ様とお腹の子のことです。その……お腹の子は本当に殿下の子なのでしょうか?」
「何?」
ギロリとレオナルドがバルドを睨んだ。しかしバルドは怯まない。
「殿下が森を離れ、数ヶ月経過しています。そして殿下があの森にいたのは数日。他にも男を連れ込んでいた可能性は?」
「それは……ない」
レオナルドは、苦しげに目を細め、拳を握りしめた。フローラは誰かを家で手当したのは自分だけだと言っていた。その言葉を信じたい。
「殿下はフローラ様を妃に、とお考えなのですね?」
「あぁ。再会して、もう手放したくないのだ。腹の子が誰の子であろうと、私の子として育てる」
「それは……」
難しいだろう。なぜならば、王族の子供は皆、金色の瞳をしているからだ。この国で金色は王族の証。その瞳を携えて産まれなかったとしたら、フローラも子どもも蔑まれ王宮にはいられないだろう。
「もし、金色の瞳ではなかったら、私は王籍を外れてもいい。身勝手なことだとは思うが、フローラと離れることなど、出来ない」
「!」
主の決意表明に、バルドは驚いた。レオナルドは昔から第二王子だからと、色々諦めてきたからだ。第一王子が目立つよう、実力を隠し、力を抜いて過ごしてきた。本当に欲しいものも隠して第一王子のアルノルド殿下が選ばないものをわざと選んで。
そんな彼がこんなにも力強く何かを求めるなんて、初めて見る姿だった。
「……分かりました。ご協力いたします」
「!」
「しかし、まずはフローラ様に確認してください。今後についてはフローラ様のご意志を尊重して差し上げることも大切ですよ」
「だが!」
フローラがこれ以上森に帰ると言い出さぬよう、自分がもっと気を引きたい、妊婦には何が良いのか、女性は何が喜ぶのか、堰を切ったように恋愛相談をされ、バルドはわずか十五分でヘトヘトになったのだった。




