恋模様 4
「ふぅん、その女には、他にも常連が付いてる訳か」
クロスルージュ三階の客取り部屋で、御用猫はソファに腰掛け、水で薄めた果汁を、ちびちびと口にする。
彼は、あまり華美でない部屋を選んだ、装飾の多過ぎる家具は、どうにも落ち着かないのだ。
上着だけを壁に吊るし、スイレンから受け取った団扇で、何とは無しに首元を扇ぐ。部屋の中は、呪いで風を通してあり、臭いや熱がこもらない様に工夫されているのだが、これは気分的な問題だった。
「そうですね、高名な武芸者の方もいらしたと、記憶してます」
スイレンは、直接に名前を伝える事はしなかった、客の個人情報を漏らすような不義理を、彼女は好まなかった。
御用猫も、それは理解しているので、深くは追求しない、その程度の事は、みつばちに頼めば一晩で判明するだろう。
「でも、彼女が、マリリンが誰かに身請けされるとは、思えないです」
「どうしてさ」
スイレンは、背中までの金髪を垂らしながら、少し俯く、はらりと流れた髪の下から、白いうなじが現れた。
何処となく、づるこに似ているだろうか。
(そういや、しばらく顔も出してなかったか)
明日からは、久しぶりに、いのやに入り浸る事にしよう。
御用猫はそう決めると、白く濁ったような硝子のコップを空にする。
「なんて言うか……マリリンは、このお仕事が、好きなんだと思います」
ああ、と御用猫は納得する。
たまに居るのだ、そういう女も。
そもそも、クロスロードでは、娼婦という仕事は、そこまで下に見られてはいない。
確かに、娼婦だと大っぴらに喧伝する者は居ないのだが、家計を助ける為に、若い女が遊郭で働く、というのは、良くある話で、孝行娘だと褒められる事さえある。
人気の遊女ともなれば、なんとか馴染みになろうと、皆が先を争い値を釣り上げ。最後は貴族か、何処ぞの裕福な男が、社会的地位の証明として、側室愛人として囲うのだ。それは、娼婦達の憧れでもある。
なので彼女達は、身体を磨き、話術を磨き、男共を翻弄する技を身に付ける。
それが、どうにも楽しくて、辞められぬ。
という女性も現れるのだ。
恐らく、マリリンとかいう女も、その手合いだろう。むしろ、手酷く振られた方が、ウォルレン達の友人にとっては、良いかも知れぬ。
「何にしろ、面倒くさい話だな」
御用猫は、下服を脱ぐとスイレンに投げ渡し、部屋の半分を占める大きなベッドに転がり込んだ。
(まあ良い、ぜんぶ、明日、考えよう)
肘を畳んで枕にすると、御用猫は横向きになり、軽く膝を曲げた。酒精の仕業か、直ぐに心地よい微睡みが訪れる。
「……あの」
肩の辺りを、ゆさゆさ、と揺すられ、御用猫は寝返りをうつ。
「……なに?」
「いえ、その、もうお休みになられるのかと」
眠気のせいか、寸刻、御用猫は理解できなかったのだが。
成る程、娼婦が何もせずに、客を寝させてしまっては、自尊心が傷付くやも知れぬ。
「ああ、今日はもういいぞ、貴重な情報も貰ったしな、ありがとう、後はゆっくりと休んでくれ、お前程の器量良しを抱けないのは、ちと、残念だがな」
御用猫は、決してスイレンに魅力を感じなかった訳では無い、と言い含めておく。
遠回しにだが、今日はもう寝たいのだと意思表示したのだ。
「なら、良かった、です」
スイレンは、ほっとしたように、夜着を脱ぐと、御用猫の上に覆い被さってきた。
(あれ? なんで? いや、そういえば)
御用猫は、今更ながらに思い出した。
こやつは、確か、かなり食い付きの良い女であったと。
「あ、ちょっと待った、今日は疲れてたんだ、思い出した、今疲れた」
「分かりました、こっちで、ぜんぶ、いたしておきますから、猫の先生は、どうぞ、ゆるりとしておいてください」
ぎらぎら、と輝くスイレンの目は、肉食獣のそれであった。
先程迄は、子猫のように愛嬌のある瞳だったはずなのだが。
結局、御用猫は朝まで弄ばれた。
所詮この世は弱肉強食、猫では、虎に敵うはずも無いのだ。




