恋模様 3
『かんぱーい』
ごちり、とジョッキを打ち鳴らし、御用猫達は、泡立ちの悪いホップビールを一気に呷る。
クロスルージュの酒場は、南町でも上位の大型店で、放蕩貴族や、金満商人御用達の店でもある。
四階建ての石造り、それこそ城のようにも見える白亜の外壁は、色とりどりの魔力灯に照らされ「不夜城」とも呼ばれていた。一、二階が酒舗、三階と四階が客取り部屋になっている。
別棟から現れる料理や娼婦は、どれも一級品で、高額な請求にさえ目を瞑れば、それこそ。
夢のような、ひと時を過ごせるのだ。
御用猫達は、常連や貴族用の二階席に通される。
床の中央部が階段の、吹き抜け構造になっており、客席はそれぞれが少し離して設置してある。観葉植物で間仕切りがしてあり、内密な会話、というか、少しばかり恥ずかしい真似をしても、他の客に見られぬように配慮してあるのだ。
料理の出揃った所に、燕尾服の支配人が現れた、確か、なかなかに気の利く男だったと、御用猫は記憶している。
「お久しぶりでございます、御用猫の先生、今宵は料理も酒も、特別に上物を取り揃えておりますので、ごゆるりとお楽しみ下さい、あぁ、もちろん、嬢も一級品でございますよ? 」
やはり、遣り手であった。
見た目に特徴のある御用猫とはいえ、名乗った記憶は無かったのだが。
「これで足りるか? こないだの金髪の娘を頼む」
御用猫は、支配人に百万白金貨を一枚握らせる。
「えぇ、えぇ、勿論ですとも、最高の夜を保証しますよ」
支配人の顔が、一気に綻んだ。
目敏くも、その色を見とめたウォルレンとケインが、がたっ、と立ち上がる。
「俺も、適当におっぱいの大きい娘! 」
「俺はクレアちゃん! 」
「おい、アンナはどしたのさ」
突如、がっくりと肩を落とすケインを、ばしばしと叩きながらウォルレンは笑う。
「センセ、こいつフラれたんよ、それがね」
ぐふぅっ、と、ウォルレンは笑いを噛み殺す。
「ぶふっ、緊張して、くっ、役に立たなかったって、ぶははは」
「何それ可愛い」
「ふざけんな! あれは酒のせいだし! 今日は飲まねーし! 」
「もう飲んでるじゃねーか」
「なら飲んでんじゃねーよ」
騒がしくなったテーブルからは、既に支配人は消えていた。
まこと、確かな腕前である。
「……話は分かった、けど、そこから俺に頼み事ってのが、良く分からないな」
御用猫達は、テーブルを囲むように据えられたソファに、それぞれが娼婦と腰掛け、依頼の打ち合わせを行っていた。
「まー、つまりですな、猫のセンセに、男を一人鍛えて欲しいと、そういう訳ですな」
ウォルレンは、赤毛の女を撫でながら、ビールに口を付けた。
赤毛の娼婦の方は、まるで乙女に還ったかのように、とろん、と瞳を潤ませ、ウォルレンの太股に手を載せて、しなだれ掛かっている。
(とりあえず、死ねばいいのに)
ウォルレンの話では、彼ら二人の友人が、ここ、クロスルージュの娼婦に恋をしたというのだ。随分と入れ込んでいる様子で、足繁く通っては贈り物を渡し、愛を囁いたのだが。
「結婚するなら、強い男じゃ無いと駄目らしいんですわ」
ケインの方は、何処となく強張り、美しい黒髪の女の顔も、まともに見られないようだった。
(口だけか、許す、強く生きろよ)
御用猫は心のうちだけで応援すると、つるりと剥いた葡萄の身から種を取り出し、スプーンに載せて金髪の娼婦に差し出した。
「あの、ええと……いただきます? 」
御用猫の膝の上で、居心地悪そうに肩を窄める女に、気にするなと言ってから、再度給餌を始める。
「なんか、猫のセンセは、特殊な嗜好があんよね」
「というか、最近この体勢じゃないと、何となく落ち着かない」
ウォルレンは、くすくす笑うと、何やら思いついたのか、隣の蕩けた娼婦を膝の上に座らせた。
「おー、これはこれで良いかもな、ケインもやってみるべよ」
突然に振られ、狼狽えるケインの膝に、向かい合うように黒髪の娼婦が座る、どうやら、乗りの良い女のようだ。首に手を回され、赤くなるケインを肴に、御用猫は、ウォルレンとジョッキを打ち合わせる。
「センセ、もう、あとは、明日でいいんじゃないかなぁ」
「奇遇だな、俺もそう思ってた、まじで」
笑いながらビールを呷る二人を見て、御用猫の膝の上に座る金髪の娼婦、スイレンは思った。客の込み入った話に、嬢が口を挟むのはご法度であるが、話はきっちりと聞いて記憶するのが、良い娼婦というものだ。
なので、スイレンは、最初から話を聴いていた。
この店で働く同僚が、はしたなくも、客に身請けの条件を付けたというのだ。貧乏な農家に生まれ、家計の足しにと働く彼女には、信じられぬ話である。
しかし、確かに、その女は変わっていた。
そのような事も、有り得るかも知れない。
恐らく、部屋に戻ったら、仕事の前にその辺りの事を聞かれるだろう。
先日も相手をした、この傷顔の男は、恐ろしげな風貌の割に、どこか真面目な所があるのだ。自分から余計な事を話す訳にはいかないが、尋ねられたならば、隠すような事でもない。
そうしよう、と、スイレンが決めたとき。
「よーし、スイレン君とやら、葡萄をあげよう、果物は美容に良いんだぞ」
「でたー、猫のセンセの餌付け芸だー」
スプーンに載る、種まで処理された葡萄を、横合いから黒髪の娼婦が奪い取った。ペロリと指を舐めながら口にしたそれを、彼女はケインに口移しで食べさせる。
「あいたー」
「あいたー」
狼狽えるのみで、何も気の利いた事の言えぬケインを見て、御用猫とウォルレンが額に手をやる。
その騒がしい様子を見ていたスイレンは思ったのだ。
この国の未来は、大丈夫なのだろうか、と。




