表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
御用猫  作者: 露瀬
85/150

波剣 人魚針 9

 浜風の女亭は、煉瓦を漆喰で固めた、白い建物である。木窓は大きく作られ、下から持ち上げる事により、日中は日陰を作り出す工夫がなされていた。


 そろそろ夜の七時を回りそうな時間ではあるが、開放された窓からは、その名の通りの浜風と、表通りの喧噪が店の中まで運ばれてくる。


 その心地よい背景音楽を切り裂き、がつがつ、と、幾つもの硬いブーツの足音が店内に響いた。


「んで、お前は結局のところ、何しに来たんだ? 」


 食事を取りながらも、未だ黒雀と睨み合うみつばちに、御用猫は呆れたように尋ねる。けして、追い掛けて来るなと、マルティエに預けた手紙には四回繰り返し、御用猫の切なる願いを綴っていた筈なのだが。


「貴様が御用猫か? 」


「いえ、私は個人的に、余暇旅行を楽しんで来ようかと思い立っただけで、猫の先生がオランにいるなんて、すごい偶然、運命を感じてしまいますね」


「うわ面倒くさい……あと、黒雀も気持ち悪いから、舐めるの止めてくれるかな」


 黒雀は、御用猫が炭酸の少ないビールを飲む度に、彼の口まわりを、ぺろぺろと舐めるのだ。


(こいつは、かぶとむしか何かの類いだろうか、いや、雀蜂もそうだったかな)


 ぐりぐりと、髪の毛を綯交ぜる勢いで撫で付けるのだが、この黒猫は、御用猫の膝を自分の縄張りだと決め込んだようだ、ぴったり張り付き、頑として動こうとはしない。


「貴様に、尋ねているのだ、耳が無いのか、それとも無礼打ちが所望か? 」


「え、人違いです」


 ようやくに顔を向けると、声をかけてきた男は、眉を顰めて後ろに控える者に振り返る。二、三度確認して頷くと、再び、御用猫に顔を向けた。


「おい、巫山戯ているのか、そんな傷顔、二人と居らぬそうだぞ! 」


 眉を吊り上げて怒る男は、随分と身形が良い、後ろのお供達を見ても、貴族か何かだろうと想像できる。赤味がかった金髪にくっきりとした目鼻立ち、歳は御用猫と同じ程だろうか。


 リチャードやウォルレンには一段劣るだろうが、中々の美男子であった。


「え、まさか、ハーパス様? 」


 ティーナが、彼の素性に思い当たったのか、隣りのチャムパグンを抱えてテーブルの隅に下がる。


「む、良い、今は微行だ」


 ハーパスと名乗る男は、軽く手を振ると、ティーナが避けた長椅子に腰を下ろし、供回りを下がらせた。変装はしているが、如何にも騎士然とした男達は、隣りのテーブルにいた町人だろう客を追い出し、そこに陣取る。


(お忍びにしては、目立ち過ぎじゃないかなあ)


(お忍びにしては目立ち過ぎよね)


「お忍びにしては目立ち過ぎですね、基本から教育するべきです」


「ん、しろうとの集まり、五秒で、やれる」


「先生ー、お代わり下さい、こいつが奢ってくれる予感がします」


 御用猫は、目と目の間を揉み解した、礼儀に関しては、御用猫も他人の事は言えないのだが。


 だが、これは酷い。


「申し訳ございません、ハーパス様、なにぶん田舎者ゆえ、みな礼儀に疎く」


 御用猫は頭を下げる、下げる時は幾らでも下げる。


 そういった事に拘る自尊心は持ち合わせていないのだ。


「はは、良い、貴族以外に礼を求めて何になる、しかし、先程の態度は感心せぬがな」


 そう言う割には、もう気にしてもいない様子だった、ハーパスは部下が注文したのだろうビールを受け取り、一気に飲み干した。


「くぅ、堪らぬな、館ではこうはいかぬ」


 彼は、追加の酒と料理を要求し、テーブルの上の料理も勝手に食べ始める。


 さりげなく、チャムパグンが皿を増やしていたが、特に気にした様子は無く、機嫌良さそうに料理に舌鼓を打っていた。


「おっと、忘れていた、それで、御用猫とやらに話しがあるのだが」


 だん、とテーブルにジョッキを置くと、彼は御用猫を見つめてくる。


 何やら、雲行きが怪しくなってきた。


 どうするか、どうやって逃げようか、御用猫の頭の中で、ぐるぐると、考えがまとまらぬまま、廻り始めていたのだが。


(とりあえず、こいつは誰なんだろう)


 すっかり、聞く時機を逃してしまい、御用猫は愛想笑いをする他は無かったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ